鬼のこれから勇者のこれから 其の参
「ねぇ、やっぱり話し合った方がいいよ。こんなの良くないって絶対」
「アズサ、悪いけど、これはもうどうしようもない事なの」
「そうです、アズサ。これはムツキのためでもあるのです」
場所は闘技場の観覧席、昨夜に引き続き梓は模擬戦を止めさせようと絶賛説得中であるがシャルル、ラピスは聞く耳持たずといった様子。昨夜より拗れている 気がするがそれも仕方がないといえば仕方がない事。
当の無月はといえば城門前でシャルル、ラピスに捕獲された後この闘技場に連行され模擬戦に志願した兵士たちと対峙していた。闘技場の端で壁に背を預け指輪を弄りながらなんとも面倒くさそうな顔をして、ではあるが。
『ちょっと、どうすんのよ』
「さて、どうしようかねー」
イシスの問いにもやる気なさげに返す無月。そもそも何故、城門前に無月が居たのかという話だが、それは少し時間を遡る。
○●○
シャルル達と別れ部屋に戻った無月へイシスから連絡が入っていた。
『ちょっと、どういうこと?大人しくしといてって言ったわよね。なんで王女達と揉めてるのよ』
「覗きか、趣味悪いぞ。つか仕事しろよ」
『危険物の監視も仕事のうちよ』
「さよけ」
『で、どうするの?あの様子だとあなた、戦わずに済ますってのは無理そうだけど』
「だろうな」
『まさか、やる気じゃないわよね?』
「雑魚の相手なんざ御免だ」
『じゃあどうするのよ』
「早朝に此処を出る。証明しろってんなら証明してやろうじゃないか。実際にやってみる、これ以上の証明はないだろうさ」
『屁理屈ね』
「何とでも。姿くらましてしまえば後はどうとでもなる。俺の捜索に人手を割くのは多分無理だろう、姫さんがやりたくても他が黙ってないだろうしな。できたとしても精々下っ端を数人都合するくらいだろうさ。てなわけで今んとこ一番穏便な手だと思うが?」
『門はどうするのよ。いくらなんで素通りはできないんじゃない』
「証明しろと王女に言われてるわけだし、許可はあるだろ。王女に意に逆らうのかと脅せばいけるんじゃないか?」
『……流石にそれは詰めが甘いんじゃないかしら』
「まぁ、あれだ。なるようになるんじゃないか」
(こいつ、かなりいい加減ね……)
『はぁ……荒事にならなければ何でもいいわ。くれぐれも穏便に、ね』
「りょーかい、じゃ俺はもう寝るわ」
そう言って通信を切った無月にイシスの胸には不安しか残らなかった。
そして早朝イシスに言った通り無月は城門の前にいた。
門番たちは当然無月を止めたが、無月の脅しに渋々門を開いた。これにはイシスも驚いたが、シャルルが他の五人だけでなく無能とされた無月のことも気にかけている、というのが周知のことだったらしくそれも手伝って概ね順調にことは運んでいた。
だが、ここで予想外のことが起こった。
「ここで何をしているのかしら?ムツキ」
「説明してもらえますか?ムツキ」
無月が振り返るとそこには腕を胸の前で組み青筋を浮かべて笑顔でこちらを見ている美少女が二人。
第三王女シャルルと騎士団長ラピス嬢が明王もかくやという怒気を発して立っていた。
だが、振り向き二人を見た無月の表情は一言で表すなら「うわー面倒くせ」であった。
「おはようさん、こんな朝っぱらからどうしたんだ二人して」
「この時間はいつも自分の鍛錬にあててるの。ラピスにも付き合ってもらってね。昼間は何かと忙しくて時間が取れないから。そんなことよりこれはどういうことかしら?」
「昨日言ってた証明ってやつをこれからするつもりだが」
しれっと答える無月に二人の怒気が増す。
「それが何で早朝からこんな所にいる理由になるのかしら?」
「実際にやってみる、これ以上の証明があるか?」
イシスに言ったことをそのまま二人に言う無月だがその言葉に二人が納得する訳もなく
「方法ならこちらで用意してあります」
「付いて来てもらえるかしら」
そうして二人に両脇を抱えられた無月は闘技場へ引きずられて行くのであった。
○●○
そして舞台を闘技場へ戻す。現在ラピスにより模擬戦の説明が行われていた。
「ムツキ、あなたにはこれからあそこにいる八人と模擬戦をやってもらいます。どちらか一方が負けを宣言した場合もしくは行動不能と判断された場合に試合終了とします。何か質問はありますか?」
一段高くなっている観覧席からラピスがムツキに言う。
「八人同時に相手するってことでいいのか?」
「そうです。魔物や賊が正々堂々一対一の勝負を挑んでくるなんてことはありえませんから。当然8人同時に相手をしてもらいます」
「行動不能の判断はラピス嬢がすんのかい?」
「そうです。この試合の審判は私が務めます」
「了解だ」
「では10分後模擬戦を開始します」
そう言ってラピスは無月のいた闘技場端から中央へ戻っていった。
『どうすんのよ?結局やる事になったじゃない』
イシスは少し焦ったように無月に問いかける。イシスが焦るもの当然のことではある、ここで鬼として無月が暴れれば最悪第二の魔王などどいう事になりかねないのだから。そんなイシスの心配をよそにやる気なさげに渡された木剣を眺めながら無月は言う。
「まーこうなったら仕方ないよなぁ、できる限り手短に穏便に片付けよかね」
『今更穏便に事を収めるなんてできるの?』
「さて、死人がでなければ大丈夫じゃないか?」
『ちょっとっ!?』
「まぁ見てろって」
焦るイシスに適当なことを言う無月、その会話を遮るようにラピスの声が闘技場に響く。
「それではこれより模擬戦を開始するっ!!両者!!前へっ!!」
「んじゃパッパッと済ますかね」
ラピスの声に無月が中央へ向かう。その様子をイシスは遠い地から見ていた。闘技場が血の海に沈まないことを願いながら。