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鬼のこれから勇者のこれから 其のニ

「ええ、ムツキ、あなたに聞きたいことがあります」


「聞きたいことね、かまわんよ。俺に答えられることなら」


 そう言うと無月は手にしていたトレーを隣のテーブルへ置きシャルルに向き直る。


――無月


 背丈は一樹とそう変わらない細身の青年を見て静葉は思う。

 不思議な人。

 それが静葉の無月への印象だった。

 静葉から見た無月はどんな時でも自然体にしか見えなかったからだ。召喚されたとき、魔法をかけられたとき、魔力が一切無いと言われたとき、混乱するでも焦るでも怯えるでもなく現状を淡々と受け止めているようだった。食堂や廊下で城の者から向けられる無能者への嘲りの視線や言葉にも虚勢をはるでも卑屈になるでもない。

 今もたいして話したことのないシャルルに話しかけられても平然としている。相手が一国の王女であるにもかかわらず、だ。


「食べながらでかまわないわ」


「そうか?じゃあそうさしてもらおうかね」


 何の遠慮もなく食事を始めた無月に周りから非難や怒りの視線が集まるが無月はまったく気にした様子はない。


(ほんと、どうやったらここまで動じなくなるんだろ)


 魔力を一切持たないという事は一般人にすら負けてしまうということなのだが、戦う事を仕事とする兵士にこれだけの敵意を向けられても動じない無月が静葉には不思議で仕方なかった。


「旅に出るそうね」


「そうだが、もう姫さんのとこまで話がいってんのか」


「司書から報告があったそうよ、あなたが旅に出るために調べ物してるってね」


「そうかい。そのうち伝えようとは思ってたから、ちょうど良かったかな」


「許可するとでも思っているかしら?」


「んー、そんな大袈裟なことを頼むつもりはないんだがな。保存のきく食糧と水あと荷物を入れるカバンかなんか貰えればいいんだが」


(この人、もしかしてただの馬鹿?)


 何ともいい加減な無月に梓は呆れていた。

 魔物がうろつくような異世界で一般人にすら勝てない人間が一人で旅をするなどできるわけがない。つまり護衛をつけてもらわなければ旅など出れるわけがないのだ。


「ムツキ、あなたは魔力を一切持たないのです。魔物や賊から身を守ることもできないあなたが旅に出るなら当然護衛をつけなくてはいけません。相応の目的がなければ許可など下りるわけがないでしょう」


 ラピスも呆れながら言うが、無月はそんなこと気にしてたのかとでもいう風に返す。


「ラピス嬢は手厳しいねぇ。目的は道楽だ、護衛はいらねぇよ。邪魔くさい」


「却下です」


 無月の言葉にシャルルが即答する。


「却下も何も、もう決めたことだからなー。さっき言ったもの用意してくれればいいだけなんだが。まぁ無理だって言うなら手ぶらで出るか」


「ムツキ、自分が何を言ってるかわかっているのっ!あなたがやろうとしているのは自殺行為でしかないのよっ」


 無月の言葉に苛立ってきたのかシャルルの語気が強くなる。そんなシャルルに無月は若干面倒くさそうな表情を浮かべていた。


「わからんな。魔力0の俺はあんたらには必要ないはずだ。旅に出るというならお荷物がいなくなって都合がいいだろうに、別に移動手段を用意しろとか護衛をつけろって言ってるわけでもない。物資にしたって無理によこせと言ってる訳じゃない。そっちに損はないと思うが何をムキになってるんだ?」


「損得の話をしてるんじゃないわっ。……わかってるのムツキ、死ぬかもしれない、いいえ確実に死ぬって言ってるのよ」


「はぁ……それこそ姫さんが気にすることじゃないな」


「ムツキっ!あなたという人はっ!シャルル様のお気持ちを少しは考えたらどうなんですっ!」


 無月に態度にはラピスもご立腹のようだ。当の無月は相変わらずそれを気にした様子はない。


(自棄を起こしたって感じでもなさそうだけど、魔力0って状況を気に留めてすらいない感じ)


 そうまるでそんな事は勘定に入れることですらないと言いたげな、そんな風に静葉には見えた。


「あのな、道楽に命賭ける気はないから。だから俺が死ぬことが問題だってなら、死なんから。だからそう突っかかんなって」


「なぜ魔力を持たないあなたにそんな事が言えるのですか……」


 いよいよ良くない感じになってきた。言葉は静かだがラピスの瞳は怒りに燃えている。


「魔力がこの世界では強力な武器なんだろうさ。だけどな所詮武器は武器だ、なければないでやり様はあるってこと」


「それを証明できますか、ムツキ」


「俺には証明する必要は無いんだがな、このまま旅に出たら後が面倒くさそうだしなぁ。はぁ……わかったよ。だがそれは明日でいいか?」


「ええっ、かまわないわっ。あなたの自信、明日しっかり見せてもらうことにしましょう!」


 シャルルの言葉に「あいよー」といい加減な返事を返すと無月はさっさと食堂を出て行った。

 その後ろ姿にはまったく気負った感じは見受けられなかった。


(ホント、不思議な人)


 静葉が無月の背中を見送っていると遥香がシャルルに問いかける。


「ねぇシャル、証明って一体何する気なの?」


「模擬戦かしらね。それくらしか証明なんてできないと思うけど」


「そうですね、魔力無しで生き残れることを証明するのであればそれくらいしかないでしょう」


 シャルルの案にラピスも同意を示すがここで梓が待ったをかける。


「そんな!無月さんは戦う訓練なんてしてないんですよっ!それなのにいきなり模擬戦なんてひどいですよっ」


「アズサ、これはムツキにもわかっている事でしょう。それくらいしか証明しようがないのですから、そしてわかった上で同意したのです」


「でもいくら模擬戦だからって魔力の無い無月さんが魔法の攻撃なんて受けたら大怪我をっ」


「まさにそのための模擬戦です。ムツキは魔力無しでそれを切り抜けられることを証明しなければならないのです。できなければそれまでのことです」


「少しは痛い目見たほうがいいのよっ、ああいう分らず屋はっ」


「……シャル、少し感情的になりすぎ」


「だってシズハ!」


「……だから落ち着いて」


「……私だって召喚については思うところはあるわ。自分たちの世界の問題なのにまったく関係ない異世界の人間の力に頼らなければどうにもできないことが心底情けない。皆にも本当に申し訳ないと思ってるわ」


「わかってる」


「ムツキにしたってできる限りのことはするつもりではいるわ。旅がしたいというなら精鋭を護衛につけたっていい。でも今、それをするわけにはいかないのよ。シズハ達には生きて強くなってもらわなければならない、これからは魔物との戦闘だって増えてくる。万全を期すためにも可能な限り精鋭をつける。ムツキの護衛に割くわけにはいかないのよ。それに正直城の者たちのムツキに対する印象はあまり良くないわ、そんな状態で旅のために護衛をつけるなんて言ったら反対する者が必ず出てくる。最悪、放り出せと言う者が出てくるかもしれない。ムツキにとっても良い結果にはならない、だから今は堪えて欲しいのにムツキったら・・・はぁ」


「シャルちゃん……でも、やっぱり模擬戦はやりすぎなんじゃあ・・・」


「まぁあの様子じゃ、あっちも引く気はないんじゃない?梓」


「遥香ちゃんまで……ちゃんと話もしないでこんなの良くないよ」


「何も分からずに言ってる様子でもなかったが、どのみち止めるのは無理だと思うぞ」


「でも……」


 納得いかないと言う梓を遥香と一樹が宥めるが梓はやっぱり止めたいようだ。


「……どっちにしてもここに当事者が居ないんじゃどうしようもないと思う。今からじゃ時間も遅いし、話は明日にしたほうがいい」


 静葉の発言でとりあえずこの場はお開きとなった。



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