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執念 其の二

 もはや肩に掛かるだけのボロ切れとなった着物を鬱陶しそうに引きちぎり、上半身を露わにする無月。

 観覧席に叩き出した一樹には興味が失せたと一瞥もくれずに、梓たちを見据えてから肩から腰にかけて走る傷跡を指でなぞる。


「世界とともに生まれてからこれまで時の中で、俺に膝をつかせた奴らは片手の指で足りる。死を司る女神、破壊をもたらす神、当代最強と云われた鬼殺し。その中で唯一消えぬ傷をこの身に刻んだのが十拳剣とつかのつるぎを振るいし荒神、建速須佐之男命だ。分かるか?……お前らの目の前にいる鬼は、神話の神が神器をもってして、やっと傷を残すことしか出来なかった存在だ」


 語る口調は不気味なほど穏やかで静かなものだった。


「半端なモノなぞ畜生にでも喰わせろ。命を捨てたところで足りはしない。命越えるほどのモノでなければ俺には届かん。……最強の鬼殺しは持っていたぞ、妖しでも神でも持ち得ない、お前らだけが持てる唯一をぶつけてこい」


 ゆっくりと金棒を担ぐ無月。踏み出される一歩は梓たちを威圧する。

 その圧力を噛み砕くように、歯を食いしばり無月を睨みつける梓が身に付ける装飾が輝いた。


「そうだ、それでいい!」


 獰猛な笑みを浮かべて走り出す無月に風の刃が、土塊の槍が、炎の大槌が襲いかかる。それを拳で、金棒で叩き潰して無月は進む。

 迫る理不尽に向かい、戦斧と二刀を構えて少女たちが飛び出した。

 戦斧を掌で、二刀を上げた腕で受けた無月は手に持つ金棒を振り下ろす。それを見た二人は焦り退くが、金棒が地を打った余波に煽られ体勢を崩した。地を打った姿勢のままに踏み出そうとした無月を横から青い切っ先が襲う。

 無月の空いた左の脇腹を突く切っ先、無月は肩ごしに視線のそちらへ向ける。ぶつかるのは無月と明の視線。ギリっと鳴る牙が不快を表していた。


「腰が引けてるぞ、小僧」


 横薙ぎに振るわれた金棒に、明は咄嗟に剣を構えて後ろに跳んだ。

 かする程度の接触だった。そうであるにもかかわらず、明の身体は凄まじい速度で後方へと弾き飛ばされた。

 

「このっ!」


 遥香の斬撃が何度も無月の皮膚の上を撫でる。しかし、何度刃が走っても、何度炎が爆ぜても皮膚を裂くことも肉を焼くことも敵わない。遥香の攻めを受けながら無月は静かに二刀を振るう姿を見下ろしていた。


「っ!……」


 遥香は僅かに下がり、無月と距離をとった。腰を落とした姿勢で得物を構え、無月を見据える。


「あああああああああああああああああっ!!」


 気合の声とともに地を蹴った遥香は渾身の力で二刀を突き出す。切っ先が無月の胸を突くが、やはり刺さることはない。しかし、その切っ先が爆ぜることはなかった。今までは爆ぜるにまかせて拡散していた衝撃と熱が遥香に意思によって無月へ向けて収束される。

 一点に集められた衝撃と熱が無月の身体を後ろへ押し下げた。

 押したのは本当に僅かな距離。一歩踏み出せば、あっという間に詰まったしまう距離だが、その結果に無月は楽しげに笑う。


「くくくっ、良いぞ!そうでなくてはなっ!」

 

 そう笑う無月の気配がより濃密なものになる。思わず下がりそうになる遥香は全身に力を込めて一歩踏み出した。

 そこへ真後ろから声がかかる。


「――伏せてっ」


 咄嗟に身を屈めた遥香の頭上を跳び越えた静葉が全身のバネをフルに使い、無月の額に戦斧を振り下ろした。首を振り角の根元で戦斧を受ける無月。正面からその衝撃を受け止め、無月の足が地面に沈む。

 

「――硬いっ!」


「当たり前だ。鬼の角が簡単に折れるわけねぇだろ!」


 振りかぶる金棒の間合いに入っている二人に向け、無月は一撃を見舞う。


「其は大地の怒りっ。我が前に立つ愚か者に鉄槌をっ!!」


 地面から伸びた二本の石柱が金棒を振るう腕を止め、無月の身体を押し退ける。

 梓の魔法が無月を襲う。

 それに無月は笑う。楽しげに声をあげて笑う。笑い声が闘技場に響く度に無月の気配がどんどん濃くなっていく。


「くっかかかかっ!いいぞっ。それらしく成ってきたじゃねぇか!!」


 石柱を砕き歩き出す無月。牙を剥き出して笑うその姿は先ほど静かに語っていた様よりも恐ろしく感じられた。それでも三人は退かなかった。

 梓が氷の槍を雨のように降らせて無月の足を止め、そこへ静葉と遥香が斬り込む。無月に喉元に遥香は先ほどの突きを見舞い上体が僅かに上を向いた無月、そこへ遥香と入れ替わるように大きく振りかぶった戦斧をその首に叩き込む。配慮などそこには微塵もない。三人は完全に殺す気で一撃一撃を放っていた。それでも勝負は五分にすらもっていけない事を感じていた。

 故に三人はそこで止まらない。

 振り抜こうとした戦斧がそれ以上進まないと悟ると静葉は戦斧を引き寄せて後ろに跳ぶ。そして数えるのも馬鹿らしく思える程の大量の火の玉が現れて無月に殺到する。


「……遥香」


「ええっ!」


 それだけの言葉で二人は無月に向かい駆け出す。

 炎が消えて現れたのは仁王立ちで笑う無月。それに驚くこともなく二人は突き進んだ。静葉が戦斧を振りかぶり、その後ろに遥香が二刀を構えて続く。


「馬鹿の一つ覚えじゃ、なんも変わらんぞ」


「……なら黙って受けて」


 一文字に戦斧を振るう梓。その戦斧を掌で受けた無月。そして背を丸め腕を交差させた遥香が渾身の力で

戦斧を切り上げる。炎が爆ぜ戦斧を押して無月の右手を弾いた。


「ほう!」


 さらに、静葉が一回転して屈んだ遥香の頭の上を戦斧が通り過ぎ、無月の胸へ叩きつけられた。そこへ二刀の乱舞が追従し、無月の身体を押し返して戦斧が振り抜かれた。

 二人の視線が無月の胸に向かう。 

 そして顔を伏せる無月の笑い声が響く。

 

「いいぞ。今のは悪くなかった」


 その身に新たな傷が刻まれることはなく、無傷の鬼が笑っていた。

 笑い続ける無月は金棒を地面に突き立てて声を張り上げた。


「まだまだいけるだろっ!我が名は無月っ!世界とともに生まれ、月を砕きし最古の鬼なり!!!さぁ、人間!力比べをしようじゃねぇか!!!!!」





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