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 戴冠式は神官、高位貴族そして各国の来賓が見守る中、粛々と進められた。

 イシスの祭壇の前で王冠を掲げ立つ先王レオンの前に歩み出たシャルルは膝をつき目を閉じる。そして、ゆっくりとシャルルの頭へ王冠がのせられた。


「此処にアルトニア王国、新国王シャルル=アルトニアの誕生を宣言する。新しき王の歩む道に女神イシスの加護があらんことを」


 レオンの宣言の後、立ち上がったシャルルは祭壇の前へと進む。


「我らが創造主イシス神の名に誓う。我っ、シャルル=アルトニアは人々の未来に光をもたらそう!!かつて魔王によって奪われた地を!我ら人の地を再び我らの手に取り戻すっ!!民の盾となりて迫る闇を打ち払おうっ!!民の剣となりて闇を切り裂き道を築こう!!我らが手で人の未来に栄光と繁栄をっ!!!」



 この日、アルトニア王国に新たな王が誕生した。



○●○



 王都は歩くこともままならないほどの人で溢れていた。


「いやはや、えらい人の数だな。耳が潰れるかと思った」


「そりゃそうだよ、なんたって新しい王様が立ったんだから」


「しかしまぁ、シャルルも随分思い切ったこと言うねぇ。面白いじゃねぇか」


 戴冠式でのシャルルの言葉は魔道具によって王都中に届いていた。無月が言った耳が潰れるとは人々が上げた歓声への感想だった。

 今、無月は屋根の上で辺りを見回していた、人が多すぎると手近な建物に避難していたのだ。


「そうだねぇ、でも私は震えちゃったなぁ。……あれって私達に期待してくれてるってことでしょ」


 無月の傍らに居たリーナは興奮気味に口を開く。


「当然、勘定には入ってるだろうな。他にもいろいろと進めてるらしいぜ」


「あぁ、禁忌の魔法でしょ、ミーアさんが教えてくれた」


 絶大な威力を誇るが敵どころか術者の命すら燃やし尽くす漆黒の炎。

 厄災と戦うために戦力強化は必至、禁忌の魔法はアルトニア王国の切り札とも言える魔法だがそんなモノを戦力として考えていては兵士がいなくなってしまう。

 しかし、対価の軽減、もしくは代用。それが可能となればアルトニア軍の戦力は飛躍的に向上するだろう。


「さて、それじゃ折角王都まで出張ってきたんだ。シャルルに会う前に出来ることをやっとくかね」


「うん、でもいいの?」


「小物一匹釣り上げたところでしょうがない。撒き餌をして他のもキッチリ寄せとかないとなぁ」


 そう言った無月の顔に浮かんだ笑みは完全に悪役のそれだった。



○●○



 その夜、王城ではシャルルの即位を祝う宴が盛大に行われた。

 その場にはギルド王都支部長として参加しているマルクの姿もあった。

 不自然にならない程度にではあるが、何かを警戒するように周り見渡していたマルクの表情からはこの状況があまり望ましくないように感じられる。


(立場というのは厄介なものですね)


 使ったコマと無月は行方が掴めず、侍らしていた四人も一人を除いて城内で一人で居るのをたまに見かける程度。

 状況を把握するための材料が圧倒的に不足していた。

 そんな状態で無月に出会うことをマルクは避けたかった。だから遭遇する確率の高いこの宴には出席したくはなかったのだが王都支部長としての立場がある以上そうもいかなかった。

 おかげでマルクは無月に出会わないことを祈りながら宴が終わるの待つしかなかった。

 そんなマルクの目の前を下駄の音を鳴らしてリーナを伴った無月がゆったりとした歩みで通り過ぎた。

 横目にマルクの顔を睨みつけながら。


「こいつがっ……」


「ムツキさんっ、今は殺らないんでしょっ!」


殺気立つ無月をリーナが窘める。


「ああ……」


「シャルル様のお祝いの宴なんだよっ!」


「わかってる、……それにしても何なんだあのツラは小物とは思っていたがあれ程とは思わなかった。胸糞悪い」


「だから狡いだけの野心家だって言ったじゃんっ!何を期待してんの、もうっ!」


 そんなやり取りをする無月たちに気づかず、マルクは相変わらず周囲を見回していた。

 人は得てして見たいものを見、聞きたいものを聞く、同時に都合の悪いものには目を瞑り耳を塞ぐ。

 その点において鵺の力は非常に相性が良かった。


「阿呆らしい、餌は撒いた。早々に片付けるか」


 興味は失せたというようにマルクから視線の外して無月はそう吐き捨てた。

そして此処に来た本来の目的を果たすために辺りを見回す、そして巡らした視線の先に目的の人物を見つけて呟く。


「ああして着飾れば立派なお姫様だな、今は女王様か……」


 歩を進める無月の先には女王として着飾ったシャルルと護衛として控えているラピスの姿があった。


「ムツキ、来ないかと思っていたわ」


「そんな訳無いだろ、切っ掛けを作ったのは俺だしな」


「切っ掛けどころか、あ・な・た、のシナリオだったと思うけど?」


「それでは不満か?」


「いいえ、感謝してるわ」


「結構、結構」


「でも、戴冠式に姿を見せなかったのはおおいに不満ね」


「それは大変申し訳ありませんでした、女王陛下」


「貴方の働きに免じ、特別に許しましょう」


「・・・・・・フフッ」


「・・・・・・ハハッ」


 シャルルも慣れたもので打てば響くような言葉を無月に返していた。


「初めて俺の正体を知った時とはえらい違いだな」


「当たり前でしょ、いつまでも同じところに居られるもんですかっ」


「ハハッ」


(これがあるから人と関わることがやめられんのだよなぁ)


 無月はシャルルを見据えて口を開く。


「盃を二つ、それと酒を。俺の言葉を覚えていてくれたら嬉しいねぇ」


 シャルルは無月の言葉に目を見開いた。


「ラピス」


「すぐにご用意を」


「リーナ、手伝ってこい」


「うんっ」


リーナとラピスの背中を見送りながら無月は静かに口を開いた。


「しかし、随分と危なっかしい事を言うもんだ」


「戴冠式のこと?」


「ああ」


呆れ顔を向けてくる無月にシャルルはどこまでも真剣な表情で見つめ返す。


「人は何と思うかしらね?」


「現実を見ない愚か者、口先だけのペテン師、尊大な野心を懐く若王あるいは英雄、救世主。……人は見たいものを見る、勘ぐる者もいれば縋る者もいるだろう。探る手は歩みを妨げ、肥大した理想はその身を押しつぶす、危ういな」


 静かで重い無月の声。


「そうね、でもあれは誓いなの。この道を歩くと決めた自分への、私を王だと言ってくれた者たちへの誓いの言葉なの。偽りの言葉を吐くなど出来るわけがない、そんなもので汚すことなんてできない」


 力強く凛としたシャルルの声。


「危ういな、危うい。……が、面白いっ」


 シャルルの言葉に無月は楽しげな笑みを浮かべる。


「お待たせしました」


 盃と酒を手に戻てきた二人から無月とシャルルは盃を受け取る。


「潰れるんじゃねぞ、ジャジャ馬娘」


「やり遂げてみせるわよっ、この無礼者」


 そう言ってシャルルと無月は笑い、満たされた盃を掲げる。


「道を歩き出した友に」


「道を示してくれた友に」


 そして鬼と人は酒を飲み干した。

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