慈悲無き鬼
「ムツキ、あまり手荒なことは見逃すわけにいきませんよ」
「わかってる。俺もあの程度の力しか持たない奴らに多くは期待してない、補足程度の情報で十分だ」
「でもムツキさん、それに何か意味有るんすか?」
「さぁてなぁ、有るかもしれないし無いかもしれない。だが知らないままになるよりはマシだろう」
ラピスとカインを伴って螺旋階段を降りて行く無月。無月たちはミーアが襲撃された際に捕らえた二人を監禁している部屋へ向かっている最中だった。
男女を同じ部屋に押し込むのかとラピスは反対したが、無月にしてみれば捕らえた二人が腰を振ろうが関係ない。どんな状態だろうと言霊を使えばカタはつく。
「さて、やるかね」
そう言って見張りの兵の脇をぬけ無月は部屋の扉を開き足を踏み入れた。
「ヒッ!」
「・・・・・・」
床に座る手枷をつけられた二人の男女。
無月の姿に男は怯え、女は無月に反応することもなく虚空を眺めていた。
「……女はダメか。ん?」
無月が向けた視線の先、座る女のそばには食事の乗ったトレーが置かれていた。女の顔に目を向けてみればその口元はスープで汚れ、男の足元には木匙が落ちていた。
「ほう……」
小さくを声を漏らすが別段そこには触れることなく無月は二人に近づいていく。
二人の傍に立った無月は同じように床に座り込むと片膝を立てその上に片腕を置き、二人の顔を獰猛な笑みを浮かべて見据えた。カインとラピスはその後ろに控える。
「さてぇ、何をしに来たか分かってるよな」
「たっ、頼む!命だけは助けてくれっ!!アンタの仲間をやったのは俺たちじゃないんだっ!!!」
「おかしな事を言うなぁ、お前ら二人を含めた六人に襲われたって話だったが?」
「俺達は五人は尾行の為にギルドに言われて無理やりに!俺たちには断れなかったんだっ!!実際手を下したのは六人目っ、ギルドの人間だっ!!」
静かに言葉を発する無月に対して、男は怯え必死で言い募る。
「ふむ、……てめぇ、名は?」
浮かべていた笑みを消し、無月は能面のような表情を浮かべた。
「へっ!?あっ、お、俺はイーゴ、こいつはルカだ」
「イーゴ、……知ってることを全て話せ。嘘を吐いても構わんがその代償は安くない、よく考えて話すことだ」
「っ!!」
「あっあ、あああ」
言葉は静かだが感情の消えた顔は凄みを増し、放つ圧力は心を閉ざしたルカさえも反応を示した。
「俺達はアンタと関わった事でギルドに目を付けられたっ。……正確にはルカが、だが」
ルカの反応にイーゴは慌てて口を開く。
「あぁ、その辺りは聞いたんだが、俺には記憶がないんだが?」
「はあっ!?いやっ、ギルド支部でアンタに絡んだじゃねぇか!!アンタの仲間に殺されたギルドの奴だってあの時、アンタの相手をしてた奴なんだぜっ!!」
「さっぱり記憶が無いんだよなぁ、俺には」
「あんだけの殺気撒き散らして覚えてないなんて話があるかよっ!!」
顎を摩りながら本気で知らないという顔をする無月、イーゴは立ち上がり声を荒げる。
「知らんものは知らん。……しかし、さっきまでの怯えようとはえらい違いだな、大事なことなのか?」
きっぱりと言い切る無月に膝から崩れ落ち床に手をついて項垂れた。
「覚えて、ない。じゃあ、俺達は何でこんな目に……」
「おい」
凄む無月にイーゴは何処か悲しげな表情を浮かべながら口を開いた。
「……理由までは知らないが、ギルド王都支部長はアンタを取り込みたかったらしい。だからアンタがギルドに悪い印象を持つような事をしでかした俺達に今回の仕事を……計画を台無しにした責任を取れって。嫌なら登録を抹消すると」
「んー。しかし、イレギュラーが有ったにしても随分とお粗末なことだな」
「いや、最初はアンタと接触するためにアンタが侍らしてた奴ら探してただけだったんだ。支部長が詫びたいと言ってるみたいな言伝を頼むために……その、いくら魔力が探れても肝心の魔力がアンタには……無い、だろ」
「まぁ、無色はそういうもんらしいからなぁ」
魔力についての部分は若干言いにくそうに述べるイーゴだが対する無月の何でもないというように手を振り先を促す。
「だけど、アンタも、アンタの連れも王城から出てこないし。そしたら王様が代わるなんて話が出てきて、……支部長がそれを聞いて焦ったらしい。下のお姫様がアンタにご執心って話だったから――」
「ギルドにつく事を良しとしないと思ったか。……解釈には言いたいことが有るが、それはギルドが調べたのか?」
「あぁ、そうらしい。で、お姫様がアンタを囲っちまう前に王城から引っ張り出せと」
「それでミーアに隷属の首輪を?」
そこで無月の声のトーンが一段落ちた。
「あ、ああ。ホントは城に忍び込んでちっこい娘のどちらかに付ける事になってたんだが、あの女が城を出たのを掴んだから、……その後のことはあの女から聞いてるんじゃないのか?」
「ああ、しかし人質を使って呼びつけるか。やはりお粗末としか言えねぇな、欲に目が眩んだ人間なんてその程度ってことか、……他にも仕込みは有りそうだが」
考えを纏めるように独り言を呟く無月、その呟きを自分に向けたものだどイーゴは勘違いして声を荒らげた。
「お、俺の知ってるのはこれで全部だっ!嘘じゃねぇっ!!」
「嘘が無いのは分かってる、……それはそれとしてお前には少し働いてもらう事にしよう。使われただけだったとしても、お前らやった事の代償は払ってもらう」
この状況で、さも当然というように自然に嘘が無いと言う無月をイーゴは不気味に感じた。だがそれよりも。
「何を……させようってんだ?」
“代償”無月のその言葉にイーゴの顔から血の気が引いていく。
「なに、俺の言った通りの言葉をギルド王都支部長に伝えればいい」
そう言って立ち上がった無月はルカに近づき片膝を付いて向き合った。
「おいっ!ルカに何する気だっ!?」
掴みかかってきたイーゴの頭を鷲掴みにして床に押さえつける無月。
「黙って見てろ」
ルカの額に指先を当てて無月は静かに息を吐く。
「あー?」
これといった抵抗もみせずに虚ろな瞳を向けるルカに無月は言霊を放った。
【目を背けるな、心を閉ざすな、逃げる事は許さん、立ち戻れ、現を受け入れよ】
「あー、ああぁぁ、ああああぁぁぁ、ああああああああっ!!!!!!!!」
虚ろだった瞳は光を取り戻し、そして絶望へと染まっていく。
「あああ、……ギース、……ザック、……エル、ああぁ、エル、エルっ、エルっ!!エルぅぅぅぅぅっ!!ああああああああああああああああああ」
「てめぇっ!!ルカに何しやがった!!!」
無月の手を退けようと暴れるイーゴだがその手はびくともしない。
「現実に引き戻しただけだ。言っただろ、……お前らには代償を払ってもらうってな」
そう言うと無月は二人の胸ぐらを掴み立ち上がった。
「お前らは自分の利益を守りたかった」
目線の高さを合わせるように吊り上げられる二人。
「その為の贄として俺達を差し出そうとした」
その手に更に力が込められ二人を絞め上げる。
「ぐっ」
「ううっ」
「……そんな巫山戯た真似を許すと思ったのか、人間」
突然二人の目の前に在った無月の顔が炎に呑まれ、そこに憤怒に顔を歪めた鬼が現れた。
「「!!!」」
「事が終わるまで従えば命くらいは残してやる、……だが邪魔になるようなら」
二人の顔を引き寄せると無月は唸るような低い声で告げた。
「殺す」
その声はただ死ぬだけでは済まない、そう思わせるような異形の声。あの夜に二人が聞いた声と同種の、いや、それ以上に恐ろしいものに二人には聞こえた。




