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失策

「ギルド、ですか……」


「何でギルドがムツキさんを?」


 シアは相手がギルドであったことに少なからず衝撃を受けているようで眉間に皺をを寄せ深刻な声音で呟いた。

 それとは対極的にリーナはコテンっと首を傾げてどこか気の抜けた声を上げる。


「さてね。しかし、あいつらの口振りからするとムツキと面識が有るみたいだったけどねぇ?」


「あ? 俺は知らんぞ」


 無月のこの発言に嘘はないと言えなくもない、道端の石ころの形を一々覚えているわけが無い。

 傲慢とも言えるが、それを通す力を持っていてはもう相手が悪かったということで納得するしかないのかもしれない。


「忘れてるだけじゃないっすか?」


「んー。……知らん」


「ムツキさん、もう少し思い出す努力しようよ」


「そうは言ってもなぁ、……リーナ、長く生きてるとな、そもそも覚えることすらしないなんてのはよくある事なんだぞ」


「もぉー」


 適当に腰を下ろし内容に対して些か緊張感に欠ける無月たち。

 兎にも角にも、まずはミーアから話を聞くのが先決だろうと、ラピスに頼んだ伝言で参じたリーナ、カインを交えて無月たちはミーアの身に何があったかを聞き出している最中であった。


「まぁ、その辺りはあの二人から聞き出せばいいことだろう。それよりも、……この首輪だ。ミーア、確かに隷属の首輪と言ったんだな?」


 コツコツと爪で机に置いた首輪を叩きながら無月はミーアに改めて確認した。


「あぁ、確かに言っていたよ。魔王の遺物、隷属の首輪、効果も確めてあるようだった」


「そうか。……魔王の遺物、確かに名に違わぬ力を感じるが。……隷属か、随分と舐めた真似をしてくれる……」


「ム、ムツキさん、……顔が怖いよ」


 膨れ上がる殺気を抑えようともしない無月にリーナが少し青い顔で抗議の言葉を向ける。


「ん? あぁ、悪い。……まぁ取り合えず、やることが一つは決まったな」


「へっ、何が!?」


 何をどうする、その説明無しにいきなり決定だけを告げる無月にリーナは思わず声を上げた。


「ギルド王都支部、そのおさの首がわる。今の長には消えてもらおう」


「ムツキさんっ!?ちょっと待ってください!」


 大陸中に支部を置くギルドの組織力は大国に勝るとも劣らない。そんな相手に迷いなく拳を振り上げようとする無月にシアは慌てて声を上げる。


「待てんな、待てるわけがないだろ、シア。奴らはミーアに手を出した。俺の同胞に手を出した。見逃すなんてのは有り得ねぇ。何よりこの首輪だ、……奴らは最悪の手を選びやがった」


 傲慢だろうとも、その懐に入れた者への情は何よりも深い。

 かつて神々から己の命を狙われることすら厭わなかったほどに。

 今回の件で首謀者は隷属の首輪という最も打ってはいけない悪手を打った、無月の逆鱗に触れてしまった。


「何を考えてのことかは知らんが、テメェらが何をやらかしたのかを阿呆どもに教えてやる。」


「……今すぐ殴り込みに行く、なんて言わないよね。ムツキさん」


 怒気を滲ませながらも静かに語る無月にリーナが恐る恐る言葉をかける。


「言わねぇよ。まずはミーアのことが先だ」


 どれほど怒りの炎をその瞳に宿そうと無月が傷ついた味方より報復すべき敵を優先するはずもない。


「まぁ、ミーアが落ち着いたらすぐに取り掛かるがな」


 冷たい光を宿した目は細められ、笑みに歪んだ口元からは僅かに牙が覗いた。


「身の程ってやつをいやってほど教えてやる」


 無月が浮かべたのは紛う事なき人外の、妖しの笑み。

 妖しの闘争は喧嘩のような茶番では終わらない、食うか食われるかの死闘。弱肉強食を生き抜いた無月に矮小な存在であるこの世界の人が手を出してはいけなかった。

 ギルドという柵の中で肥え太った豚が、混沌の野を駆け牙を爪を研いできた狼に歯向えば、狼の腹に収まる以外の結末があろうはずもないのだから。



○●○



 無色であるにも拘わらず毎回大量の魔石を持ち込んでくる者がいる、そんな報告が王都支部長マルクのもとへ上がってきたのはひと月ほど前のこと。

 報告を受けた当初、マルクはそれほど気にかけることはなかった。くだんの無色がギルドへの登録を希望しそれを職員が拒否したことも報告書には記載されていたため。

 力の弱い者がより強い者に使われる、そんなことはよくあること。その無色も登録を抹消されたどこぞの冒険者くずれに体よくつかわれてるのだろうと。

 依頼を受けるでもなく、冒険者としての権利も使わないのはそのためだ、と。

 それが二、三回ならマルクも捨て置いただろう、だがそうではなかった。

 マルクが看過出来ない頻度で最下級の魔石が大量に特定の者から納品される、それは他の冒険者たちの、主に駆け出しの者たちのかてが失われる事を意味していた。

 若手の成長の妨げになるような事を見過ごすことは出来ないとマルクはその無色の身辺の調査を部下に命じた。

 そして調査の結果、その無色はマルクの予想の斜め上を行く者だった。

 冒険者くずれなどいなかったし、力弱き者なぞとんでもない、猟師くらいしか近寄らないテグの森を狩場とし獣のような速さで森を駆けゴブリンやコボルトと言った雑魚をその手に持つ鉄塊で粉砕していく姿は監視の者の度肝を抜いた。


「あれが無色などとはとても信じられません」


 というのが報告を締めくくった部下の言葉だった。

 ならばと更に調査を進めてみれば、異世界から召喚された勇者の一人。しかし無色で在った為に勇者とは認められず王都で飼い殺しの状態、周りの者たちの反応もあまり良いものではないということがわかった。


「……アルトニア王国の先代の勇者はローク皇国によって懐柔された、同じ事が我らにも出来れば」


 無色とはいえ、異世界の者ならこちらとは違う力を持っているのではないか。そうであれば報告にあったことにも合点がいく。期待する程の力ではなかったとしても異世界の知識はマルクには非常に魅力的だった。

 常識とは異なる視点を持ったマルクにその無色は無能どころか光り輝く宝石のように思えていた。しかし、同時にその輝きによってマルクの目は曇り誤った判断を下すことになる。


「その無色を徹底的に調べ上げろ。名前、行動範囲、交友関係、好みの食事から女の趣味まで調べられる限りの全てをだ」


 命令を下したマルクは机に向かいペンを手に取りあることを紙に綴る。


――魔王の遺物を至急、王都支部へ届けよ


 それは無月がギルド王都支部で絡まれる三日前のことだった。



○●○



「まったく、余計なことをしてくれたね」


 白髪の交じるライトブラウンの髪をオールバックに撫で付け、鷹のような鋭い目つきの壮年の男が椅子に腰掛け机に両肘をついて顔の前で指を組んで目の前の冒険者を睨みつける。


(クソッ!なんでこんなことに)


「イザーク、お前もだ。刺激するなと命じたはずだが?」


「申し訳ありません、支部長」


 深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べる男、それは軽薄そうな笑みを浮かべながら無月に殺気を向け、無月を苛立たせたギルド職員であった。


「イーゴ君といったかね、困るねぇ。……冒険者はゴロツキとは違う、それなのにたかりのような真似をされては冒険者の質を疑われギルドは依頼者の信頼を損なうことになるのだよ」


「え、ええ。本当に浅はかだったと、は、反省してます」


「反省、ねぇ。結構なことだが、だからといって君たちの行いが無かったことにはならない。それは分かるね?」


「は、はい……」


「ギルドとしても部外者相手に揉め事を起こした君たちを見逃しては体面に関わる」


「ごもっともで……」


「過去の例にならうのであれば登録抹消、ギルド施設への立ち入りを禁止する、ということになる」


「……!」


 ゆっくりと首を絞め上げられるような支部長の言葉に冒険者イーゴの額には脂汗が浮かんでいた。


「だが、まぁ我々に協力するという形で今回の罰は免除しても構わないとも考えているのだよ」


「へっ!?」


「ルカ君といったかね、君のパーティーには魔力感知に優れた人材が居るそうじゃないか。ギルドとしてもそういう有能な人材を手放すのは惜しい」


 無色の、全く魔力を持たない無月の行動を完璧に把握するのは難しい。だが本人ではなく近しい人間なら。


「協力してくれるね、イーゴ君」


 マルクの申し出をイーゴが断れるわけもなかった。


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