鬼が笑う
召喚された日から10日が過ぎた。
「いい天気だねー」
無月は宮殿の書庫へ続く通路を歩きながら空を眺め独り言を呟いた。
魔力測定の結果、無月には魔力がまったく無いことが判明した。無月自身は自分の力が失われた感覚は無かったが、魔力を持たないという事はこの世界の常識では戦力外でしかない。そして魔物と戦う為の戦力とし召喚された無月には己の力の有無を確認するより優先することがあった。
一つは元の世界帰る方法、これは予想通りわからないということ。方法の有無に関わらず折角呼んだ勇者を帰すわけがない。
一つは戦力外となった自分の処遇について、これはサーシャ王女曰く、「我らの都合でこちらの世界へお呼び立てしたのです。暮らしについては不自由の無きよう手配させていただきます」とのことだった。
まぁ他の勇者は想定通りの魔力だったのだから、ここで出て行けと言って心証を悪くをする必要もないだろう。
「しかし十日経っても音沙汰なしとは随分のんびりしてるな」
梓と遥香は元の世界へ帰せと噛み付いていたが、一樹に元の世界へ帰るためにも王子たちとの関係を悪化させないようにするのが無難だろうと説得されていた。
明は魔王が倒されていたことに衝撃を受けていたが、これから始まる異世界チート勇者生活に目を輝かせいた。
そんな訳で勇者としてお役御免になった無月は連日書庫に通いこの世界についての情報を漁っていた。
(エリック王子の話と漁った情報から考えるにこの世界、まぁまともな状態じゃないわなー俺が呼ばれたのもそのせいだろうな……)
そう予想し、一応の備えとして出来る限りの情報を集めながらこの世界の神イシスか月読からのコンタクトを待っていた。
ちなみに他の五人は魔物と戦闘に備え訓練に励んでいる。
そんな訳で今日も書庫に向かっていた無月だったが、突然の空気の変化にその足を止める。
「砕月の鬼……でいいのかしら?」
後ろから掛けられた声に無月は振り向きながら答えた。
「それは通り名みたいなものなんだわ。呼ぶときは無月で頼む。はじめまして、世界を創造せし神イシス、でいいのか?」
「様を付けなさいよ」
「仕事サボる奴を敬う必要は感じないな」
振り向いた無月の前に女神が立っていた。
男の理想を体現したような体の曲線、スラリと伸びた手足は細すぎず太すぎず完璧なバランスを保ち肩にかかる髪は金糸で出来ていると言われても納得してしまいそうな輝きを放っている。その顔立ちは傾国と言われた九尾すら霞むほどだ。
「少し来るのが遅いんじゃないか?」
「造るのに思いのほか時間がかかったのよ・・・」
そう言ってイシスは無月に指輪を投げてよこした。
「それで私と月読に連絡が取れるわ。話したい相手を念じて呼びかければ相手の指輪が反応する。今は月読と繋がってるわ」
「ほー」
指輪を受け取った無月はそれに向けて言葉を投げる。
「うぃーす。月読ー聞こえてるかー?」
『お主は緊張感というものがないのか・・・・』
「なんだ、早く帰してくれと泣きつくのを期待してたのか?そりゃすまんかった」
『はぁ・・・お主にそんな繊細さを求めてはおらんよ。無駄話をしてる暇は無くてな、お主が抜けた穴を埋めるのは苦労する』
「了解。で?」
『お主をこちらに呼び戻すのには時間が掛かりそうだ。召喚によってこちらにも歪みが生じておる、万が一がないようにその歪みを修復し、さらにお主を呼び戻した際に生じる歪みも修復せねばならん。輪廻システムや封印の件、それに現世のこともある。各所への根回しには骨が折れる』
「なるほど、なかなか大変そうだ。で、俺はどうすればいい?」
『待機でかまわん。想定外の事態ではあるが長期休暇と思ってのんびり羽を伸ばせば良い。だがあまり羽目を外し過ぎぬようにな』
「そいつはここの連中次第じゃないかね」
『……なるべくでよい。穏便に頼む』
「あいよ」
『今のところ伝えることはこれくらいだ。それでは仕事に戻らねばならんのでな、これで。何かあれば連絡する』
「ああ、よろしく頼むわ」
月読との話が終わると、無月は指輪へ向けていた視線をイシスに向けた。
「そっちはこれからどうするんだ?」
「月読と同じよ。現状の歪みの修正とあんたを送り返した際に生じる歪みへの準備」
「同じじゃないだろ。『現状の歪み』ってとこが特に」
「・・・・わかってるわよっ」
無月の指摘にイシスは拗ねたように答え唇を尖らせた。その様子に無月は苦笑を浮かべた。
「・・・何とかするわよ。もう月読に怒られたくなし、天照様にも今の状況はどうにかしないと月読に相手してもらえないかもって言われてるし」
「天照……イシス……あー、もしかしてお嬢が月読に推してる女ってお前か」
「神に向かってお前って、ほんと無礼な奴ね」
「気にするな。しかしそうか、お前がお嬢のお気に入りか。ふむ……まぁ、それじゃわからんわな」
「なによ……」
面白そうに自分を見る無月の視線にイシスは警戒の色を浮かべた瞳で無月を睨む。
「まぁ、今はいいか。それはお前が頑張ることだしな。俺には関係ないことだ、それよりいくつか確認しときたいことがあるんだが」
好奇心をあっさり引っ込めた無月にどこかホッとした表情をしてイシスが返す。
「確認って?」
「魔力ってのはそもそも何なんだ?召喚された日に俺には魔力が一切ないと言われた。こっちに呼ばれた反動で力を失ったかとも思ったが、ここ10日ばかり色々試してみたがそんな風でもないようだしな。そもそも人化の術が解けなかった。大体あちらの人間があれだけの力を持っているのはどういうことだ?言語に関してもだ、なぜ理解できている?魔力の有無に差が出てなぜ言語理解に差が出ない」
無月が五人に感じた違和感、それは魔力の気配だった。
「魔力は私が創ったこちらの世界での力の概念よ。神力や妖力、霊力そっちに存在している力を真似てこっちの世界の力として造ってみたもの。召喚された人間が魔力を持っているのは召喚術式に召喚と同時に周囲の魔力を取り込む式を記述したから、言語が理解できるのも式にあるからよ」
「言葉や文字が理解できるのはあんたの式に干渉されたからか、害は無いみたいだが・・・・気づかずに他者の干渉を受けるほど弱くはないつもりなんだが、さすが神ってとこか。で、俺が魔力を取り込めない理由は?」
言語の理解や人間が神力や妖力のような力を持っている理由はわかったが、言語理解の干渉は受けたのに魔力を取り込む式の干渉を受けなかったことが無月にはわからなかった。
「妖力を持っていたからでしょうね。そのせいで魔力を流し込んでも納める容量が無かったのよ、あっちの人間を召喚する理由もその辺が関係してるんだけどね」
「ほぉ」
「あちらの世界の人間はこっちの人とは比較にならないくらい力を納める器が大きいのよ。でもその器は空っぽ、力を取り込むことも生み出す術も知らないから。だから抵抗されることなくこちらに呼び出せる上その器を魔力で満たすことができる」
「俺も無抵抗で呼ばれてしまったわけだが?」
「あんたの場合は召喚で呼ばれたってよりこの世界に呑まれたって言ったほうが正しいかもね。それくらい世界が歪んでるってことなんでしょうけど」
「……仕事しろよ、神」
「わかってるわよっ!これから本気出すのよっ!!」
無月は「呆れた」という表情全開でイシスを見た。
(……お嬢、甘やかしすぎだ)
「まぁいい大体わかった。力に制約が付いたわけでもなさそうだし、これならこっちの世界でもなんとかなるだろ」
「これからどうするつもり?」
イシスは今後の無月の計画を聞いてなかったと思い、これからについて問いかける。
「さてねー、月読からも休暇もらったわけだし力を失ったわけでもなし。折角の見ず知らずの土地にいることだしなぁ、観光がてら異世界ってのを見て回ろうかね」
「呑気ね、まったく」
「世界そのものをいじるなんてのは神の領分だ。そもそも異世界なんて管轄外のことは知ったこっちゃない」
「はぁ、……オッケー、わかったわ。好きに見てまわればいいわよ、その指輪があればいつでも連絡取れるしね」
無月の我関せずといった態度に今度はイシスが呆れた表情を見せる。
「じゃあ、私ももう行くわ。月読も言ってたけどあまり無茶なことはしないでよ!」
「あいあい」
そう言う無月はヒラヒラと手を振り、実にいい加減な返事を返していた。
「それじゃね、っと、そういえば一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」と首をかしげイシスに応じる無月。
「砕月の鬼が通り名って言ってたけど、どういう意味なの?」
「ん?そのまんまの意味だ。月を砕く鬼」
「随分物騒ね。まぁ月を砕けそうなほどの力を持っているなら月読も天照様も気にかけるか」
「砕けそう……つかな、実際砕いた」
「は?」
無月の聞き逃せない言葉にイシスは折角の美貌も台無しになるような間抜けな表情を浮かべる。
「大昔の話だがな、暇だったんで神と喧嘩でもしようかと思ってな。開戦の狼煙がわりに砕いた」
「・・・・・・」
「月読が直したけどなぁ」と飄々と言う無月にイシスは顔面蒼白となり言葉を発することができなかった。
そして、去り際に「お願いだから大人しくしといてよ。絶対よ」と弱々しく念を押し帰っていった。
残された無月はまた空を見上げながら今後のことに思いを馳せていた。
「さて、折角の休暇だし、のんびりしますかねー」
そう言い異界の鬼は空を見上げて笑った。




