魅せられたからこそ
「私たちの意志が弱かったばかりに。本当にごめんなさい」
シャルルは立ち上がり勇者たちに、この世界の都合で無理やり連れてこられた異世界人たちに謝罪の言葉を述べ頭を下げた。
その横ではラピスが痛ましげにシャルルを見つめる。
「そんな……じゃあ、私たちは、何のために……」
事態の顛末を聞かされた梓は虚ろな目でそう呟いた。
執務室に置かれたソファーに腰掛ける一樹たちの反応は様々だった。一樹は腕を組み瞑目してシャルルの言葉を静かに聞いていた。明はしきりに首を捻り「あー」だの「んー」だのと唸り、静葉は眉間に皺を寄せシャルルを無言で睨み、遥香は額に青筋を浮かべこめかみを押さえていた。
「えーと、つまり俺たちはもう用無しってことっすか?」
おずおずと片手を挙げながら明はそんな事をシャルルに聞く。
「そんな事はっ――」
「そういうことじゃない」
バッと顔を上げ慌てて答えるシャルルの言葉を遮り、腕を組み壁に寄りかかって成り行きを静観していた無月が答えた。
「現状、アルトニア王国で厄災と戦える戦力が増えたに過ぎない、まぁ他の国の勇者よりお前らの選択肢が増えたことにはなるがな」
「嫌なら戦わなくても良いということか」
閉じていた瞼を薄く開き一樹が静かに言葉を吐く。
「そうだ、お前らが戦わずともミーアたちが厄災と当たる。その間にシャルルが兵力を底上げするため対厄災の研究を始める。そしてお前らはミーアたちへの抑止力として居るだけで民衆の拠り所となれる、まぁ折角手に入れた力を使いたいというなら好きにすればいい」
「帰るという選択肢はないのか」
「随分と落ち着いてるな。無くはない……だろうな。おそらく今すぐは無理だろうがな、ここの神がそれどころではないからな。が、そのあたりは俺には管轄外でな、何なら今聞いてみるか?」
そう言って無月は袖に手を入れ指輪を取り出した。
「誰に聞くと?」
「神に決まっているだろう……月読尊、名ぐらいは聞いたことあるだろう」
○●○
「ってわけなんだが、月読」
『なるほど、しかし随分と無茶をするのう、百鬼夜行の瘴気にアテられて死んだ人間も多いというに」
「アテるで止めるから死ぬんだよ、取り込めば形を変え生きることができる。七人ミサキなんかがその典型だろ。で、どうなんだ?」
無月は月読に今までの事を簡単に説明し、一樹たちの帰還の可能性を問う。
『前にも言ったが無理なやり方で世界を渡ったため、今一度世界を渡ろうというなら魂の崩壊を防ぐためにそれなりの準備がいる。そもそも人が世界を渡るというのが有り得ない事だ。本来なら魂にかかる負荷が大きすぎる為に世界の理から抜けた瞬間崩壊する』
無月に答えるというよりは一樹たちに聞かせるようにそれを説明していく。
「……んっと、つまりどういうことなんですか?」
今ひとつ理解できず微妙な顔をしながら明は月読に聞くが、理解できないの他も同じだろう。無月以外は皆、似たり寄ったりな表情を浮かべていた。
『ロケットも宇宙服もなく、その身一つで宇宙へ飛び出すようなものだ。だが、全く呆れた話だがそれを神が用意してしまったのだ。搭乗者を拉致監禁のおまけ付きでな。まぁこれは人を対象にする故に使える裏技とも言えるがな』
「あー」
「なるほどね……」
「……ふむ」
月読の例えに明たち五人は理解の色を示す。
シャルルたちは更に意味がわからないという顔をしていたが、今はいいだろうと思ったのか無月も注釈を入れたりせずに話は進んでいく。
『ここで問題なのが誰が召喚を、つまり誰がロケットを飛ばしたかということだ。いくら神が創った物だろうが人の力では良くてその三割の性能が出せれば良い方であろう。だが、これでは全く足りぬのだ。無理に行うならせめて十全で臨むべきものをその程度で行えば当然そのしわ寄せは召喚された者へ向かう。魂の衰弱してしまったお主たちをこちらに帰還させるには更に上の、より高度な術式が必要になる。当然だが行使するのは我ら神が行う』
「……その条件を揃えるのに時間が掛かる、ということですか」
静葉は自身の至った答えへを口にするがそれではまだ半分、残りに半分を無月が引き継ぎ説明を続けた。
「まだ問題はあるんだ。ロケットを用意してもその発射台があるのは馬鹿デカイ爆弾の上、その爆弾は現在解体中。その上で打ち上げなんてやらかそうもんなら諸共にドカンッ!てことにもなりかねない」
「じゃ、じゃあ、それが終わった後になら大丈夫ってことですかっ」
『まぁ、そうなのだが……』
無月に向けて身を乗り出しそう聞いてくる梓に月読が言葉を濁した。
「正直、それが何時になるかはわからん、お前ら人だけを帰すならそう時間は掛からんだろうがなぁ。十年か二十年か……あー、いや、俺達には気にする時間ではないが……お前ら戻ったとしても、浦島太郎になってるだろうな」
神や妖しに比べ人が生きる時間はあまりに短く早い、無月はそれを示唆する。
無月の言葉の意味に誰も彼もが言葉を失い部屋には沈黙が降りた。全てを理解できなくても十年、二十年その時間の長さはシャルルやラピス、ミーアたちにも分かる。理解できてしまった一樹たちは言わずもがな。
「……月読、準備だけは進めといてくれ」
『あっ、ああ、それはかまわぬが……』
「まぁ、よく考えることだ、この世界で生きるもよし。嫌なら帰ればいい」
「……こんなの、理不尽ですよ……」
梓はそんな言葉を絞り出す。
「……今に始まったことじゃない。世界の理不尽なんてのは大昔から変わりゃしねぇ」
その嘆きの声に気遣うでもなく、至極平淡な声で言葉を返す。
かつて、その理不尽のためその手で友の息の根を止めた。だが鬼が友と呼んだ男は最後まで理不尽に抗った。嘆き受け入れてしまう者に鬼の心は動かない。
示すモノがなければ応える者はいない、先に吐いたこの言葉はこの鬼の行動原理そのものなのだから。
○●○
「ムツキ、少しいいかしら」
沈んだ空気のまま解散となった後、去ろうとした無月をシャルルが呼び止めた。今部屋にはシャルルとラピス、そして無月だけが残っていた。
「……なんとかならないの?」
「まぁ、気にするわな」
後悔に顔を歪めそう切り出すシャルル、その言葉に無月は肩をすくめる。
「やりようはある。だが、今はその気はない」
「・・・・・・」
「……何故ですか?」
否を返されたシャルルは俯き、その様子にラピスが堪りかねたように無月に問いかけた。
「妖しとはどこまでも独善的な者たちよ。情では動かん、時経ても変わらん、何より重きを置くは己の心。残忍だろうと慈悲深かろうとその行いの根にあるのは己の心だ。ただ己を魅せ満たすもの、それだけが妖しを動かす。だから俺は動いたお前らは魅せたから、だから俺は動かんあいつらは何も魅せていない」
かつて、神無の姿は何より眩しかった。だから無月は縋り付く者に、唯々諾々と受け入れる者にはその心を動かされることはない。
「だから、今はその気はない」




