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王女の策

 アルトニア王国王城、その一室。会議のために造られたその部屋には5人だけの公には出来ない会議が行われていた。


「シャル、いくらなんでもそれは――」


「お兄様、もしかしたら私たちが破滅を呼んでいたかもしれないのです。たまたまムツキが話の出来る相手だった、それだけなのです。次に呼び出した者がそうとは限らない、……もしそんな者を喚んでしまった場合、この世界は厄災の侵攻を待たずに滅びます」


「シャルルよ、お前の言い分はわかった。しかし召喚を封じたとして、結局我らの未来にあるのは破滅だぞ」


「お父様……いえ、陛下。ムツキを召喚したことは我々にとって幸運だったと言えましょう」


「それは?」


「取り返しがつかなくなる前に知ることが出来たという事です。我らには時間があります。異世界の者たちに背負わせ続けている未来。本来それは我らが背負うべきものです、その責を果たす。その力を付ける為の時間が我らにはあります」


 これがシャルルの選んだ選択。


 勇者を抜きに『厄災』は止められない。現状保持する戦力に制限を付けなかったムツキの提案に対する苦渋の選択だった。


「今一度申し上げます。我らの未来を我らが背負う為のすべを手にするべきです」


「……シャルル、お前はムツキが話しの出来る相手だと言ったな」


「はい」


「ならば、ワシも少し話してみよう。ムツキにはシャルルから伝えた方がよかろう。シャルル、ワシとお前、そしてムツキだけで話がしたいと伝えてくれ」


「承知しました」


「陛下っ!!なりませんっ!!」


「父上っ!?」


「お父様っ!?」


「何、話をするだけじゃ。アレク、手配を」


「相手は魔物ですぞ、陛下の御身に何かあってはっ!」


 アルトニア国王はシャルルから宰相に視線を移しムツキと対話の場を整えるように命じた。しかし、宰相は国王の案に難色を示す。


「何かあるなら召喚の時に起こっておろう。そうしなかったのか、出来ないのか、……シャルルの話通りなら前者なのだろう。ここで身を隠したところであまり意味があるとは思えん」


「ですがっ」


「アレク」


「っ!……御意に」


 反論を許さぬ声で命じた王に宰相は恭しく頭を垂れる。


(さて、これなら次は……)


 王と宰相のやり取りを聞きながら、シャルルは次にどう手を打つべきか考えを巡らせていた。




○●○




「という事になったのだけど。頼めるかしらムツキ」


「ほー。朝っぱらからわざわざ部屋にまで来て叩き起こしてくれて、どんな重要なことかと思ったら。はぁ、それだけか姫さん」


早朝、ムツキの部屋

至極眠そうな顔でベッドに腰掛けながら不機嫌そうな声で対面に立つシャルルに返す。


「え、ええ」


 細められた目と不機嫌な声を向けられ、若干たじろぎながら答えたシャルル。


「わかった、時間が決まったら言ってくれ。んじゃオヤスミー」


「ねぇムツキ」


 話は終わりと二度寝しようと横になった無月だが、まだ何かあるように呼びかけるシャルルに無月は起き上がらずに顔だけ向け「んー?」と半分寝ているような声を上げる。


「今日の予定は?」


「起きてから考える」


「つまり予定はないのね」


「そーなるかもなぁ」


「じゃあ、少し付き合ってもらえるかしら。今から」


「んー、寝るから無理だなぁ」


「たまには早起きも良いと思うわよ」


「妖しってのは朝は寝床で寝てるもんなんだよ」


「いいじゃない。今日一日くらい」


 何を言われても拒む無月だがシャルルも一切引き下がろうとはしない。そうしてしばらく不毛な言い合い続けていたが、いつまでも誘い続けるシャルルに無月の眠気はどこかへ飛んでいってしまった。

 シャルルの粘り勝ちといったところだろうか。


「ったく。それで、何に付き合えばいいんだ姫さん」


「ありがと、ラピスが居なくて鍛錬の相手がいないのよ。ムツキ暇そうだから、折角だし今度はちゃんと相手してもらおうかと思ってね」


 不承不承というように無月が頭を掻きながら言葉を吐けば、シャルルはしてやったりといった顔で笑いながらそんな事を言ってきた。


「はぁぁぁぁぁぁ、なら戦の装備でな。木剣おもちゃじゃまともに相手をする気も起きん」


「いや、それはさすがに――」


「殺す気で来な、じゃなければ前と同じように無為に時間を過ごすだけだ。じゃあ、先に行ってるわ」


「あっ、ちょっとっ」


 言うだけ言ってシャルルを部屋に残して無月は練兵場へ向かった。




○●○




 無月は昼まで起きてこないため世話役に任じられたカインは昼まで練兵場で過ごすのが最近の日課となっていた。今日もいつものように練兵場に来たカインだが、今日はいつもと状況が違っていた。


「これはどうなってんだ」


「あっカイン」


「リーナどうなってんだ、これ」


「さぁ、あたしが来た時にはもう始まってたから」


 リーナとカイン、そしてその場に居た兵士たちの視線の先にはいつもの袴姿の無月と白銀の鎧を纏い氷のような蒼白い刃のハルバートを構えたシャルルが対峙していた。


「はぁ、はぁ、はぁ、どうなってるのよ……」


「だから魔法も使えって言ってるだろが、最初に言ったぞ。殺す気で来いってな」


「っ!ぜぇぇぇあぁぁぁっ!」


 吼えたシャルルは一瞬で間合いを詰め横薙ぎにハルバートを振るうが無月は迫りくる刃を掌で受け止める。


「くっ!」


「なんだってんだよ、姫さん?」


「悔しいじゃないっ!本気で打ち込んだのよ!、なのにあの時と同じなんてっ!納得いかないっ!!」


 この手合わせの初撃、シャルルは魔法こそ使わなかったが無月の首目掛けて渾身の一撃を見舞った。首を刎ね飛ばすつもりの一撃を。だが無月は避けるでも去なすでもなくそれを首で受け止め、そしてシャルルの一撃は首の薄皮すら切り裂くことも無く止められてしまったのだ。

 それでシャルルは意固地になって魔法を使わなかった。それが無月にはどうにもらしく(・・・)なく見えた。


「そういうことかい、……はぁぁぁぁ」


 深いため息をついた無月は拳を握り、シャルルを見据えた。


「まぁ、一応当てきたしな、オマケしといてやるよ姫さん」


 そう言うと同時にシャルルとの距離を詰めその眼前に立つ無月。

驚き目を見開くシャルル、手を伸ばせば簡単に触れられる距離、無月の拳の間合い。


「鬼の拳は痛いぞ、姫さん。くたばんなよ」


 不敵に笑いシャルルにだけ聞こえる声で呟いた無月はシャルルの胸を狙い拳を突き出す。

 咄嗟に得物を引き寄せその柄で拳を受けるシャルルだが、まるで大岩でも飛んできたかのような衝撃に耐える間も無く吹き飛ばされる。

 辛うじて得物だけは落とすことはなかったが、受身すらままならず盛大に地面に背中をうちつけてしまった。

 シャルルが起き上がるのを待つことなく無月は追撃を仕掛ける、振り下ろされた拳を地面を転がりどうにか躱すシャルルだが地面にめり込んだ無月の拳はそこで止まらず、地面を抉りながらシャルルの体を紙切れのように弾き飛ばし周りを囲んでいた兵士たちの中へ叩き込んだ。

 しばしの沈黙。

 そして次の瞬間、兵士たちは爆発した。


「殿下っ!!」「馬鹿っ動かすなっ!!」「早く治癒士を呼べっ!!」「シャルル王女殿下っ!」


 シャルルの身を案じ駆け寄る兵士、ゴブリンの体をその拳で消し飛ばしたところを目にしているリーナとカインも慌ててシャルルのもとへと走る。

そして、


「貴様ぁっ!!!」「シャルル様になんということをっ!!」「ただでは済まさんぞっ!」「叩き切ってくれる!!!」


 無月に殺気を向ける兵士。

 その場はもはや血を流さねば収まぬ状況に陥ってしまった。

 どうにも収まらない状況。

 それを収めたのは、原因となったシャルル本人だった。


「グゥッ・・・カハッ・・・・・・や、やめなさい」


「「シャルル様ッ」」


「カイン・・・リーナ・・・ごめんなさい。少し、肩を・・・・貸してもらえる、かしら」


 リーナとカインに支えられシャルルは無月のもとへと向かう。

 無月の傍まで来たシャルルは二人に礼を言って離れると無月お見上げる位置まで近づく、しかしどうにも力が入らず無月に寄りかかるような格好になってしまった。


「ハハッ、情けないわね。……嫌な役させちゃってごめんなさい、ムツキ。ありがとう」


「俺はいいが、こんな無茶はこれっきりだぞ姫さん」


「そうするわ。体がバラバラになりそうだったもの。……迷惑ついでに一ついいかしら」


「ん?」


「ちょっと歩けそうにないの、部屋まで運んでもらえるかしら」


「それをやったら無駄にならないか?姫さん」


「貴方の力と行動が示せればそれでいいの、……それにたまにはお姫様気分を味わってみたいわ」


「正真正銘のお姫様が何言ってんだかねぇ。……カイン、リーナお前らも来い」


 シャルルは蚊の鳴くような弱々しい声で無月は囁くような声で言葉を交わす。

 苦笑いを浮かべた無月はシャルルの肩と膝に腕を回すとそっと抱き上げると練兵場を後にした。



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