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鬼と人 其の一

 昔々、まだ神と人と妖しの境界が無く混沌としていた時代、気まぐれな鬼と大馬鹿な夢を追った人が奇っ怪な縁を結んだ話。



――何よりも強くなりたい望んだ人がいた。


――何者ともつるむ事なく何の目的もなく気ままに力を振るう鬼がいた。


――森の中、少しひらけた場所にある大岩の上に座り、何の感慨もなくだた月を見ていた鬼に話しかける人がいた。



「よう、この辺りで負け無しの鬼ってのはテメェか?」


「……人か、つまらんなぁ……失せろ」


 鬼は声のした方へ視線を向けるとそこにはまだ二十歳にもなっていないだろう人間の少年が立っていた。

 自分に声を掛けてきた者が人だと分かると興味が失せたのか、鬼は月へと視線を戻す。

 そんな鬼の態度が気に入らなかったのだろう、少年の声に怒気が混じる。


「おい!テメェ、つまらんってのはどういうこった!」


「どうもこうもあるか、弱く脆い上にまばたきの間に死んでいく奴らに俺を楽しませることはできんだろうが」


 月から視線を移すことなく、そう言う鬼の背中を睨みつける少年。


「ハッ、そうやって人を見下した鬼が俺に殺されてるんだぜ、両の手の指じゃ数え切れないほどにな!」


 そう叫ぶ少年に鬼は心底迷惑そうな顔をしながら視線を送る。


「うるせぇなぁ、鬼だって千や二千じゃきかないほど居るのだ。人でも殺れるくらい弱い奴もいるだろうさ」


 そう言うと鬼はまた月を見上げてから人には興味が無いと言わんばかりに「失せろ」と初めに言ったのと同じ言葉を少年に告げる。

 だがそれで少年が大人しく帰る訳もなかった。


「ああっそうかいっ!俺を見る気(・・・・・)はねぇってかいっ!」


 そして少年は拳を構える。


「だったらっ!これなら少しは俺を見る気になるかよっ!!」


 そう言って人は拳を突き出す。

 踏み込んだ足は地を割り、突き出した拳は鬼が座っていた大岩を粉々に砕いた。

「うぉっ?!」と驚きの声を上げ鬼は大岩が崩れ去る、その一瞬前に大岩から飛び降りる。

 地に降りた鬼は苛立ちに目を細め少年を睨み、唸るような低い声を発した。


わっぱがぁ……」


 そこで初めて鬼は少年を人という括り(・・)ではなくとして、その存在を見る。

 その瞬間、細められていた目は僅かに開かれ少年に向ける視線から苛立った気配は消えていた。


「やっと見やがった。どうだっ、俺はつまらんかっ?」


 その時の少年はイタズラを成功させた子供の笑顔を浮かべながらそんなことを鬼に聞いてきた。


「ハッ、よう吠えることだ。まぁ吠えるだけの力はあるようだな。人にしては、だがな。しかし、その程度の力で俺に喧嘩吹っ掛けてくるあたり相手を測れん半端者。所詮は童よな」


 呆れた声音でそう返した鬼、しかしその口元には微かに笑みが浮かんでいた。


「んだとっ!」


 鬼のその言葉を聞いた少年は敵意を剥き出しにして吠えるが、それを見た鬼は実に楽しそうに言葉を紡ぐ。


「まぁいい、少し興が乗ってきた。特別に身の程を教えてやろう、手加減してやるから精々死なぬようにな」


「カッ、かせっ。その首獲らせてもらうぞ!」


 言い合う鬼と人。その顔には、どちらも獰猛な笑みが浮かんでいた。

 スっと拳を構えると鬼に向かって一直線に駆け出す少年、対する鬼は構えを取るでもなくだらりと両腕を下ろし向かってくる少年を真正面から見据えていた。

 少年が眼前まで迫り拳を打ち込んでも鬼は微動だにしない、ただ静かに笑みを浮かべその様子を見ているだけだった。

 これだけ聞くと所詮は人のやる事、大したことはなかったのだろうと思う者もいるだろう。しかし、事実は少し違う。

 少年が打ち込んだ拳が生み出した衝撃は鬼の身体を突き抜け、背後の草木を刈り取り、辺りに転がる岩を削り取る。踏み込む足はまるで火薬が爆ぜたような跡を次々と地面に付けていく。

 そして何より目を引くはその身に宿る霊力を操る技のみょう

 ただ威力のみに力を注ぐのではなく、最大の威力を拳に持たせつつ己の身が壊れないように守るための力を練ることを怠らない。

 並みの妖しなら一撃必殺足りうる力を連打で鬼に見舞うそれは、人だから鬼が動かないのではない。

 この鬼(・ ・ ・)だからこそ静観できるのだ。


「悪くはない。が、まだ足りん」


 そう言って鬼は少年の連打を浴びながら拳を振り上げる。

 その姿に少年は全力で後ろへ飛んだ。

 振り下ろされた拳から少年は鼻先一寸で何とか逃れ、その拳は地を打った。


「まったく、……勘弁して欲しいぜ」


 地を打った鬼の拳はクレーターを作り、その衝撃で尻餅をついた少年はそう呟く。

 地を打つ形のまま顔を上げ少年を見る鬼は不敵に少年に問うた。


「どうする。続けるか?」


 少年は鬼の問いに肩を竦めながら、しかし清々しいまでの笑みを浮かべ答えた。


「俺の負けだ」


「そうか」


 しかし、少年はキッと鬼を睨むとこう告げた。


「次は俺が勝つ」


 その言葉に鬼は目を見開き少年を見つめる、そして堪えかねたように大笑いしながら少年に言った。


「……クッククッフフッハハハハハッハッハッハァッハァッハァー!次かっ!ハハッ!次と言うたかっ!!わっぱっ!」


「童じゃねぇっ!!俺の名は神無かんなだっ!!」 


 童と呼ばれるのがよほど気に入らなかったのか少年は自らの名を叫んだ。


「ハハッ悪い悪い。神無というのか・・・では神無よ、お前・・・次と言ったか?」


「ああっ言った!!」


 神無の言葉に鬼は一層笑みを深めた。


「そうかっそうかっ!良かろう、ならば次は美味い酒を持って来い!されば相手をしてやろうっ」


「ハッ!ならばテメェの首を獲ってその酒で祝杯を上げてやるわっ!!」


 その言葉を聞いた鬼はそれはもう楽しくて仕方がないというように笑っていた。


「良いぞ!良いぞ!お前のような大莫迦は初めてよっ!!ならば俺も名乗ろうっ!我が名は無月っ!神無っこれは約定じゃ。お前が美味い酒を持ってきたならば俺はこの身が死に体だろうと相手をしようっ!」


 そこで言葉を切ると無月は神無を見据え問うた。


「神無よ、お前は何を目指す?」


 鬼の目を真っ直ぐ見返す少年はその問いに至極明瞭な答えを返した。


「最強」


「……ほう」


「鬼も神も超えて俺はてっぺんに立つ!」


「ハハハハハハハハハっ!!そうかっ頂辺かっ!そうかっそうかっ!!お前は面白いのうっ!ハハハッ」


「笑うなっ!」と神無が怒鳴っても無月は笑い続けていた、こんな面白い人に会うのは初めてだと言いながら。



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