選択
「……ふぅ」
無月の退室を見送るとシャルルは小さく息を吐きパタリとソファーに身体を倒すと、うつ伏せになりそのまま動かなくなってしまった。
「シャルル様、お気持ちはわかりますが流石にそのような……」
「お願いよーミーア、ラピスみたいなこと言わないでぇ」
顔を上げることなくそんな事を言うシャルルにミーアは眉間を押さえ俯く。
練兵場の時は見なかったことにしたミーアだが、自分たちしか居ないにしても王女であり軍の最高責任者である者が部下の前で見せるべきではない姿を目の前で見せられてはミーアも言わないわけにはいかなかった。
「シャルル様」
「・・・・・」
「王女殿下っ」
遠慮の無い強い口調でシャルルを窘めるミーアにシャルルは渋々身体を起こした。
「……ミーアがラピスみたいになってる」
そんなことを言って「むー」と唸りながら姿勢を正すシャルルにリーナとシアは唖然としていた。
カインはというと無月と話をした心労で完全に素が出てしまったシャルルに諦めたように目を瞑り顔を伏せていた。
それも仕方がないだろう、執務を手伝ったミーアとカインはシャルルにどうしようもなく子供な部分がある事を知ってしまったのだから。
最初のうちは順調に書類を片付けていた。
しかし、しばらくするとミーアの耳と尻尾をチラチラ見ながら妙にソワソワしだしたシャルル。
そして我慢が限界に達したのだろう、隙あらばミーアの耳や尻尾を触りだしたのだ、それこそ子供のように目を輝かせながら。
そうなってからはもう、全く書類が片付かない。
最初はやんわりと言っていた二人だが、いくら言ってもシャルルが執務に集中することはなく段々と二人の語気も強くなっていった。
それでも書類に目を通すよりミーアに触ろうとする時間が圧倒的に多いシャルルにミーアが機転を利かし全部片付いたら好きに触って良いと言うと、あっという間に書類を片付け余った時間でひたすらミーアの耳と尻尾を堪能していた。
「んふー、もふもふワンちゃん」「狼です」といったやり取りを繰り返しながら、ラピスの苦労が偲ばれるというものだ。
「ところで、リーナとシアが着ているのもあっちの世界の物なの?」
「えっ、あ、はい!そうです!」
「ムツキさんが依頼していた店のご主人が譲ってくださいました!」
シャルルの質問にハッと我に返り慌ててそう答えた2人。
「へーっ!二人ともよく似合ってるわ。とっても可愛い!」
シャルルのこの言葉を聞いたミーアとカインは天を仰いだ。
もう駄目だと。
「ねぇ二人とも、こっちに来てよく見せて」
「はっはい!」
「はい!」
ソファーから立ち上がったシャルルは自分の机の前に移動しリーナとシアを自分の前に並ばせる。
勿論、手の届く距離にだ。
「はぁー、良いわぁ。可愛いー」
そんなことを言い、うっとりとした表情で二人を見つめるシャルル。
シャルルの熱い視線を受けたリーナとシアは恥ずかしそうに頬を赤らめ俯いてしまった。
「い……」
「「あっ」」
シャルルの変化を察したミーアとカイン、しかし俯いていたリーナとシアはそれに気付く事ができなかった。
「いやあああああ!何っもう!可愛すぎいいいいいいいいい!!!!」
いきなりシャルルの上げた大声に驚き顔をあげる二人だが、時すでに遅し。
両腕を広げ飛び付いたシャルルに二人は逃げようとする事さえ出来ず、力いっぱい抱き締められてしまった。
「えっ?!ええっ?!」
「シャ、シャルル様!?」
「あぁん、もう部屋に飾ってずっと愛でていたいわぁ」
完全に混乱してしまったリーナとシア、そんな2人をさらに強く抱きしめながら頬ずりするシャルル。
三人を眺めながらミーアとカインは溜息を吐いたのだった。
○●○
「父上と兄様、姉様。あとは宰相にまず話しましょうか」
「全て話されるおつもりで?」
リーアとシアで十分に気力を補充したシャルルは自分の椅子に腰掛け凛とした表情でそう告げる。
ソファーではグッタリと背もたれに寄りかかるリーナとシアにカインが「どうして助けてくれなかった」とチクチクと恨み言を言われ、シャルルにはミーアがついていた。
「それはやめたほうがいい気がするのよね、勇者召喚に頼るべきではないという私の言葉を聞かなかったのもあの人たちだし、それがこの結果だもの。召喚の話も世界が滅ぶって話も本当だって証拠は無いしね」
シャルルは形の良い顎に手を当て、そう答えた。
「召喚は確かめることが出来ると思いますが」
「そうね。それで本当に使えなかった場合、素直に諦めてくれるかしら」
「それは……」
一度手にした力を手放すのは容易に出来ることではない、高い地位に在る者なら尚更だ。
「ムツキは選択の機会をくれたんでしょうね、ムツキにしてみればわざわざ言う必要はなかったわけだし」
「どういうことでしょうか?」
「私がムツキの敵になるか否か、召喚が使えなくなった事に皆が気付き王国が召喚の復活に動けば王族として、軍人として私は邪魔をするムツキに剣を向けなければならなくなる。でも今、召喚のことは私たちしか知らない。ありのままを話して召喚を復活するように進言することも、誰にも召喚のことを気付かれないようにすることや召喚を二度と使わないよう説得する準備をすることもできる」
「なるほど、そういうことですか」
シャルルの推測にミーアは頷き理解を示す。
「とりあえずムツキが人ではなく魔物ってことだけ伝えるわ、それを理由に召喚の危険性を訴えるというとこかしら。力を与える云々は伏せておくけどね、召喚の危険性じゃなくそっちに目がいっても困るし」
「ムツキを殺そうとする者たちについては如何いたします?」
「放っておきましょう、ムツキの言葉を信じてね。手加減はしてくれるみたいだし、刺客を撃退してくれれば危険性を理解させやすいわ」
そう言ってウインクするシャルルの顔はイタズラを考える子供のようだった。
「なんだか、楽しそうですね」
「そう見えるかしら?」
「ええ」
「フフッ、ならそうなんでしょうね。召喚が使えなくなったから今後のことも考えないといけないし本当なら楽しんでる場合じゃないんでしょうけどね」
そう笑ったシャルルは次の瞬間その顔から笑みを消し真剣な表情でミーアを見つめる。
「私は貴女たちに力を手に入れろと強要はしない、貴女たちは自分自身の望む選択をして」
その言葉にミーアは「感謝します」と言い深く頭を下げた。




