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鬼に金棒

「思った以上に長居しちまったなぁ」


 なんとなしに空を見上げながら無月はそう呟く。

 マーサの店を出たときすでに日は西に傾き空は夕陽に染まっていた。

 夜にはエルドのところへ行かなければならない無月は寄り道することもなく城へ向かう。

 無月の背中に隠れるように身を寄せるシアとリーナに羽織を掴まれながら。


「ね、ねぇムツキさん。何で女将さんは私たちにプレゼントなんて言ったんだろ、注文したのも協力したのもムツキさんなのに」


 ほんのり頬を赤く染めながら、さっきから考えていた疑問を無月に問いかける。


「さぁな。女将には連れとしか言ってないし、大方お前らを俺の女とでも思ったんじゃないか」


「おっ女っ!?」


 そう叫んだリーナは驚いて目を見開き顔を真っ赤にして無月から一歩離れ俯き視線を足元へ落とす。

 しかし、その手はしっかり羽織を掴んでいる。


「前を見ろ、前を。シアも引っ張るな」


「でもでもっ、なんか凄い見られてる気がするんですっ」


 店を出た時から視線を感じ無月の後ろに隠れたシアは無月の羽織を両手で引き寄せ周りの視線を遮るように顔を隠しながら今まで歩いていた。

 ちなみにシアは気がする、と言ってはいるが完全に注目の的である。

 ただでさえ長身の無月が黒装束。しかもこの世界では見かけることの無い羽織袴姿で先頭を歩き、紅白の巫女服で身を包んだシアとリーナ。

 目を引くには十分な色彩である。

 それに加え金色の髪を揺らしサファイアのような青い大きな瞳に透き通るような白い肌のシア。

 そしてライトブラウンの髪を纏め程よく日に焼けた健康的は肌、キリッとした目元にエメラルドの瞳のリーナ。

 十分に美少女と言って差し支えない2人が幼さの抜けない顔を恥ずかしそうに赤く染めていれば尚更である。


「こっちでは見かけない衣装だろうしな、多少は見られるだろうさ。まぁ、着慣れないから落ち着かないのも視線が気になるのも分かるが普段通りにしてればいいんだ。二人ともよく似合ってるぞ」


「そ、そっかなー、ホントに似合ってる?」


「・・・本当ですか?」


 リーナは照れながらも嬉しそう、シアは顔を隠していた羽織を鼻のあたりまで下げほんのり薄紅色に染まった目元を現すと不安そうに、それぞれ無月を見上げてそう聞いてくる。


「ああ、だからもっと堂々としてればいいんだよ」


 身に着けている衣装をこの世界にもたらした無月からの言葉に少しは自信がついたのか二人は無月の横へ移る。

 それでも羽織を指先でつまみ頬を赤らめ視線を足元へ落としていたが、そこはご愛嬌といったところだろう。

 そんな二人の頭に手を置いて無月は笑う。


「シアはともかく、リーナまでそんなしおらしいのは調子狂うな」


「ちょっ、ひどいよ!ムツキさん」


 無月の言葉がお気に召さなかったようでプーっと頬を膨らましたリーナは無月の横腹を肘で小突く。

 その瞬間サーッとリーナの顔から血の気が引いていく、そんなリーナの頭を乱暴に撫でながら笑う無月は先ほどと同じ言葉をもう一度繰り返す。


「普段通りにいいしてればいいんだ」


 要らぬ気を回すなと伝えるために。


「うん」


「さて、さっさと戻るか。遅れたらエルドにどやされる」


「はい」


「うんっ!」



○●○



「よう、エルド」


「なんじゃ、もう来たのか」


 まだ日は沈みきっておらず約束より幾らか早い時間に鍛冶場を訪れた無月たちは入口に置かれた長椅子に腰掛けパイプをふかしていたエルドを見つけ声をかけた。


「特にやることもなくてな、それでどんな塩梅だ?」


「今しがた仕上がったわい。それよりお前さんらのその格好はどうしたんじゃ」


 無月、リーナ、シアに視線を送るエルド。


「あっちの世界の服だ。俺の分だけのつもりだったが値引きの代わりいろいろ聞かれてな。それで作った試作品を店の主人の計らいでこいつらに着せてくれたんだ」


「ほう、お前さんの世界の。ふむ、よう似合っとるぞ嬢ちゃんたち」


「えへ、ありがと。エルドさん」


「・・・あっありがとうございます」


褒められてはにかむ2人を観るエルドの顔はまるで、


「孫を可愛がる爺さんみたいだな」


「やかましいわい!」


「怒鳴んなって。それで出来てるなら見せてもらえるか」


 エルドが無月を怒鳴り一連のやり取りにオチがついたところで無月はそう言って本題に入る。


「フンッちょっと待っとれ!」


「べつにわざわざ持ってきてもらわんでも――」


「馬鹿言うなっ、あれを中で振り回されてたまるか!いいから待っとれ!」


 そう言って鍛冶場の中へ戻っていくエルド。

 そして数分の後にエルドは2人の筋骨隆々の男たちを従え鍛冶場から出てきた。

 エルドの後に続く男たちは額に汗を浮かべ、2人がかりで無月の注文通りの物を運んでくる。


「ほう」


 それを見た無月は思わず口角が釣り上がる。

 無月の前に出されたのは昔話の絵本に描かれている、鬼が持つ金棒そのものだった。

 鈍く黒光りする金棒は子供の体なら容易に隠してしまえそうな太さ、その先端から中ほどまで棘が付けられ柄にあたる部分には革が巻かれその端はリングのようにしてあり、そこには1メートル程の鎖が取り付けられていた。


「鍛鉄と圧縮を繰り返し強度を追求したが重量がとんでもないことになった。大の男が2人がかりで運ぶのがやっとじゃ」


 そう言うとエルドは試すような笑みを浮かべ無月を見る。


「どうじゃ、お前さんにこれが扱えるか?」


「ハッ上等!」


 エルドの視線を受け無月は心底楽しそうに笑い男たちから片手で(・ ・ ・)金棒を取り上げると袖を捲りあげ鎖を腕に巻きつける。

 そして少しエルド達から距離を取ると金棒を高々と振り上げた。

 そこからは一瞬。

 見ていたエルド達には無月の腕はブレて金棒は消えて見えた。

 それほどの速度で振り下ろされた金棒は大気の抵抗を叩き潰し、地面を叩き割る金棒から逃れるように左右に流れた大気は風と成って辺りを吹き抜け、金棒を叩きつけられた地面は陥没し周囲にはヒビ割れが走っていた。


「ハーッハッハッハッ!かなわんなっ全く!」


 風に揺れる髭を押さえ、リーナ達も聞いた事がない実に楽しそうな声で大笑いしだしたエルド。


「どうじゃっ、そいつの出来は!」


「申し分ない。へし折るつもりで振ったんだが一ミリも歪んでねぇ、良い腕してんな」


「当たり前じゃ、ドワーフとして生を受け百数十年これだけに心血をそそいで来たんじゃ!自分の子をそう簡単に折られてたまるかっ」


 楽しそうに返すエルドに無月は金棒を眺めながら満面の笑みで応える。


「気に入った、貰ってくぞ」


「おおっ持ってけ!」


 心底楽しそうに笑い合う無月とエルド。


「ムツキ」


 その時、自分を呼ぶ声に視線をエルドから声のした方へ移す無月。


「よう、姫さん」


 そこに居たのはミーア、カインを従えたシャルル。


「ムツキ……少し時間を貰えるかしら」


「あぁ、かまわねぇよ」


 そう答えた無月は笑みを引っ込め金棒で肩を叩きながらシャルルを見つめていた。





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