砕月の鬼
「さあ!どういうことなのか説明しなさいよ!」
「はぁ・・・・説明も何もこれはお主が招いたことではないのか」
まともに相手をする気がないのか、ため息を吐き手元の書類に見ながら月読は答える。
「私が魔物を招き入れたって言いたいの!そん・・・・」
コンコン
女の言葉を遮ってノックの音が響く。
「入れ」
「ちょっ!」
「失礼します。月読様、地獄より急ぎの報告とその件に付随する要請が届いております」
「話せ」
「はい。昨日、現世から六つの魂が消失したとのことです。要請はその消失についての調査協力、そして魂の消失によりエラーが発生した輪廻システムの復旧に対する職員の派遣です」
部下の報告を聞き月読は深いため息を吐いた。
「はぁぁー……復旧に派遣する職員の手続きを早急に行え。調査についてはこちらで引き受けると連絡を。原因がここにいるのでな事実確認だけよかろう。」
「……かしこまりました」
月読の指示を聞き「またあんたか」という視線を女に向けた後、月読に更に報告を続ける。
「それと、……もう一件。現世の監視からある鬼と連絡が取れなくなったと報告が上がってきています」
「……何?」
現世で動いている鬼など限られている、部下の報告に月読が固まってしまう。
「……その鬼とは?」
月読の頭によく知る鬼の名が浮かぶ。
それは、今一番聞きたくない名前、当たって欲しくない予感。
「……砕月の鬼、無月です」
「何時からだ?」
「一昨日の夜の定時連絡はあったのですが、昨日は非番で今日になって全く連絡が付かなくなったとのことです」
それを聞き月読は目を覆い俯いた後、これまでで一番深いため息を吐いた。
「ちょっと、その鬼ってのが召喚でこっちに来た魔物なんじゃないの?」
そう聞いてくる女の言葉を無視し、月読は部下に指示を出した。
「無月が担当していた封印は九尾と土蜘蛛だったか、至急増員を回せ。現世の巡回も同様に。勇者召喚に巻き込まれた可能性が高いと思うが、念のため魂消失の調査と並行して無月の行方を調べよ。輪廻システムの復旧が終わり次第、獄卒を封印に派遣してもらえるよう閻魔大王に打診しておけ。無月の他の業務についてはこちらで手を回しておく」
「かしこまりました。報告は以上です」
「ご苦労。では、早速取り掛かってくれ」
「はい。失礼します」
部下が退室すると月読は女を睨みつけた。
「な、なによ!」
「創造の力を手にし新たな世界を創り出したことはお主を尊敬しておる……」
突然聞かされる月読の評価に女は驚き目を見開いた。
「月読」
「だが、それ故にお主には失望した」
「っ!」
そう言い、月読の視線は一層鋭さを増す。
その視線を女は月読を睨み返した。
「自らの怠惰で世界が歪んだ末生まれた魔王、それを自身で解決するでもなく強引な手段で異なる世界の者に解決を委ねた。あまつさへ、その術式を放置し、お主の世界の人の望むままこちらの魂を攫い歪みを拡大させ、挙句こちらの要と言える者を奪った。鬼の召喚などまともな状態では絶対に起こらぬことだ」
鬼の消失の件は間違いなく勇者召喚に巻き込まれたと月読は確信していた。
「なによっ!魔物一匹程度のことでそこまで言うことじゃ……」
月読の怒気に反発はすれど、どうにも押され気味でその声は次第に小さくなってく。
「お前の世界の魔物の基準でこちらの妖を測るなっ!!ましてや砕月の鬼は魔王ですら及ばぬ存在だ!!そんな異物を受け入れてしまうなど尋常な事態ではないわっ!!!」
「・・・・・」
「・・・・・」
互いに睨み合うが普段は声を荒げること無い月読が発した怒声に女は完全に飲まれてしまっていた。
月読を睨み返しているがその眼は涙目である。
「・・・・はあぁぁーーーお主はもう戻れ。まずは己の世界どうなっているのかを見定めよ、それに無月と連絡を取る手段も考えねば、これはお主にも手伝ってもらう。間違っても鬼を消そうなどとは考えるな。これ以上、無様晒したくないならな」
月読は女から視線を外し今後のことを考えながら、そう女に告げた。
「・・・・・・・・か」
「ん?」
「月読の馬鹿馬鹿馬鹿!!!!!何が鬼よ!!!私は創造を司る神よ!魔物一匹くらいどうとでもしてみせるわよ!!!月読の馬鹿ぁぁぁぁ!!!!!!!!」
子供のように叫び女は泣きながら部屋を飛び出していった。
「・・・・・はぁぁ」
月読はまた溜息をついて書類に目を落とした。
○●○
「ぐすっ・・・月読の馬鹿・・・・なんで追っかけてこないのよ・・・・ぐすっ・・・何が鬼よ・・・馬鹿ぁ・・・」
「イシス」
廊下を泣きながら歩いていると自分の名を呼ぶ声に足を止めた。
「・・・・天照様・・・・ぐすっ」
「その様子だといい方向へは持っていけなかったみたいねぇ」
「・・・天照様ぁぁ・・・うっ・・ぐっ・・・ぐすっ・・・う・・わあああああああああああああああ」
イシスは天照の姿を確認するとその場で盛大に泣き出してしまった。「あらあら」と苦笑を浮かべ近づいた天照はイシスの頭を優しくつつみ胸に抱き寄せ「よしよし」とあやし始めた。
「うっひぐっ・・・わ、私だって・・・ぐすっ・・・勇者召喚で魔物が呼ばれるなんて・・・おか、おかしいと思ったから月読に会いに来たのに・・・ぐっ・・・そりゃあ・・・言い方は少し乱暴だったかもしれないけど・・・ぐすっ・・・でも・・・ちゃんと話そうと思ったのに・・・・なのに月読、まともに取り合ってくれないし・・・・うっうっ・・・失望したぁとか・・・うっ・・言うし・・おにぃおにぃって・・・ぐすっ・・・そればっか気にしてるし・・・・ひぐっ・・・怒鳴ってくるし・・・・うっうわあああああ」
天照にあやされて少し落ち着いたのか月読の部屋でことを話しだしたイシスだが、怒鳴られたことを思い出したのか、また泣き出しってしまった。
「よしよし、ほぉら世界を創った神様なんだからこんなところで泣かないの」
「うっうーぐすっ」
天照は頭を優しく撫で再びイシスをあやしながら困ったような笑みを浮かべていた。
(まったく月読ったらぁ私の義妹になる娘を泣かすなんて。まぁでもぉ砕月の鬼が呼ばれたのはさすがにまずいかもねぇ・・・・)