それぞれの思い
「ムツキさんっ」
食事を済まし食堂を出たところで自分を呼び止めた声に視線を向ければそこには見慣れた少女が二人、少し緊張した様子で無月を見ていた。
「よう、おはようさん。シア、リーナ」
「・・・もうお昼だって」
「気にするな」とツッコミを入れてきたリーナに言いながら何処かぎこちない二人の様子を観る無月。
「二人だけか、カインとミーアは一緒じゃないのか?」
「「・・・・・」」
「なるほどな、まぁそう固くなるな」
そう二人に向ける言葉はすっかり緊張してしまってる少女たちを気遣ってか、穏やかなものだった。
「これから王都に出るが、ついてくるか?」
「うん、行く……」
「……ついて行きます」
「じゃあ、行くか」
いつもの軽い感じで二人そう言って歩き出す無月に続くリーナとシア。
(ミーアとカインは姫さんとこか。さてさて、こっちのほうはどう動くかね)
○●○
「以上がムツキから聞いた全てです」
ミーアの報告を聞いたシャルルは眉間を指で押さえながら僅かに顔を伏せた。
「ご苦労様。ミーア、カイン」
ここはシャルルの執務室、シャルルの前にはミーアとカインが立っている。
結局四人はシャルルに全て報告すべきだと、現在ミーアとカインがシャルルの下を訪れていた。
「まったく、参るわねホント・・・2人はどう思う?」
「シャルル様もムツキさんと話をされてはどうでしょうか」
「そうねぇ、ミーアは?」
「カインの言う通りかと、ムツキの話が全て事実だとすれば傍観はありえません。ですが私は他の方にこの件をどう説明するか、ということが重要だと思います。そのためにもまず、シャルル様がムツキと話をするべきかと。シャルル様が王族としてムツキと良き関係を築ければ最良です。ですが、下手な対応をすれば人は滅びます。この話を聞けばムツキに余計な手を出す者も出てきましょう。そういったことを先にムツキに話しておければムツキならそこまで怒りもしないでしょう」
無月の前では出さない軍人の顔で二人はシャルルに言葉を返す。
「ミーアの言う通り、そのまま話せば確実に余計な真似をする輩が出てくるでしょうね。まったくムツキの言う通りね。盗人の所業か、因果応報ってことかしら……だからやめるべきだって言ったのにっホント馬鹿っ」
自らが強くなるべきと考える二人はシャルルが最後に小さく呟いた言葉に全く同意見だった。
「皆にこのことを伝える前に先にムツキと話しましょう。夜にはエルドのところに寄るのよね」
「はい」
「じゃあ、それまでに仕事を片付けておかないとね。悪いけど手伝ってもらえるかしら、ラピスが居ないから少し滞ってるの」
「「はっ」」
シャルルの願いに二人は敬礼で応えた。
○●○
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
無月たちは王都の道を無言で歩いていた。
無月の目的は当然、マーサとジョシュアに頼んでいた品を受け取ることだ。
だから、リーナとシアが終始無言でも問題はない。
ないのだが、肩越しに観る二人の表情は張り詰めていて悲壮感すら漂わせていた。
無月は失敗だったと若干後悔していた。
「リーナ、シア。城に戻れ」
足を止め振り返った無月は二人にそう告げる。
「っ!違うんだよ!ムツキさんっ!!」
「不快に思われたのなら謝りますっ!!だから!!」
慌てて縋り付く少女たちの頭に手を置き困ったように苦笑いを浮かべる無月。
「落ち着け、落ち着けって。怒ってるわけじゃないから安心しろ、そんな顔すんな。大丈夫だから、な」
張り詰めた表情で見上げてくる二人の頭を撫でながら無月は穏やか口調で宥める。
「だって戻れって……」
いつもと違い力の無い瞳で見上げてくるリーナはそう言って服を掴む手に一層を力を入れる。
シアに至っては今にも泣き出しそうな瞳で見上げてくる。
「そんな顔してるからだよ。何を心配してるかは大体分かる、大方俺の機嫌を損ねたらマズイとでも思ってんだろ。お前らがついて来たのも俺にお前らが離れたと思わせない為だろ」
そう言って無月は二人に目線を合わせる為に少し屈み底抜けに明るい笑顔で告げる。
「見損なうなよ。言ったはずだ、ゆっくり考えろってな。俺はお前らの言葉を待っているんだ。お前らが考え抜いた結果の言葉をな、ご機嫌取りみたいな余計なことをさせるためじゃない。お前らの行く末を関わることだから考える時間が必要だろうと、そう思うから待っているんだ」
そして無月は乱暴に2人の頭を撫でる。
「だから、余計なこと考えるくらいなら城に戻れと言ったんだ、自分がどうしたいのか、今はそれを考えろ」
二人の頭から手を離しニィッと笑い少女たちを見下ろす無月。
二人は乱れた髪を整えながら互いに視線を交わす、そうして互いに頷き無月を見上げる。
「なら、ムツキさんを私達に見せてください」
「そうだね、その上で決めるよ」
二人の言葉に無月は楽しそうに笑って返す。
「ハッ、それでいい。んじゃ、行くか」
○●○
「お、来たな。待ってたぞ」
「よぉ、ジョシュア、女将」
「待ってたよ、早速で悪いんだけど始めてくれるかい。店の娘達にあの衣装を着て仕事をしてもらうって言ったら大はしゃぎでね。かなり気になってたみたいだね」
「へー、そいつは予想外だ。わかった、それじゃ始めるか」
苦笑いでそう言ってくるマーサに無月は驚きながらも頷いた。
「じゃ入っとくれ。シーラ、ついておいで」
マーサは売り子していた娘の一人を呼び店の奥へ入り無月たちもそれに続く。
服が置かれている部屋についてまず無月が行ったのはジョシュアに頼んでいた下駄の仕上がり確認、そしてマーサ同様ジョシュアも無月から聞き出したデザインの試作を作っていたので持ってきたそれらの出来も一緒に確かめていた。
「良い出来じゃないか」
黒い楕円の台に真っ赤な鼻緒の下駄を手に取り眺めながら無月はそう呟いた。
無月が手にしているのはジョシュアが試作した女物の下駄のうちの一つだ。
「まぁ構造はシンプルだからな」
無月の呟きにジョシュアも満更でもない感じの表情を浮かべていた。
「これなら問題ないぜジョシュア。んじゃ着替えるかね」
そう言って自身が依頼していた品へ近づき着ていたシャツを脱ぎ始める。
「ちょっと!?ムツキさん!!」
「ムツキさん!?何をっ?!」
いきなり脱ぎだした無月に驚き止めようと顔を赤くし声を上げるリーナとシアだが、その制止は間に合わずシャツを脱ぐ無月。
現れた無月の上半身を見た全員が驚きのあまり沈黙する。
一切の無駄を削ぎ落とした肉体。
細身ではあるが、しなやかさと強靭さを併せ持つその体から放たれる圧力はその場にいる者たちを黙らせるには十分なものだった。
しかし、それ以上に目を引いたのが左肩から胸、右の腰に刻まれた一筋の太い傷痕だった。
「じゃあ、先ずはこれな。襦袢っていうんだが、まずはこれを――」
リーナ、シアの声も今この場を支配した沈黙も全て無視してズボンと靴を脱いだ無月は着付けの説明を始める。
「ムツキさん!」
「おう、どうしたリーナ」
「どうしたじゃないよっ!いきなり脱ぎ出すとか、有り得ないよ!ていうかその傷痕は何!!」
顔を真っ赤にして怒鳴るリーナ、しかし無月がそれに怯むわけもなく。
「着替えるって言っただろ。この傷跡はな、昔斬られたんだ」
さらっと流し説明を続ける無月。
「でだ、他のもそうなんだが左右どちらかに片寄るとみっともないからな、中心を意識して左右対称にしろよー。で、こうやって合わせるんだが、右が先な。左を先するのは死人に着せる時だけだからな」
「あー、はいはい、これだもん。うん、分かってた分かってた」
流されてしまったリーナは遠い目をしながらそんな事を呟く。
そんなリーナを慰めるように横にいたシアがその肩をトントンと叩いていた。
そうしている間にも無月の実演と説明は進んでいたわけだが、
「でもまぁ、こっちでは関係ないか。あっちでも最近は普段着ないから間違える奴多かったし」
無月のこの言葉にリーナとシアは「ん?」と首を傾げるとお互いに顔を向け頷き合う。
「あのムツキさん、ちょっといいですか」
「どうした?」
「ムツキさん、ちょっとちょっと」
着物の帯を締めたところで自分を見上げながら手招きをするリーナの意図を察し前屈みになり二人に顔を近づける無月。
二人も顔を近づけ額を付き合わせるような形で小声で話しかける。
「ムツキさん、あの、いいんですか。さっきの言いようではムツキさんが異世界から来たって言ってることになりますよ?」
「そんなもん、最初に教えてるぞ。服や下駄のことでいろいろ聞かれた時に何処で知ったのか聞かれたからな」
「ちょっ、……何て言ったの?」
「勇者として召喚されたが魔力が皆無だからお役御免。生活は王族が保証してくれたってな感じだったか」
「いいんですか、そんなあっさりバラして?」
「べつに口止めもされてなかったしなー。俺としては怯えられて話もできないのが困るから鬼だってことだけバレなきゃ良かったしな」
「勇者様たちが遠征に出るときも隠すような感じじゃなかったし、ムツキさんを人だと思ってるのならいいのかな?」
実戦を経験するため魔物討伐へ向かう勇者たちは精鋭に囲まれ民衆からの声援に送られ出かけて行った。
そのことを思い出したシアがリーナにそう問いかける。
ちなみに勇者たちが出立したのは中天より前だったのでその時、無月は部屋で爆睡していた。
「あー、んー、騒ぎになってないし、いいじゃないかな?」
「でも」「だけど」と二人で相談を始めてしまったリーナとシアを見て、苦笑いを浮かべ無月は着付けを再開した。
袴の説明を終え羽織に袖を通して下駄を履いた無月が両腕を広げながらマーサたちにカラン、コロンと下駄を鳴らしながら向かう。
「まっ、こんな感じだ」
「へぇ、そうなるのかい。良いね、貫禄があるじゃないか」
「あぁ、それにそのゲタの音。なかなか心地いいじゃないか」
「おっ、これの良さが分かるか!」
マーサとジョシュアの感想に無月は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「じゃあ次はあんたの番だね、シーラ」
そう言ってマーサは連れてきたシーラの肩に手を置いた。
「はい!」と笑顔で返すシーラ。見た目は二十歳そこそこか、なかなか活発そうな娘さんである。
「で、どうするんだ。女将」
「何がだい?」
何を聞いてるのかわからない、という顔で返してくるマーサに呆れ顔の無月。
「女の着付けを俺がやるわけにもいかんだろ」
「あぁ、そういうことかい。縫製用の人形があるからそれで頼めるかい」
「了解、それじゃ始めるか」
それから無月は人形を使って着付けの仕方を教え、その後本人着付けをさせ間違っているところを指摘する。
その流れで着付けをシーラを含めた売り子三人に教えっていった。
三人目の着付けが終わり、店番に戻る姿を見送った無月は残っている服の着付けをマーサに教えそれが終わると一つ伸びをしてからマーサとジョシュアに視線の向ける。
「まっこんな感じだ」
「おつかれさん」
「ありがとね、なかなか時間の掛かるもんなんだねぇ」
「慣れればそうでもないんだがな。じゃこれでとりあえずは終了だな」
そう言い来るときに着ていた服の横に置いていた革袋から小さな袋を取り出してマーサに渡す。
「代金だ確認してくれ」
「ああ、確かに」
マーサは袋の中身確認しそれをジョシュアに渡す。
受け取ったジョシュアは袋から3枚の銀貨を取り出すと袋をマーサに返した。
「しかし、結構時間をとらせてしまったから、これだと貰い過ぎな気がするねぇ」
「気にすんな、そういう約束だ」
「でもねぇ……」
頬に手を当て何やら考え込むと途中から妙にソワソワしていたリーナとシアに目を向ける。
「どうだろう、その娘達に好きなのを一着ずつプレゼントするっては」
「へっ?」
「ふぇ?!」
マーサの申し出に間の抜けた声を上げる2人を見遣ってからマーサに向き直る無月。
「まぁ、それで女将の気が済むならいいんじゃないか」
「決まりだね!さっ2人とも好きなの選んどくれ!」
「履物もいるだろ、その中から好きなの選んでくれ。もちろんお代は結構だ」
戸惑う2人が無月を見ると「良いんじゃないか」と無月は笑いながら頷いた。




