困惑
「ムツキ……」
なんとかミーアだけは辛うじて声を出すことが出来たが、他の三人は呼吸も忘れてしまう有様だった。
「まぁ、驚くわな。だがな、驚いてばかりもいられねぇぞ。お前らはこれから選ばないといけない。今ここで俺という魔物に刃を向けるか、この場をやり過ごして姫さんあたりに報告するか、最初に言ったように俺から学ぶか、もしくはそれ以外を選ぶか。今お前らには無数の選択肢が有る」
そう言って無月は四人を値踏みをするように視線を送る。
「……ここであんたに、刃を向けたらあたし達は死ぬことになるんじゃないかい」
「心配すんな、殺しゃしねぇよ。まぁ大人しくしてもらう為に少し寝てもらうがな、きっちり王都まで運んでやるさ」
「……口封じは必要ないってかい?」
「ないな。この世界の戦力じゃ俺は殺せんよ」
なんとか言葉を紡ぐミーアに無月は事も無げに答える。
神すら相手にできる鬼には、この世界はあまりにも脆弱すぎるが故に。
「ムツキさん!ムツキさんはこの世界で何かするつもりなのっ!」
必死に言葉を絞り出したリーナを無月は穏やかな表情で見つめていた。
「なにも。この世界の人が繁栄しようが滅びようがそれは俺の知ったことじゃない」
無月の言葉に4人は少なからずショックを受けた。
だが、続く無月の言葉に四人は混乱することになる。
「だがな、お前らのことはそれなり気に入ってる。だから、ある程度のことをしてやってもいいと思ってるんだわ」
「……どういうことだい?」
「鍛えるとのは別に力をくれてやるってことだ。おそらく勇者召喚も使えなくなるだろうからな」
「使えなくなるって……」
「シア、勇者召喚ってのは他所の世界から魂をかっぱらう盗人の所業だ。そんなモノをあっちの神がいつまでもほっとくと思うか? そうじゃなくても無視できない問題もあるしな、俺を召喚してしまったことを考えると今まで通りってわけにはいかないだろうな」
新しく勇者を呼び出すことができない。
今この世界に『厄災』に対抗できる者は勇者しかいない、このままいけばこの世界は滅びを迎えることになる。
「そんなわけだ。だからお前ら、勇者になってみないか。まぁ人を捨てる事になるがな」
「「「「・・・・」」」」
実は無月は人ではなく魔物でした。
勇者召喚は使えなくなるだろう。
力をやるから勇者になってみないか。
四人は唖然とするしかなかった。
「今すぐ答えを出せとは言わねぇから安心しろ。まぁ魔石も充分集まったし帰るか、俺が王国に居る間に答えを出せばいいさ」
そう言って人の姿に戻し四人の様子に苦笑いを浮かべる無月。
「まぁ、今更急ぎはしねぇからゆっくり考えればいい」
そうして無月たちは王都へと戻っていった。
○●○
「あぁっ!どうしろってんだよっ!」
「カイン!うるさい!」
「だけどよっ!リーナ!」
「二人共少し静かにしないか」
完全に許容量を超えてしまった案件に苛立っていたカイン、リーナを諌めるミーア。
王都に着くなり「まぁよく考えてみな」と言ってギルドに換金に向かった無月と別れた四人は兵舎の食堂で今後のことを相談していた。
「だってカインが!」
「んだよっ!」
「わかったから、二人共少し落ち着きな」
「でもミーアさんホントどうしましょう・・・」
二人に比べれば幾分落ち着いてはいるものの、シアも混乱してた。
「本来ならシャルル様に報告するのが順当なんだろうがねぇ」
そう、本来ならそれで済む話なのだった、だが無月の話だとそうもいかない。
まず勇者召喚が使えなくなれば今後、『厄災』に対する戦力の補充ができなくなる。
そして無月は自分達が気に入ったから力を与えると言った、それは現状自分達にしか力を与えるつもりがないということ。
シャルルに話せば王国が動くことになるかもしれない。
もし無月の言葉が真実だったとして上の人間が下手を打てば無月の機嫌を損ね、勇者の代わりとなる力を得ることができずに人間は滅びを待つしかない。
馬鹿なことを、と切り捨てるには無月が言ったことは大きすぎた。
無月が異世界の魔物というのも確認しているので真実味も増す。
「……どうしたもんかねー」
「やっぱりシャルル様に全て話すべきじゃないですか」
自分たちだけでは手に余る。
「それしかなさそうだね……はぁ、勇者たちが遠征で不在なのは良かったかもね。無月は元の世界に戻る宛がある口ぶりだったし、それだけで荒れるのは目に見えてるからね」
とんでもなく面倒なことに首を突っ込んでしまったとミーアは首を振った。
○●○
「そんなわけで鬼だってこと教えたから」
換金を終え部屋に戻った無月はベッドに寝転がり指輪を弄りながら告げた。
『ハァァァッ!ちょっと!なん、何てことしてくれるのよ!?』
『……はぁ、諦めろイシス。鬼とはこういう者だ、とことん気まぐれなのだ』
『勘弁してよ、ホントに、もう……』
頭を抱えているだろう様子が伝わるイシスの声に無月が更に追い打ちをかける。
「まっ、今までサボってたツケが回ってきたと思ってキリキリ働け」
『だからって厄介事の種を蒔くことないじゃない!!あんたに対抗するためにまた召喚を使ったらどうすんのよっ!』
「ハハッ、魔物を呼び出した召喚に頼る程度の頭しかなかったら救いようがねぇなホント。そうならないようにさっさと術式をなんとかしろ」
『……あんたには女に優しくしようって気持ちはないわけ?』
「そういうセリフは道理を通してから吐け、駄女神」
『月読ーーーーっ!』
『道理に関しては言えば無月の言う通りではあるぞ。こちらもかなり迷惑しておる』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
惚れた男にトドメを刺されては、ぐうの音も出ないというところだろうか。
「で、現状どうなってんだ。こんな事になったら術式を放置ってわけにもいかんだろ」
『あぁ、須佐はお主を連れて帰るついでに消し飛ばすといきり立っておる。諌めるのも一苦労だ。大黒天も多くは言わぬが相当腹に据えかねてるようだ。召喚術式を破棄せねば世界が一つ消える』
自業自得。
当然、フォローなどある訳もなく話は進んで行く。
『・・・術式の破棄は少し時間が掛かるわ。歪みのせいでどうも世界の理に呑み込まれたみたいなの』
「・・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・・』
呆れてモノも言えんとはこう言うことだろう。
体内の奥深くにある病巣を取り除くとき、巻き込んだ血管や神経を傷つけないよう慎重に、正確に。僅かなミスで全てが終わってしまうのだから。
これはそういう話だ。
「月読、四人ほど連れて帰りたいんだがかまわんか?」
『さすがに人として生きるのは難しいが、それくらいならなんとかしよう』
つまりそういうことである。




