鬼
四匹のゴブリンの内、三匹から魔石を抜き取り袋に詰めた無月たちは次の獲物を求めて森の中を歩いていた。
なぜ三匹かといえば、これは体内のどこに魔石があるかという話をする必要がある。
魔石は魔物の心臓に埋め込まれるような形で存在している。
ゴブリンの臓器の配置は人とほぼ同じ配置になっている、つまりゴブリンの心臓は左胸に位置する。
したがって無月の拳で上半身を消し飛ばされたゴブリンの魔石は諸共に粉砕されてしまったのである。
「しかし本当に素手で狩るんだからびっくりっすよ、しかも瞬殺」
「あたしも正直あそこまでとは思わなかったよ」
「ホントですよ。あんな戦い方、初めて見ました」
「ムツキさんってホント常識の斜め上を行くよね」
無月の非常識に改めて驚かされた一同は口々にそんな事を言っていた。
「雑魚相手にしてそこまで驚かれてもなぁ……練兵場でもそれなりのモノは見せてただろ」
ここまで驚かれてるのはさすがに心外だとでも言うように呆れ顔を向け4人に答えた無月。
「まぁそうなんだけどね、実戦はまた別物ってことだよ。というかムツキが戦うのを見るのは初めてだったしね」
「でも、なんかムツキさん戦い慣れてる感じがしたけど、元の世界では何してたの?」
好奇心をくすぐられたのかリーナは目を輝かせながらそんな事を聞いてくる。
「厄介事の監視と処理……になるかな」
「厄介事?」
「そう、国を傾ける色っぽい狐とか見境無しの蜘蛛の監視とか迷った奴を居るべきとこに送ったりな」
「ふーん・・・よくわかんないけど、なんか大変そうだね」
「まぁそれなりにな……と、あっちか」
そんな会話をしてると無月は呟き視線を明後日の方へ向ける。
その瞬間、慌ててミーアが無月の肩を、シアが服を掴む。
「どうした?」
「あんな速さで森を走られたらついていけません!」
「はぁ、そういうことだよ」
シアは必死な表情でミーアは呆れ顔でそう告げる。
あー、と無月は頬を掻きながら少しの間考えた。
(まぁ焦らした手前もあるし、これくらいはサービスしようかね)
「慣れの問題だからなぁ、こればっかりは。シアは俺が抱っこしていくかね、後は一列になってついて来い」
言うと同時に無月はシアを抱き上げた。
「ふぇっ!えぇ!!」
「シア、お前は飛べるんだから足場を気にする必要がない。今から見せる景色をその目に焼き付けろ、自分で再現できるようになれれば追跡にも撤退にも十二分に役立つ」
そういう無月の横顔を見たシアは抱き上げられた羞恥心など吹き飛んでしまった。
その横顔はどこまでも真摯だったが故に。
「はい!」
「ミーア、リーナ、カインはまずは自分に最適の足場を見極めろ、道は俺が示す。魔法で強引に押し通ろうなんてのは下策だ。魔法って利点を欠点の補助なんかに使おうとするな。特にカイン、お前の装備でゴリ押しなんかしたらそれ以上の成長は期待できんぞ」
振り返る無月の眼差しに三人も気持ちを引き締める。
「はい!」
「了解」
「わかった!」
「んじゃ行くぞ」
○●○
「っ!!!」
シアは恐怖で目を瞑りそうになるのを歯を食いしばり必死で耐えていた。
無月の腕の中から見る景色はシアが今までやってきた訓練がお遊びに思えるようなものだった。
森に立ち並ぶ木々が高速で眼前に迫り次の瞬間には自分の体の横スレスレを抜けていく。
魔力を察知することができない以上森歩きは普通、目を耳を鼻を使って周囲に最大限の注意を払いゆっくり歩を進めるものである。
しかし無月はそんなセオリーなどとは正反対に風のように木々の間を駆け抜けていく。
「いいか、お前ら。こんなものは初歩の初歩だ。この程度の動きは欠伸しながらでもこなせるようになれよー、周囲の警戒だってしなきゃならんのだからな」
そんな事を言う無月にシアは愕然とする。
(これで初歩って、冗談でしょっ!)
後ろに続く三人も現状ついてくるのが精一杯だ。
周囲の警戒なんてできるわけもない。
そんな事を思っていると突然無月から制止の声がかかる。
「止まれ・・・いたぞ」
立ち止まった無月の視線を追うと数十メートル先の木々の間からチラッとゴブリンらしき者が動いているのが辛うじて確認できる。
「……あんなのよく見つけられますね、ムツキさん」
「はぁ、あのな。目視できるやつの気配くらい察しろ。まぁ確かにゴブリンの魔力は獣と大差ないから距離があったら分かり難いかもしれんが気配を探るための情報は魔力だけじゃないぞ」
「「「「・・・・」」」」
無月にしてみれば使えるのだから感じ取ることもできるだろう程度の感覚で言ったことだったが、さも当然のように魔力を探るなどと言う無月に四人は唖然とする。
勇者達のように戦闘訓練を受けることがなかった無月は体内の魔力を感じ取るということが稀有な能力であるということを知らない。
「どうした? 黙り込んじまって」
「ムツキさん……ゴブリンの魔力がわかるんですか?」
最下級の魔物であるゴブリンは武器を持ったり、コロニーを形成したりとある程度に知恵はあるが魔法は使わない。
「ん? あぁわかるが」
つまり魔力が体外に放出される事は特異な例を除けば有り得ない。
先程のゴブリン達も視線の先にゴブリンもなんの変哲もない普通のゴブリンだ。
「ムツキさん、普通は体内にある魔力を感じ取るなんて出来ませんよ」
「なんだそりゃ、使えるのに察知する事はできないのか?」
「魔法の兆候として魔力を感じることは出来ますけど・・・・」
呆れた表情を向けてくる無月だがシアからすれば無月の非常識な能力にこそ呆れてしまう。
「なんともチグハグだなぁ」
「それはムツキだろ・・・」
ミーアも呆れ顔を無月に向けていた。
「別にそうでもないんだが、まぁいいか。さっさとあれを仕留めるか。行くぞー遅れんなよー」
そう振り返り三人に言って無月はシアを抱え木々を抜け獲物との距離を一気に詰め、ゴブリン達の前に飛び出す。
(・・・心臓に悪いです)
無月の腕の中から解放されたシアは真っ青になっていた。
「ギッ?」
いきなり現れた無月たちにゴブリンは警戒の声を上げた。
「八匹すか、結構いますね」
無月に追いついたカインがそう呟くが、
「そうか?」
「ムツキさん、ゴブリンって確かに最下級だけど連携とるから数いると結構厄介なんだよ」
「連携ねぇ……」
リーナの補足も全く気にした様子もない。
そんな無月を見上げながらシアは思う。
(勇者様達の話ではあちらの世界では魔法も魔物も居ないって話だったのにムツキさんはどうして……)
まるで慣れていると言わんばかりの無月の余裕にシアは首を傾げていた。
「雑魚は雑魚だ、さっさと済まして次行くだけだ」
そう言った無月はゴブリンの群れの中へ飛び込む。
ゴブリン達を蹴散らすその姿は圧倒的だった。
手の届く位置にいた三匹を手刀を一閃して首を刎ね飛ばす。
一瞬にして仲間を殺されたことで硬直したゴブリン達。
正面にいる二匹に間合いを詰め、その側頭部を掴み合掌の要領で頭を押しつぶす。
その奥にいた一匹の喉を左の貫手で穿つと右後ろにいたゴブリンに投げつけ、 仲間の死体で転倒させた隙に左後ろに居たもう一匹に跳び右肘を脳天に叩き込む。
やっと起き上がった最後の一匹の頭を拳で粉砕した。
(なんでこの人が戦力外なの)
シアはそう思わずにはいられなかった、他の三人にしてもそれは同じだろう。
「さて、魔石獲ったら次行くぞ。あぁっ、一応聞いとくがお前ら魔力を感知できるのか? 体内にある魔力ってやつ」
「……あたしらには無理だよ」
短い付き合いではあるが無月に自分の常識を粉々に粉砕された為かミーアが力なく答える。
だが、それに答えた無月は驚くべきことを口にする。
「そうか、まぁ鍛えればそんなものいくらでも身に付く。最初に言った通り全て呑み込めた時に鍛えてやるよ。じゃ次行くぞ、数は大方30ってとこかどうもコロニーみたいだな。気ぃいれろよ」
「ムツキさん!そんなことが本当にっ!?」
無月の言葉にシアは食いつくが。
「話は後だ、とっとと行くぞ」
被せるように発せられた無月の言葉に遮られてしまった。
○●○
「片付いたかな」
死屍累々。
そんな言葉がしっくり来るだろう、辺りにはゴブリン達の死体で溢れかえっていた。
「ムツキっ!さっき言ったことっ説明してくれるんだろうねっ!」
ゴブリンのコロニーを片付け真っ先に無月に詰め寄るミーア、他の三人も同じ目で無月を見つめている。
「ちょっと待て、魔石を回収してからだ」
片手でミーアを制しゴブリンから魔石を抜き取りつつ無月は言葉をかける。
ミーア達も渋々その言葉に従う。
しかし黙々と魔石を回収する重苦しい空気に耐えられなくなったのは無月だった。
「・・・・はぁ、何で魔力の無い俺が魔力を感じ取れると思う?」
魔石を回収しながら無月がそう問いかける。
「「「「・・・・」」」」
「はぁ、あっちの世界には確かに魔力という力はない、だがな有るんだよ『力』って言われるものがな」
四人は一斉に無月に視線を向けた。
「神力、妖力、霊力、此処と違ってあっちには複数の力がある。『力』を感じ取れませんじゃ話にならんのさ。『力』を感じ取るなんてのは切っ掛けさえあれば誰にだってできる。この世界でそれが出来ないのは魔力って才能にかまけて鍛えることも伝えることもしなかったせいだ」
「でも勇者達はっ!」
無月の言葉に噛み付くシア、しかし落ち着いてそれに答える無月。
「あぁそうだな、さっき言った『力』を捨てたのさ、俺らの世界の人はな。そしてそれを伝える者も今ではもう居ない、誠に信じる者もな。だからこの世界の魔力にも順応する」
無月は少し寂しそうに答える。
「じゃあ、ムツキさんはどうなんすか!」
カインが叫ぶが、無月は落ち着いた声で答える。
「言っただろ、『力』を捨てたのは人だって」
そう言った無月を四人は見つめる。
「俺はな、人じゃないのさ」
そう言った瞬間、無月の全身が青白い炎に包まれる。
炎が消え、そこに立っていたのは『鬼』だった。
指先の爪は猛禽類のように鋭く伸び、吐く息には蒼炎が混じり口元には鋭い牙が覗き、瞳と髪は光を呑み込んだように一層黒く染まり、その額には黒曜石を思わせるような漆黒の一角が生えていた。
「俺は『鬼』だ。こっちの世界だと魔物の枠に入るのかな」




