非常識
「ほら、着いたからこの話は終わりだ」
無月は疲れた声でそう言った。
四人をおいて狩りに出てることを口走ってしまった無月にミーアは呆れ顔で自分たちに立場と決意を説き、リーナはトゲのある言葉を投げ、カインはどれだけ無月の強さに憧れたかを力説し、シアは悲しそうな瞳で無月を見つめていた。
そんな四人を宥めながらようやく鍛冶場の入口に立っていた。
「ムツキさんがなんて言おうがこれからはずっとついていきますからね」
「ムツキさん、逃がさないからねっ!」
「……わかったから、とっとと入るぞ」
げんなりした様子で中に入っていった無月に四人は続く。
近くで金槌を振っている鍛冶師に声をかけると、用件を聞いた鍛冶師は手を止めて奥へ向けて声を張り上げた。
「おやっさーんっ!シャルル様に頼まれてた奴が来てるぜっ!」
「やっと来やがったかっ!朝に言って来たのが昼をとうに回ってるってのはどういうこった!まったくっ!」
髭を撫で苛立たしげにそんな言葉を吐きながら奥から背の低い、やけにずんぐりむっくりした老人が出てきた。
「エルド、あんまカッカしてると血管切れるよ、年なんだから」
「「「こんにちは、エルドさん」」」
「なんじゃお前ら、修理……てなわけでもなさそうじゃの。何か新調するのか?」
「いえ、私たちは付き添いなんです」
「そっ、この人のな」
エルドの問いにシアが答えミーアが無月の肩を叩く。
ミーア達はどうやら顔見知りのようで気安い感じで言葉を交わしていた。
(ドワーフか)
そう、ドワーフである。ファンタジー系の話では職人の代名詞と言っても過言ではない存在である。
(ファンタジーだねぇ、初めて見るのが異世界ってのがなんだがねぇ)
北欧でシステム管理を担っているという話は聞いたことはあるが管轄が国内限定で外に出なかった無月には所詮小説の中だけの存在であった。
何とも言えない表情でエルドを見ていた無月だが、ドワーフの作る武器には興味をそそられた為、話を先に進めることにした。
「そういうことだ。試作品っての見せてもらえるか」
「ふんっ!えらく細っこいやつだな……こっちだ!ついて来いっ!」
エルドの後に続いて無月たちも奥へ向かう。
「こいつじゃ」
エルドに合わせてあるのか他のものより低い台の上に剣や盾と一緒に置いてあったそれを抱えるとエルドは無月に差し出す。
「細いな……」
「馬鹿言うな、魔法も使わずに振り回すならこれが限界じゃ。むしろそのナリじゃこれすら扱えるかわからんがなっ!」
無月は試作品を見ながら不満そうに呟く。
棍棒と伝えたので大丈夫だろうと思っていた無月だが目の前にある物には到底納得するわけにはいかなかった。
(鬼に金属バットを振り回せってか)
そう、エルドが出してきたのは少し長いがどう見ても金属バットだった。
無月はエルドが差し出してきた金属バットを右手で持つと木の枝で草でも払うように左右に軽く振りながら開けた場所へ移動する。
立ち止まった無月は金属バットを振り上げブンッと斜めに振り下ろす、そこから金属バットが床に当たる直前にV字に振り上げると右腕を左肩に巻きつけるようにして金属バットを背に回し右肩を突き出して踏み込むと横一文字に金属バットを振り抜く。
その勢いを殺さず右側へ上半身をひねり真後ろに金属バットが来たとき、肘を曲げ右肩を突き出し腕を鞭のようにしならせながら体の横を通し垂直に振り上げる。上がりきると同時に飛び上がり落下の勢いに合わせ手首を返し一気に振り下ろす。
一連の動きを全くブレることなく流れるように行った無月。
床を打つことなく寸前で止めた金属バットを手首だけで宙に投げ逆手に持ち直すとその先端を静かに床に降ろし、エルドに振り返る。
「……魔力が無いつう話だったが、こいつぁたまげた」
「握りはふた回り太くしてくれ、打撃部位は最低でも3倍だ。姫さんから聞いてると思うが強度を限界まで上げてくれ、俺が扱えるかは考えなくていい。あとは突起を――」
唖然とするエルドに注文をつけていく無月。
次は間違っても金属バットが出てこないようにと完成図も渡しておいた。
渡された完成図を見ながら髭を撫でていたエルドが溜息を吐き無月に向きなおる。
「明日の夜にまた来い。それまでに仕上げておく」
「随分早いな」
「一から作るわけじゃないからのぉ。そいつに手を加えてお前さんの望む形に作り変える」
そう言うとエルドは何とも楽しそうな表情をして続ける。
「ここまで見事に読みが外れたのは初めてじゃ。お前さんが言った通り扱えるかどうかは考えんからの、今度は武器の性能のみを追求する。お前さんがそいつを扱いきれるか楽しみじゃわい」
「あぁ、明日の夜を楽しみにしてるよ。期待してるぜ」
無月も楽しそうにエルドに返すと鍛冶場を後にした。
このまま王都へ出かけたいとこだがミーア達がついて来ると言っているためそういう訳にもいかない。
「んじゃ出かけるかね、少し店を覗いたらそのまま狩りに出るから準備してこい。準備できたら呼んでくれ、部屋に居るから」
「そんなこと言って置いて行くつもりじゃないですね。ムツキさん」
「……ちゃんと部屋に居るから早くしろ」
不安げにそんな事を言うシアに疲れた顔で答え無月は一旦自分の部屋へ戻った。
○●○
「ムツキさん、ホンッットにそれで狩りに出るの」
「だからそう言ってるだろ」
「やっぱり、兵舎で剣だけでも借りたほうがいいですよ」
「半端な得物なら無い方がマシだ」
「そうは言ってもいくら何でも無茶だと思うんすけど」
「だから今までこれでやってたから問題ないってさっきから言ってるだろ、くどいぞ」
「まぁムツキが良いって言ってるんだから良いじゃないか」
「もうっ、ミーアさんも説得してよっ。武器も鎧も無しで狩りなんて有り得ないよっ!」
笑いながら言うミーアにリーナが抗議の声を上げる。
リーナが言ったとおり無月はおよそ狩りに出かけるような格好ではなかった。
武器も鎧も身に付けず軍から兵士に支給される簡素な服を着てるだけ、持ち物と言ったら大きめの革袋を左肩から下げてるのみ。
これは流石に無茶が過ぎるとリーナ、シア、カインが説得しているわけだが、無月はそれに構わず王都へ向いミーアが笑いながらついて行くという状態だった。
ちなみにリーナはハーフプレートに腰にはロングソード、カインはフルプレートに背中にはクレムモア、二人に比べれば軽装なシアとミーナでもシアは鉄の胸当にヘッドギア、手甲と足甲を身に付け右手に錫杖、ミーアは身体にフィットする革鎧を着込み腰には二本の短剣という姿。
狩るのは魔物であるのだから当然と言えば当然だろう。
散歩にでも出かけるような格好をしている無月は傍から見れば正気の沙汰ではない。
「そうは言うけどリーナ、ムツキがそこらにいるような魔物に殺られてるところを想像できるかい?実際問題なかったみたいだし、お手並み拝見と行こうじゃないか」
「でもぉ……」
「心配性だねぇ、あんまり言ってるとまた置いてかれるよ。ヤバければあたし達で何とかすればいい、それでいいじゃないか」
「ミーアが良いこと言ったぞ。そういうことだ、シアもカインもそれで納得しろ。しないなら置いてく、旅にも連れて行かん」
「わかったよー」
「わかりました……」
「はぁ、無茶苦茶っすよムツキさん」
無月のこの言葉に三人は引き下がるしかなかった。
「それでムツキ、店を覗くって言ってけど何処によるんだい?」
「服屋だ。頼んでたもんが今日仕上がるって話だからそれの出来を見とこうと思ってな」
「帰りじゃダメなのかい?」
「んー鍛冶場で思ったんだが希望が思うように伝わってなかったら手直ししないといけないからな。早いほうがいいだろ」
「なるほどねぇ、確かに早いほうがいいかもしれないね」
そんな話をしながらまずは服屋を目指し無月たちは王都へ出かけて行った。




