自由な鬼
――ちっ!てめぇをぶっ殺した時にコイツで祝杯あげようと思って用意した酒だったのによ
「はっはっはっ!そいつは残念だったなっ!また俺の勝ちだ」
――次こそはぜってぇぶっ殺してやるっ!
「おおさ、その時はまた良い酒を持ってこいよ」
そんな事を言い合いながら盃を煽る鬼と人
――おいっ無月!てめぇの首を獲るのは俺だっ!神だの妖しだのに殺られやがったら許さねぇからなっ忘れんなよ!
「おう、約束だ。俺を負かすのはお前だ。だからとっとと強くなれ」
そう言って突き出された盃に鬼は酒を注ぎながら笑っていた。
○●○
仕合いより3日が過ぎた日の昼、無月は目を覚ます。
「また随分と懐かしい夢だったな……」
無月は寝起きの気だるい体を起こし呟く。
「何が許さねぇだ、負けっぱなしで逝っちまいやがって……阿呆が」
「ムツキさんっ、カインですっ」
ドアを叩き呼びかけるカインの声に思い出から引き戻された無月は気怠げにドアに向かう
「よぉ、おはようさん」
「もう昼ですよムツキさん。まぁまだ部屋に居てくれたのは助かりましたけど」
ドアを開けた無月の第一声にカインは苦笑いで答える。
「なんか用事か?」
「ええ、朝に鍛冶師からムツキさんの武器の試作ができたから見に来て欲しいと知らせがあったんです」
「そか、んじゃ飯食ったら鍛冶場に顔出すかね。知らせてくれてありがとな、もう行っていいぞ」
「そうはいきませんよ、俺たちはムツキさんのお世話役なんすから。リーナとシアも食堂で待ってますよ」
「建前だろうがそんなのは、まぁ好きにすればいいさ。とりあえず顔洗って飯にすっかね」
そう言ってカインを連れて無月は水場に向かった。
○●○
「ミーアさん」
食堂へ向かっていたミーアは足を止め自分の名を呼んだ声の主へ振り返る。
「やあシア。リーナも一緒だったのかい」
「うん。ミーアさんこれからお昼?」
「ああ、そろそろムツキも起きてくる頃だろうしね。どうせ食堂に行くならと思ってね、少し時間をずらしたのさ。そういえばカインは一緒じゃないのかい?」
「カインならムツキさんを呼びに行きましたよ。朝に武器の試作品ができたから鍛冶場に来て欲しいって連絡があったって言ってました」
「それで食堂で合流することにしたの。どうせムツキさん食べてから行くだろうからって」
「確かにうちらの大将はのんびりしてるからねぇ。んじゃ今日はお供くらいはできそうだね。そんじゃさっさと行こうかい」
「うんっ!」「はいっ!」
そうして三人は食堂へ向かった。
ミーア、リーナ、シア、カインの四人は無月に同行を許してもらったその日にシャルルから無月の世話役をするよう言われていた。
一緒に旅に出るなら少しでも互いを知る時間が有ったほうがいいだろうとシャルルは思い、四人の軍務を免除するための建前として与えられた役割であった。
建前であっても役割は役割、それなりには働く必要があるのだが当の無月が。
――ここに居る間にすることがほとんどなくなったから好きにしろ、俺は昼まで寝る
と言って午前中はやることがない上、起きてからも「特にする事もないから好きにしろ」と言いふらっと居なくなる。
シャルルの意図をガン無視していた。
訓練は流石に休むわけにはいかないが、軍の仕事は免除されて、世話役としての仕事もやることがないミーア達は時間を持て余していた。
カインは暇なら訓練を見て欲しいと頼んでいたが「気が向いたらな」と流されていた。
食堂についた三人は空いてる席に腰を下ろすとミーアは遅めの昼食を摂りながら、リーナとシアはお茶を飲みながら無月とカインを待っていた。
「それにしてもムツキさんは食事のあといっつも居なくなるけど何処に行ってんだろうね」
「ホントにねぇ、あたしらには好きにしろって言うけど居なくなるってことは何かしらしてんだろうに。それならあたしらも連れてって欲しいんだがねぇ」
「リーナとあちこち探してみたんですけど見つからないですよ。もしかしたら王都に出てるかもしれませんね」
「あぁ、服屋に用があってな。あと木工細工の職人をな」
会話に突然割り込んできた声に三人は視線を向ける。
「ムツキさん、こんにちは」
「おう、シアおはようさん」
「ムツキさん、王都に出るなら連れてってくれてもいいじゃん」
「そうだよムツキ、何のための世話役だかわからないじゃないか」
「そうっすよ、ムツキさん。今度からはついて行きますからね」
「ぞろぞろと連れ立って回るようなことでもないんだがなぁ」
席に着いた無月はパンを齧りながら少し困ったように言うとシアが表情を曇らせて無月に頼み込んだ。
「ダメですか?ムツキさん。このままだとズルしてるみたいで落ち着かないんです。迷惑にならないようにしますから」
シアの潤んだ瞳で縋るような視線に無月はさらに困ったような表情をしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「……わかった、わーったよ!付いてくればいい。だからそんな目で見るなっ」
「はいっ」
シアの瞳に折れた無月は首筋を掻きながら答え、シアは先程までと一転して満面の笑顔で無月を見ていた。
(ホントにわからない男だね)
そんな様子を眺めながらミーアは無月という男について考えていた。
無能と呼ばれながら王女に対して無礼な態度をとる馬鹿に身の程を教えてやろうと模擬戦に志願したが、蓋を開けてみれば殺気一つで自分を含めた8人を黙らせ一合どころか武器を構えることもなく仕合いを終わらせてみせた無月。
あの時の殺気は今思い出しても生きた心地がしない。
正直あのまま皆殺しを覚悟したほどだった。
かと思えば鍛冶場の一件や今のように妙に甘い面を見せる。
自由奔放でお気楽なようでいて、どれほどの研鑽を重ねたのかと思わせる体術を見せる。
ついて行くと決めたミーアだったが無月という存在を掴めずにいた。
(まぁ見ていて退屈はしないけどね)
そんなこと思いながら少し物足りなさそうにトレーに視線を落とす無月にミーアは言葉を投げる。
「そんじゃムツキ、差し当たって鍛冶場へお供させてもらおうか」
「あぁ、んじゃ行きますかね」
そうして無月とミーア達は鍛冶場に向かった。
鍛冶場に向かう際の話題はもちろんこの三日間の無月の行動であった。
リーナ、カインはおいて行かれたのが大層不満らしく唇を尖らせていた。
「で、ムツキさん私たちをおいて王都で服屋探してたってどういうこと?」
「服屋なんだから服を調達するに決まってるだろ」
「そういうこと聞いてるんじゃないよ!ムツキさんならシャルル様に頼めばそれくらい何とでもなるでしょっ!なんでわざわざ一人で王都に出たのっ?木工職人にしたってそうだよっ」
「あぁ、それはなぁ、慣れるためだ」
「慣れるってなんすか?」
「お前らも知ってるだろ俺がなんで旅に出るか。ただの道楽だ、ようは遊びだな。それなのに何もわからないからお前らに全部任せて俺は阿呆面下げて待ってます、なんてのはつまらんだろうが。だから情報収集や店でのやり取り、魔石の換金とかいろいろ慣れとこうかとな」
「ちょっと待ってくださいっ!今魔石の換金って言ったすよねっ?」
「おお、言ったが」
「つまり狩りに出たってことっすか!?」
「あぁ、初日に店探して注文したからその代金稼がんとな」
流石に無月のこの発言にはリーナ、カインだけでなくミーア、シアも黙ってはいられなかった。
「「「「連れてけよっ!!!」」」」
張り上げた四人の声は廊下に響き渡った。




