皮肉
「さて、姫さん。武器ができるのにどれくらいかかるんかね?」
場所を鍛冶場からシャルルの執務室に場所を移した一行は茶を飲みながら旅に向けての相談をしていた。
シャルルは自分の椅子に掛けラピスはシャルルの側に控えている。無月たちは部屋に置かれたソファーに掛けている。
「早くても5日かしら、ムツキの注文次第ではもっと先になるかもしれないわね」
「そうかい。まぁ折角の姫さんの厚意だし、しっかり注文つけさしてもらおうかね。」
旅の支度はシャルルが進めてくれるとのことだ。馬車の用意までしてくれるらしいので有難い話である。
「旅支度も姫さんが手配してくれるし、考えることといえば道中の資金か」
「資金ならは用意するつもりよ?」
「姫さん、最初にも言ったがこれは道楽だ。限られた予算をやりくりなんてみみっちいこと考えるつもりはない。遊ぶためなら多少の労は惜しまんのだよ。つうわけで旅から旅への根無し草が手っ取り早く稼ぐ方法はあるかい?」
その問いに隣に座っていたミーアが答える。
「やはり、魔物を狩って魔石を売るのが一番かと思います」
随分と軽い感じの無月の質問にミーアが背筋を伸ばし真面目な顔で答える。
「やっぱそうなのか。あーそれとミーア、いや他の3人もだが素で話してくれ。道中そんな肩肘張った喋りされたら疲れる」
無月の要求に少し考えるような表情をしたあとミーアは真面目な表情を引っ込め姿勢を崩し、ニィッと口角を釣り上げ無月に問う。
(あの耳、犬じゃなくて狼かねー)
「わかったよムツキ、それで今言ったのが一番手っ取り早いがどうする?」
「お前らにしたら願ったり叶ったりだろ。俺としても問題はねぇよ」
「あんたらはどうだい?」
ミーアは対面に座っていたリーナ達に意見を聞くが否があろうはずもなく。
「反対する理由がねぇや。望むところさ!」
赤髪の勝気な少年カインは威勢よく答え。
「カインの言うとおりよ、反対なんかするわけないわ」
茶髪のポニーテールを揺らしリーナがお転婆な笑顔でつづき。
「ここで反対したらついてく意味がないですっ」
肩にかかる金髪を揺らし身を乗り出したシアがやや緊張気味に賛成の意を示す。
「んじゃ、そういうことで」
「そういえばムツキ。世界を見て回るのはいいのですが、どう回るかは決めているのですか?」
「・・・あーー、決めてないなぁ」
無月の返答にシャルルは苦笑いを浮かべ、ラピスは眉間に皺を刻み溜息をついていた。
「そんなことも決めずにここを出ようとしていたんですかあなたは」
「それとさっき資金集めの話でやっぱそうかって言ってたけど魔物を狩って資金にするつもりだったのよね?武器も持たずに出てどうやって狩る気だったのよ。まったく」
「それは仕方ないよなー、いろいろ調べたり準備したりする前に姫さん達がゴネだしたんだしな。独り旅だから計画なんてどうとでもなるし武器がないなら素手でやったまでだ」
この言い分にシャルル、ラピスは頭痛でも耐える様にこめかみを押さえた。カイン、リーナ、シアの年少組も呆れ顔だ。しかしミーアだけは楽しそうに笑いながら無月に寄りかかってきた。
「へー素手で魔物を狩れるっていうのかい!どれだけ規格外なんだいムツキは」
「戦う技はあっちの世界にもあるさ。それにしても……」
鬼である無月がそこらの魔物に遅れを取るわけがないが、真実を言う必要もないので適当なことをミーアに答えながら無月は腕に相当量の質量を感じ視線をミーアの顔から下に落とす。
「姫さん、ラピス嬢と同等か。ミーア、なかなかやるな」
無月が何を言っているのか分からずシャルルとラピスはキョトンとしていたが、やがて無月の視線が何処に向かっているにか気づき顔を真っ赤にしながら胸を隠し無月を怒鳴りつけた。
「ちょっっ!!!!ムツキどうしてそんな事がわかるのかしらっ??!!」
「ムツキ!キッチリ説明してもらえますかっ!」
「「・・・・・・」」
リーナ、シアもジト目で無月のことを見据えていた。
「何で俺がやらかした空気になってんのかねぇ。とんでもねー濡れ衣だ」
「ではどういうことなんですかっ」
「どうもこもないだろラピス嬢。あんたらどうやって俺を闘技場まで引っぱっていったか覚えてないのか?あれだけくっつけば分からない訳無いだろ」
「「なっ?!」」
「気づいてなかったのか?まー大分頭に血が昇ってたみたいだからなぁ」
「なんでその場で言わないのよっ!」
「そうですっ!気づいていたなら言うべきでしょうっ!!」
「言ったらもっと面倒くさそうなことになりそうだったしなぁ。それにしても、姫さんにラピス嬢……」
やる気ない声で答えていた無月だがそこまで言って若干呆れた表情を浮かべる。
「あの程度のことでそんなことにも気づけなくなるくらい頭に血を昇らすのはどうよ、騎士団と軍の長としてさ」
無月にとってはトンズラはその程度のことでもシャルル達にはその程度は済ませられないのだが、何せ無月の生死に関わる事だとシャルル達は思っているのだから。
「「・・・・・」」
それでも無月の指摘にシャルルとラピスは悔しそうな顔で黙り込む。無月の言ってることは至極もっともなことであると二人共理解している故に。
「確かにムツキの言うとおりね。組織の長たる者、常に冷静を心掛けれるべきよね。でも……」
「己の未熟は素直に認めましょう。しかし……」
だが、それだけで気持ちを収めるほど王女様も騎士団長殿も可愛い性格ではないようだ。
二人は無月を睨みつけ声を揃えて言い放った。
「「それはそれ!これはこれよ!(です!)」」
「……はぁ、さよか」
無月は遠い目をする。
(こうなった女が面倒なのはどの世界でも同じか)
迂闊な発言は今後控えようと考えながらも、どうやら何もなしにこの話は終わらないようだとシャルル達に問いかける。
「そんじゃどうしたいんだ、お二人さん」
「ちょっと訓練に付き合いなさい」
「姫さん達のか?」
「そうよ、どうせ準備はこっちが進めるしミーア達がいるんだから調べ事も必要ない。やることなくて暇でしょ」
なるほど、つまりは殴らせろということらしい。
訓練などと回りくどいことを言ってるので他にも意図はありそうだが。
「あいあい。付き合いましょー」
面倒はさっさと済ませようと無月はその要求を呑んだ。
○●○
練兵場
北の魔物に備え兵士たちはここで日々の鍛錬を行う。普段は魔法が放つ閃光、風を切る矢の音、互いの得物を打ち合う兵士たちの気合のこもった声が響いているのだが、今はやけに静かである練兵場の一角に無月たちは居た。
ジーパンにTシャツ、片手に木剣とあまりにも場に不釣り合いな格好の無月に幾度となく木剣を見舞うラピス、こちらの格好はレザーパンツに長袖のシャツそして革の胸当てと身軽な格好だ。
その二人を横から見ているミーア、リーナ、シア、カイン。
そしてラピスと同じ装備を身に付け肩で息をしながら胡座をかき頬杖をつきながら不満そうな表情で見つめるシャルル。
なんとも王女らしからぬ格好ではあるがそれを窘める者はいない。
横にいるミーア達は王女にそんな事が言えるわけもなく、いつもはラピスがその役を担うのだが今は無月相手に荒い呼吸で余裕の欠片もなく木剣を振るっている。
押されているわけではない、むしろ無月は手を一切出していない。
ラピスは幾度となく無月の身体に木剣を叩き込んでいる。訓練用の木剣で十全な力ではないとはいえ魔法で強化された一撃を。
しかし無月が揺らぐことはない。
それは先に仕合ったシャルルも同じであった。
いくら打ちこんでも無月が倒れることはなく終いにはシャルルの体力の方が先に尽きてしまいラピスと交代したのだが、このままではラピスもシャルルと同じ結果になりそうである。
「姫さんもラピス嬢も課題は体力かね」
そんなことを曰う無月にラピスは困惑する、自分の剣はこんなものだったかと。
「ハァァッ!!」
そんな気持ちを断ち切るようにラピスは渾身の一撃を振り下ろす。その一撃を防ごうと無月は木剣を合わせる。
バキィッ
ラピスの一撃はそれを受けた木剣をへし折り無月の肩を打つ。
「どうよ、気は済んだか?」
顔色ひとつ変えずそういう無月にラピスは苦笑いを浮かべ膝をつく。
「ええ・・・もう十分です・・・ハァ・・・ハァ・・・まったくどうなっているのですか、あなたの体は」
「頑丈なのは生まれつきでね」
「頑丈で片付くことではないと思いますよ」
「そうかね。……姫さん、どうするよ。ラピス嬢と交代するか?」
ラピスからシャルルに視線を移し無月が問いかけるとシャルルは変わらず不満顔で答えた。
「はぁ、もういいわよ。ムツキ、もう少し愛想よくしてくれてもいいじゃないかしら。どうして訓練なんて言ったかわかってるんでしょ」
「一発殴らせろってことだろー」
「ム・ツ・キ」
ジト目で睨んできたシャルルに無月は降参でもするように両手を挙げる。
「……わーったよ。それじゃな……水瓶用意してくれ。人くらいの大きさのやつかいいかね、もちろん水もいっぱいにしてな」
「わかったわ」
シャルルは見物していた兵士に言って無月の要求したものを用意させる。
水瓶が用意され無月がその前に立った時には何が始まるのかと練兵所にいた兵士が集まり無月を囲むように人だかりが出来ていた。
「んじゃこれっきりだからな。よく見といてくれよ姫さんラピス嬢」
「武器は持たないのですか?」
手ぶらで始めようとしている無月にラピスが首を傾げながら聞いてくる。
「ああ、今から見せるのは無手の技だからなぁ。始めるぞ」
無月が水瓶に向かうとざわついていた兵士たちが静まり無月に視線が集まる。
シャルルとラピス、ミーア達も真剣な表情で無月に視線を注いでいた。
無月は水瓶との距離およそ3メートルの位置、両足を肩幅くらいに開き手は握らず開いた状態で両腕はだらりと下げ僅かに前かがみ姿勢で立つ。
静かに空気が張り詰める中、無月が不意に糸が切れたように前に倒れ込む。
全員が「え?」と思った瞬間、膝が地面に付くか付かないかのところで無月は弾けたように水瓶に向かって駆け出す。
後ろに両腕を振り地を這うような姿勢で一瞬で距離を詰めた無月は水瓶の半歩手前で右足を踏み込み姿勢を起こしながら同時に水瓶の正面よりやや左右にずらした位置に両の手のひらを突き出す。
手のひらが触れた瞬間、水瓶の口から勢いよく水柱が吹き上がった。
周りで見物していた兵士たちからは「おおっ」驚きの声が上がり、シャルルたちは目を見開く。
吹き上がった水が雨のように降り注ぐ中、驚愕しているシャルルに向かい無月が声をかけた。
「これでいいか、姫さん」
「……ムツキ、今のは……」
「羅刹葬。俺にこの技を見せた奴はそう言ってたな」
「今のは何が起こったんですか?瓶を叩いたから水が吹き出したのはなんとなくわかります。では何故、瓶が無傷なのですか?」
「んーなんて言ったらいいかねー。瓶に衝撃が留まらず通り抜けるように打ったと言ってわかるか?ラピス嬢」
「……すみません、いまいちピンと来ませんね」
「そうかい。まぁ俺も理屈じゃなく体で覚えたからなぁ。そういうもんだと思ってくれ」
「はぁ……」
苦笑い気味にそう言う無月にラピスは気の抜けたような返事を返す。
どうやらまだ驚愕から抜けきれていない感じだ。
「満足してもらえたかな、姫さん」
ラピスはもう少し時間をおいたほうがいいかと思い無月はシャルルに話しかける。
「……なんだか手品でも見せられた気分だわ」
シャルルもまだ混乱しているのか、そんなこと言ってを返してくる。
この世界に手品なんてあるのかと思いながら無月は説明する。
「わかり易くいこうか。例えばな、水瓶を人、水を血とした場合どうなると思う?」
「っ!」
無月の言ったことの答えがわかったシャルルは両目を見開いた。
シャルルだけでなくその場にいる全員がその答えに行き着いたようで練兵場は一気に静まり返る。
そんななか無月の説明は続く。
「魔法については詳しくはわからんのだがな。鎧を強化しただけでは意味がない。身体強化ってのはどの程度効果があるか俺にはわからんが。初見でこの技を使われたら自分がどうなったか考えてみたらいいんじゃないか?」
そこまで言って言葉を切るとこれで終わりとばかりに無月は告げる。
古き時代、数多の鬼を殺し無月に挑みそして散った人間が使った、今はもう失われた鬼殺しの技。
「これが姫さん達が見たがってたあっちの世界の人の技だよ」
無月は少し懐かしむようにそう言った。




