鬼さんこちら
「「「ようこそアルトニアへ勇者様がた」」」
なんてことを言いながら歓迎の意を示す豪奢な衣装の美男1人に美女2人。
男が周りを見渡せば、石の壁と柱そして見慣れぬ服を着た者たちが数十人。
(これはもしかしなくても、そういうことなんだろうか……)
「どうなってんだ?」
横から聞こえた声に目を向けるとわけがわからないという顔で辺りを見回してる若い男女が五人、見た感じ10代後半から20代前半といったところだろう。男は少し違和感を覚えているようだが全員人間のようだ。
(普通こういうのは人間が呼ばれるもんだろ、なんで俺が……)
たまの休日を使って趣味の釣りに出かけていたこの男。
浮きを眺め波の音聴きながらのんびり過ごす時間がこの男にとって何よりの癒しだった。
若い時分、いろんな者を相手に暴れてた時代を懐かしく思うこともあるが、人に紛れてのんびり過ごす今の生き方も悪くないと男は思っている。
昔を思い出しながら糸をたらし穏やかな海をのんびりと眺めていたが、突然不自然な大波に攫われ海の中へ。
これは流石に気が緩み過ぎだろう。
(……海坊主あたりか、いい度胸だ)
そんなことを思いながら海流に揉まれていると突然目を開けていられない光に包まれ、気づけば見知らぬ場所にずぶ濡れで立っていて勇者様と呼ばれれば察しが付くというものだ。
(全く異世界召喚なんて小説の中だけにして欲しい。あと人外を呼び出すのはオススメしない)
「私は此度の召喚に際し勇者様がたをお迎する任を仰せつかりました、アルトニア王国第一王子エリックと申します。そして後ろに居ますのが」
「第二王女サーシャと申します」
「第三王女シャルルと申します」
自己紹介し頭を垂れる王子と王女、いよいよもってファンタジーである。
「王子?!王女?!えっ!つか召喚!!しかも勇者?!勇者って俺のこと?!!」
テンション高めに王子の言葉に反応する少年、「さようにございます」という返答にますますテンションが上がっていく。
「おおおおお!!異世界ファンタジーきたこれ!!!」
「意味がわからないわ」
そう言って眉間を押さえる少女。
まぁそうだろう、普通に考えたら異世界だの勇者だのは物語の中だけに存在するものだ。
「突然のことで戸惑われたことでしょう。我々としましても色々とご説明しなければならないことがございます。部屋を用意してあります、詳しい話はそちらでいたしましょう」
「はいはーい了解です!」
「はぁ・・・わかったわ」
第二王女の言葉を了解する二人、他の三人も怯えや困惑の色はあるがここは相手の言葉に従うようだ。
(パニクって喚かないのは大したもんだ、さすが勇者様ってとこかね。と、移動の前に)
「場所を変えるのはいいんだが、この服なんとかできないか?」
一同の視線が声を発した男へと集まる。
「いつまでもずぶ濡れなのは気持ち悪くてね。魔法とかでチョイチョイッと乾かしたりできないかね」
「確かにそうですね。おい」
王子は側に居た者たちの一人に指示を出すと王子の言葉に応じ何か呟いた後、男へ向け手をかざす。
「「「「「!!!」」」」」
その直後、ずぶ濡れの体が淡い光に包まれた。
五人はその光景に絶句していたが次第に強くなる光に包まれている自分の身体を当人は何でもないように見下ろしていた。
そして光が消えた後には大波にのまれる前の姿がそこにあった。
「こりゃ便利だ」
「では参りましょう」
王子に促され六人は神殿を後にした。
○●○
「どうぞ、お好きな席へ」
案内された部屋には中央に大きめの円卓が置かれ、入口にはメイドが数人控え扉の両側には鎧姿の兵士。部屋の奥側に座る王子王女その後ろに控える兵士は扉の兵より随分と立派な鎧に身につけている。そして装飾を施された箱を両手で抱えていた。
「お口に合うといいのですが」
王子がそう言うとメイド達が六人の前にカップを置いていく。
メイド達が控えていた位置に戻ると王子が王女たちに目配せし口を開く。
「さて、ご説明させていただく前に、みなさんのお名前をお教え願いたいのですがよろしいですか?」
「あっはい!俺、明、中里明っていいます!」
最初に名乗ったのは神殿でやたらテンション高かった少年。身長は170弱といったとこか、細身だがしっかりとした体つきでスポーツ少年といったところだろう。
「橘一樹だ」
少年というより青年といったほうがいいだろうか180強の身長に筋肉質の体、落ち着き払った雰囲気、格闘家……というよりは武芸者といった感じだ。
「はぁ・・・小野塚遥香よ」
ついで答えたのは先ほど神殿で発言していた少女。黒髪のロング、身長は170くらいだろうか。
切れ長の目にシャープな輪郭、凛とした雰囲気を纏った少女だ。
「・・・・ほ、北条、梓です……」
怯えた感じで答えた少女。160に届かないだろう小さな体を縮こまらせ大きな瞳を若干潤ませていた。
なんとも庇護欲を掻き立てる仕草である。明など拳を握り何かを決意したような眼で梓を見ている。
「・・・・西園寺静葉」
梓と同じくらい小柄な少女だがこちらは無表情に淡々と答えた。
その瞳には怯え、不安の色はなくただ静かに王子たちを見ていた。
「無月だ。さて、自己紹介も済んだしこの状況を説明してもらえるんだよな?」
○●○
「月読!一体どういうつもりなの!!!」
「何がだ?」
「勇者召喚に混じってそっちの魔物がこっちに来たのよ!」
「待て、今、勇者召喚と言ったか?お主まだそんなくだらぬことをやっておるのか・・・」
いきなり怒鳴り込んできた女に男は呆れて言葉を返した。
「いつまで支配者を気取るつもりじゃ。神というのは世界を調律する者であって思うままにして良いわけではないとあれだけいったであろうに。ましてや異界から勝手に・・・」
「あんたの説教を聞きたいんじゃないわよ!なんで人を召喚する術式に魔物が入り込めるのか!それを聞きに来たのよ!!!」
月読と呼ばれた男はこめかみを押さえながら首を振った。