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 ホタル祭りは薄暗い夕暮れ時の六時から開催された。夜と昼の隙間に流れる、お気に入りの空気を胸いっぱいに吸い込むと、かすかに湿気の含まれた風が額を優しく撫でた。

 露店には、知った顔ばかりが並んでいる。白いテントも、夕暮れの艶やかなオレンジ色に染まっていた。

 悠子に後ろからどつかれ、少し体勢を崩す。


「ちょ、悠子。びっくりさせないでよ」

「穂波、来るの遅いんだもん。話す相手居なかったんだから」

「うん、ごめん」


 私は小さく笑ってみせる。よかった、悠子はいつも通りだ。


「お母さんっ、穂波が来たよー」


 悠子の両親は焼きそば担当らしい。おばさんは汗を拭い、


「あら、穂波ちゃん、こんばんは」


 悠子とよく似た顔でにっこり笑みを浮かべた。


「こんばんは」

「悠子から聞いたんだけど、部活、大変そうね」

「ええ。まぁ……」

「男子バドミントンは結果を残しているし、鈴ちゃん、焦ってるんだと思うわ。ほら、悠子が居なくなると、弱い子ばかりじゃない?」


 悠子のストレートさは、多分、母親から受け継いだものなのだろう。けれど、おばさんの言葉には、自分の子どもに対する謙虚さみたいなものは無くて、逆に好感を覚えた。


「ほら、この二つはサービス」


 そういうと、悠子と私に焼きそばをくれた。手の中にじんわりとした温かさが伝わってきて、出来立てほやほやなのが分かった。


「え? 良いんですか?」

「悠子、私に似て、思ったことを深く考えずに言う子だからね。穂波ちゃんには悠子もあたしも、友達になってもらえて感謝してるんだよ」


 もしかして、このおばさんは私の心を読む力でもあるのだろうか。そう思ってどきりとした。悠子は照れくさそうに、


「うるさいなあ。穂波、行こ」


 そう言って、無理矢理私を引っ張る。悠子は、私を好いてくれているのだろうか。

 庇ってくれたときも、ただの自己満足や偽善じゃなくて、本気で怒って庇ったのだろうか。悠子の赤い顔を見て、ほんの少し、嬉しくなった。


 焼きそばを食べていると、一年生の集団が目に入った。その中には、今日、部活に来てくれたナツちゃんも入っていた。昨日あんなに泣いていたのが嘘のように、冗談を言い合い笑っている。


「あ、穂波。あれ、鈴ちゃんじゃない?」


 悠子が肩を叩いて指さす。その先には仏頂面で早足に歩く、鈴ちゃんの姿。鈴ちゃんが一年生の前を通り過ぎる。

 鈴ちゃんは一年生に形だけの挨拶をすると、一年生も鈴ちゃんに形だけの挨拶を返した。その瞬間、まるで停止ボタンを押したように、空気が凍りついたのがこちらからでも分かった。でも、それも一瞬だ。一年生はまた何事もなかったかのように、話に盛り上がり始めた。

 鈴ちゃんは、誰に話しかけるでもなく、人通りの少ないほうへ早足に歩く。まるで、逃げているように。少し意外な気がした。あの鈴ちゃんが、人と話さないなんて。やっぱり、昨日のことを気にしているのだろうか。……それにしても、らしくない。

 理不尽だけれど、行動力があって、いつも消極的な私たちを嘆いている、あの鈴ちゃんが。

 鈴ちゃんの姿を目で追いながら、悠子が唐突に口を開いた。


「……ねえ、穂波。あたしって、偉そうかなあ?」


 悠子らしくない、淡々とした、でも、否定を求めるような、そんな口調だった。私は口の中にあった焼きそばを、ごくりと飲み込む。


「何でそんなこと聞くの?」

「あたし、知ってるんだ。鈴ちゃんが一年に怒った理由。穂波、適当にごまかしてたけど、あたしのことが偉そうだとかムカつくだとか言っていたからでしょう?」


 え、と思わず間抜けな声が出た。悠子はてっきり、全く気づいていないのかと思っていた。全然気づいていないフリをして、私の言葉を聞いて納得したフリをして、一年生の言葉に笑顔で答えて。悠子が必死に耐えているのを、私は全然気づかなかった。


「あたし、一年にやめたいならやめろって言ったでしょ? あれ、ほんとにやめちゃえって思ったの。深く考えずに、そんなこと言っちゃうのって部長失格だよね、ごめん」

「私こそ、ごまかしてごめん」


 悠子は全部知ってる。だから、これ以上、ごまかすのは悠子に失礼だ。


「じゃ、お互い様ってことで。……話戻すけど、ぶっちゃけ、あたしのこと、むかつく? 偉そう?」


 悠子の目は真剣だった。私はその視線に耐えられなくて、焼きそばに目を落とす。


「むかつく……時もある。偉そうだなって、思う時もある。でも、それ以上に、私は悠子に感謝してる」


 本心だった。「感謝」だなんて、すごく照れくさい言葉が、案外簡単にするっと声に出た。

 私は、悠子に感謝してる。

 当の悠子は、一瞬面食らったように驚いていたが、その後、目を細めて嬉しそうに微笑んだ。今まで見たこともないような、すごく可愛い笑顔だった。いつだか、怒った表情が似合うとか思っていたことがあったけど、撤回。笑った表情も、よく似合う。


「ばか。あんた、本当にばかだよ」


 悠子は照れくさそうな甘い顔になって、ふ、と目を逸らした。


「あー、もう。あんたは、バド部の裏の部長のくせに生意気なの」

「だから、裏の部長になった覚えはありません」


 悠子は、真っ赤な顔をして、がつがつと焼きそばを食べる。口の周りにソースがついても構わないぐらいの勢いで。

 私は気の強い部長の「裏の顔」を知っている。悠子が言っていた「裏の部長」の意味が、少しだけ分かった気がした。


「そーだ。今日、柏餅買ってくるように頼まれてたんだった」


 わたしは焼きそばを全部食べ終えると、そう言った。


「そうなの?」

「うん。おかあさん、あのおばちゃんが作る柏餅、大好きなんだよね」

「へえ。じゃあ、私も買おうかな」


 露店で柏餅を売っているのは、私もよく知っている近所のおばちゃんだ。いつも美味しいおすそわけをくれる、優しいおばちゃん。

 柏餅を買いに行ったときも、おばちゃんは優しく笑みを浮かべた。両端にくっきりと皺が出来る。


「ありゃ、穂波ちゃん。と、悠子ちゃんかいね? 買いに来てくれたの?」

「はい。えっと、二つ下さい」

「私は一つ」


 悠子も慌てて私のあとに言った。



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