第2章-3
「そう言えば雪白高校の弓道部、来年度から活動再開する事になったらしいぞ」先生が他人事のように言った。そう言えばこの方は普段は何をして生活しているんだろう。今更ながら考えてみると結構、謎の存在である。
「あっ、そうなんですか。そりゃあよかった。もう4年ですもんね。」敦也は心から嬉しそうに言った。
「でも敦也って大学では弓道やってないんだろ?」荒太は聞いた。
「いや、一応、入部する事はしたんだけどな。勉強のほうが面白かったんだよね。変な話だけどさ」敦也は自嘲気味にそう言った。
「いや、変ではないだろ。一流の大学行ったんだし。やっぱり一流の会社にでも就職するのか?」荒太はからかい半分で聞いた。
「いや、親父の会社継ぐ事になると思う。それはそれで意外と面白そうなんだ」敦也のお父さんはそこそこ名の知れた玩具会社の社長をやっている。「俺、意外と御曹司だからさ」敦也は自慢臭くない言い方でそう言った。
「お坊ちゃんて柄じゃないけどな」
「誰もお坊ちゃんとは言ってないだろ」敦也は笑った。
「ところで深沢先生はまたコーチやるんですか?」荒太は話を戻した。
「ああ、やらせてもらえる事になったよ。なかなか楽しいんだよ。毎年毎年、いろんな生徒が入部してくるだろ。その一人一人の射の違いを見るのが面白いんだ」
そうこういってるうちに同窓会会場の居酒屋「春さん」に着いた。6時10分、ちょっと遅刻だ。墓参りに時間を掛け過ぎた。絶対泣かないって決めてたんだけどなあ。
「地元の奴らにとってはここは飲み会の定番になってるんだよ。お前は来た事ないだろうな」敦也はドアを開けた。もうほぼ全員集まっているように見えた。
「おお、やっと来たぞ。主役が」「てか、すげー髪だな」「銀髪じゃんか」「これがバンドマンのオーラか」「東京行った奴はちがうな」「会いたかったー、会いたかったー(?)」「おい、だれか敦也にも触れてやれよ」「敦也は全く変わってねえな」「先生もお久しぶりです。懐かしいな」・・・エトセトラ。
ほぼ全員が一通り「久しぶり」の挨拶を怒涛の勢いで済ますと荒太は若干、圧倒されつつも返事をした。
「ひ、久しぶりです」
「と、とりあえずどっか座ろうぜ」敦也も若干、戸惑い気味でそう言った。
「おーい、ここ空いてるぜ」そう声を掛けたのは国乙三郎という上園の親友だった男である。名前は「クニオツサブロウ」と読むのだが間の2文字を取って「オッサン」という今思うとかわいそうなあだ名で呼ばれていた男でもある。
「じゃあ、とりあえず俺が行くよ」と敦也がオッサンの隣に座った。
荒太がまわりをキョロキョロしていると「ここ空いてるぞ」と低い声がした。
「あれ?吉行じゃんか。久しぶり。珍しいな。お前が飲み会なんて。学生時代は打ち上げとかほとんど欠席してたのに」荒太が側に歩み寄りながらそう言った。
「なんか飲みたい気分だったんだよ。短大も卒業して今は普通に社会人やってるよ」吉行は「フフン」と笑いながら答えた。
「というか高校時代は一匹狼気取ってたからな。大学ではどうだったんだ?」荒太は笑いながらそう聞いた。
「相変わらずぼっちだったよ。弓道も続けるつもりなかったしサークルも入る気がしなかったからな」吉行は虚しさと寂しさの会い混じった口調でそう言った。荒太はなんだか複雑な気分になった。
ここまでのやり取りではわからないと思うので補足しておくが吉行は女である。吉行一枝が本名。髪をベリーショートにし一見すると男のようであるが実はなかなか端正な顔立ちをしている。あまり誰とでも親しく接するタイプではなかったがこちらも上園とだけは仲がよかった。上園は目立たない存在だったが類は友を呼ぶという奴で同じように友達の少ない奴からは好かれるタイプだった。
「まあ、お前も飲めよ」
「馬鹿、ボーカリストが酒飲めるか」
「ああ、そうか。お前、音楽の専門学校行ったんだよな。もう卒業したのか?」
「ああ、今はバイトしながら圭一と2人で暮らしてる」
「その頭でよくバイトできるな」
もっともな疑問だがなんの事はない皿洗いである。
「お前がギターボーカルで大津がギターだろ。ベースとドラムはどうしたんだ?」
「専門で探したよ。結構、趣味も性格も合う奴がいてな。演奏も上手かったし」
「バンド名は?」
「『ノクティルカ』英語で夜光虫っていう意味なんだけどな。響きもいいしバンドのイメージとも合うと思ってさ。明るくもあるし暗くもあるだろ」
そこで荒太は野菜スティックに手を伸ばした。普段から少食の荒太は割り勘だといつも損をする。
「今日、比奈子と上園の墓参り行ってきたんだけどな。結構、頻繁に手入れされてる感じだったぞ」
「そりゃあ、家族は頻繁に参ってるだろ。ところでバンドの事なんだけどさ」
「ああ」荒太はなんだか話をはぐらかされたように感じた。
「今のうちにサインもらっとこうかな」誰かしら言うだろうと思ってたがこいつに言われるとは。
「冗談だよ」こいつでも冗談なんて言うのか。
「お前って比奈子と仲良かった?」
「なんだよ、唐突に。まあ、同情はしてるよ。でも死にたいほどつらい思いするくらいなら首吊ったほうがマシだろ。なんとなく想像は出来るよ」
「―」荒太は何か違和感を覚えたがその正体には気付かなかった。