第2章-1
第2章
1
「でもさあ、荒太とは割りにメールやら電話やらしてたからあんまり久しぶりって感じしないんだよな」唐突に身も蓋もない事を言い出す敦也
「そりゃあ、まあな。てか、お前、さっき俺が銀髪にしてた事、驚いてたけど一回写メ送った事あったよな」荒太もまた冷静に対応する。
「生でみると余計に驚くんだよ」まあ、そんなもんか。
「ところでさあ、お前と蓮井さんて付き合ってたの?」
「いや、付き合ってはいなかったよ。というか『付き合う』の定義がよく―。毎朝一緒に登校するのは付き合ってるって言う?」
「言うね」
「2人で映画観に行くのは?」
「言うね」
「バレンタインにチョコもらうのは?」
「確実に付き合ってるね」
「でも義理だったかも」
「手作りだったか?」
「ああ、手作りだったな」
「確実に本命だね」
「というか2人共ね」深沢先生が割り込んできた。
「お互いに好き合ってればそれでいいんだよ。形なんて関係ない」若干、古臭いが含蓄のある言葉!
そんなこんなで目的の霊園に到着した。「お金は?」「いいよ。私が払うよ。教え子と割り勘てわけにもいかんだろ」そう言って3人はタクシーから降りた。
「どっちからにする?蓮井さんからか?」敦也がそう聞いた。「というか俺はどこまで踏み込んでいいのかな?荒太にとってどこまで忘れたい事なのかなって」遠慮がちに聞かれたがそれは荒太にとっても実に微妙な質問だった。
上園明―それは部活中の事故で比奈子が死なせてしまった男である。射場に現れた蜂に怯えて矢道―矢の飛ぶ道、すなわち矢を射る場所から的のある場所の事である―に飛び出してしまった大バカヤローである。そこにまさに一瞬の間に比奈子の矢が飛んできたのだ。運が悪かったとしか言い様がないが矢は上園の心臓を貫いた。即死である。本当に上園は大バカヤローだ。死んだ人を悪くは言えないが上園一人の死がどれほど多くの人間を不幸にしたか、それを思うと誰かを憎んでいないと荒太は壊れてしまいそうだった。
「俺はあの蜂を恨む事にしてるよ。それが一番いいと思って」敦也はそう言った。確かにそれも一つの手だ。
事故があったのは高2の夏合宿が終わってすぐの事。先輩達も引退してやっとそれぞれ自分なりの弓道というものを見つけ始めた頃である。荒太は部長になっていた。根が真面目だったからだろうがいわゆるキャプテン的な存在ではない。どちらかと言うと事務的な作業を任される面倒な役回りだった。それも短い間だったが。
幾度の話し合いの末、弓道部は無期限の活動停止という事になった。敦也や滝川さんなどは続けさせて欲しいと直訴したのだが死人が出てしまった以上、学校としても受け入れるわけにはいかなかった。仕方のない話である。
比奈子が死んだのは事故から半年後、2月の終わり頃だった。近所の公園の木で首を吊っている死んでいるのを帰宅途中のサラリーマンが発見したのである。翌日、全校集会でその事が伝えられたが死因、死亡推定時刻、自殺の理由など警察が調べるような事は全て伏せられた。遺書は残っていなかった。だが罪の意識に耐えられずの決断だったのだろうというのが大方の推測だった。
「比奈子の事は好きだったから―大好きだったから忘れたくない。どうして―どうして死んじまったんだよ・・・比奈子」墓前で手を合わせながら嗚咽交じりの言葉が漏れた。
上園の墓にも手を合わせた。だが荒太は彼になんと言葉をかければよかったのだろう。生前の上園とは特に深い仲ではなかった。「一緒に部活をやっている人」という程度、好きでも嫌いでもなかった。
「こいつにも家族がいて友達がいたんだよなって思うんだよ。その人達は比奈子の事をどう思ってたのかな」荒太は誰に聞くという風でもなくつぶやいた。
敦也も先生も答えなかった。比奈子自身は恨まれていたと思っていたのかもしれない。だが上園の葬儀に参列した比奈子の両親に対して上園の両親は「全く恨んでない」と断言してくれたそうだ。逆もまた然り、比奈子の両親も上園に対して贖罪の念こそあれ全く恨んではいないと断言した。
「さあ、そろそろ行きましょう。6時からですよ」敦也が言った。
荒太が北海道に帰ってきた理由は3つある。1つは墓参り、2つ目が同窓会で弓道部一同集まる事になっていたのである。