第3章-4
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玲奈ちゃんが泣きやんでから荒太は蓮井宅を後にした。おばさんが「すごい泣き声がしたけど何かあったの?」と聞いたが「ううん、何でもないの。気にしないで」とごまかした。
自宅に帰ると「お帰り。案外、早かったのね」時計を見るとまだ3時ちょうどくらいだった。自分の部屋に戻るととりあえずベッドに身を投げ出した。
「まずやるべき事と言えば、あれだな」荒太は一人つぶやくと携帯を手に取って吉行一枝に電話をかけた。
「はい」吉行は10秒ほどで電話に出た。昨日、聞いたばかりのはずなのに吉行のローボイスに携帯を握る手が強張った。
「賀川か?何か用か?」
「いや、すごい大事な話なんだけどな。電話でいいか?」
「なんだよ。その質問。自分から掛けといて」
確かにそうだ。荒太も吉行も苦笑した。
「じゃあ、電話で言うよ。あの落ち着いて聞いてくれよ。唐突にこんな事、聞いて変に思うかもしれないけど、お前―自殺する気じゃないよな?」
「自殺?」吉行はとっさには何の事だかわからなかったようだ。だが彼女の脳味噌は恐るべきスピードで回転する。
「玲奈から何か聞いたのか?」
「何かというか全部聞いた」荒太は恐る恐る答えた。
電話の向こうで「チッ」と舌打ちする声が聞こえた。
「なるほど。それでお前はなぜ4年も経ってから打ち明けたのか疑問に思い『ひょっとして吉行は自殺するつもりなんじゃないか。そしてその前に妹の玲奈にだけは真相を告白しておこう』とそう考えたんじゃないかと、そう思ったんだな?」
飲み込みが速過ぎる。逆に荒太が戸惑った。
「そ、その通りだ。でも違うよな。違うと言ってくれ」
「じゃあ、即答する。違うよ。俺がするつもりなのは自殺じゃなくてジシュ」
「ジシュってあの『自首』?」
「そう、あの自首。他にどのジシュがあるんだよ」
「そうか、自首か。そりゃあよかった」荒太はホッと胸を撫で下ろした。
「でもなんで今更?」荒太は当然の疑問を口にした。返ってきた答えは実に意外な物だった。
「俺な、キョウカツされてたんだ」
「キョウカツってあの『恐喝』?」
「そう、あの恐喝。だから他にどのキョウカツがあるんだよ」
「だ、誰から?」荒太は再び当然の疑問を口にした。すると更に意外な答えが返ってきた。
「オッサンだよ」
「オッサンってあの『オッサン』?」
「そう、あのオッサン。他にオッサンが―いるか。とにかくあの国乙三郎だよ」
「う、嘘だろ?なんであのオッサンが?お前ら友達だったんじゃないのか?」
「少なくとも俺は友達だと思ってた。でもあいつは違った。オッサンてな。高校卒業して大学にも行かないで、仕事もしないで、いわゆるニートだったんだよ。それでちょうど半年ぐらい前かな。偶然、街で再会したんだ。それで一杯やりに行こうって話になってな。つい調子に乗って飲み過ぎちまってさ。うっかり喋っちまったんだよ。俺が比奈子殺したんだって事」
荒太は頭が混乱してきた。
「ふ、普通喋らないだろ。どんだけ酔っ払ったって」
「罰が当たったんだろうな。神様が酒に自白剤入れたみたいな」
「それで?オッサンはなんて?」
「その夜は『冗談だろ』って感じで何も言わなかった。でも次の日から恐喝が始まった。最初のうちは遊ぶ金欲しさで金額も大した事なかった」
「でも、それ従う必要なかったんじゃないか?仮にオッサンが警察に言ったとしたって酔った上での自白だけじゃ―」
「俺、意外と臆病なんだ。警察が虱潰しに捜したらいつどこから物的証拠が見つかるかわからないだろ?それ以前に警察に尋問されたらすぐ『はい、私がやりました』って言っちまいそうだからな」
「そんなもんか」そんなもんか?
「でな、オッサンの恐喝もだんだんエスカレートしてってな。ついに体を求めてきやがった」
荒太は体が固まった気がした。オッサンはくずだ。人間のくずだ。
「それで、どうしたんだ?」
「さすがに限界だと思った。それで時間をくれって頼んだ。そこから先はお前も知っての通りさ。まず玲奈に比奈子の死の真相を打ち明けた。それで自首するための心の準備してたんだけど北条の奴が物凄い手際のよさで同窓会なんて企画するだろ。これで最後だと思って参加する事にしたんだ。柄にもなくカラオケまで行ってな。それで明日―本当だぜ―明日、警察に行くつもりだったんだ。そこでお前のこの電話だろ?いいタイミングだったよ。言っときたい事、全部言えたしね。この村の警察は何かと伏せたがる傾向があるからな」
「例えば?」
「比奈子の死因。首吊りだったって事は伏せてただろ?お前みたいに近しい人間は知ってただろうけどな。だから昨日は口が滑ったと思ったよ」
「ああ、そう言えば」違和感の正体はこれだったか。
「まあ、俺が自首すればオッサンの奴も恐喝罪で逮捕だ。地獄の底まで道連れだよ。ハッハッハ」
そう上手く行くだろうか。というか笑い事じゃないだろう。そう思ったが口には出さなかった。
「まあ笑い事じゃないけどな」急にロートーンになった。こいつも読心術を使えるのか。
「お前、明日、東京に帰るんだろ?だったら北条には絶対に連絡しとけよ。見送りに行きたがるだろうからな。いいか。あいつは絶対にお前の親友だ。裏切られた事がある俺が言うんだから間違いない」
「わ、わかってるよ」荒太は噛み締めるように言った。
「ああ、それと最後に言っときたいんだけどさ」
「何だ?」
「俺、お前の事、すげえいい奴だと思うよ。比奈子の事だって恨んだりはしないからさ」
数秒の間があった。
「サンキューベイベーとだけ言っとくよ。じゃあ、バンド頑張れよ。元気でな」そう言って吉行は電話を切った。
翌日、朝一で吉行は警察署へ、荒太は雪白駅へ向かった。