第3章-3
荒太は人生で最も衝撃を受けた気がした。そして自分の耳を疑った。
「えっ、殺した?吉行が?比奈子を?」
玲奈ちゃんはコクッと頷いた。
「さ、最初から順を追って話してくれるかな?」
「わかった」そう言うとポツリポツリと話し始めた。
「吉行さんてすごく不器用な人でね。子供の頃からなかなか友達ができなかったんだって。上園さんもそう。だから2人はすぐに意気投合したんだって」
「そこまではわかるよ。でも恋愛感情なんかじゃないと思ってた」
「確かにそうよね。でも吉行さんて実はすごい美人でしょ?上園さんが異性として好きになってもおかしくなかったと思うの。それで上園さんのほうから告白されたらしいの。確か1年の8月頃だって言ってた」
8月というと合宿あたりで仲を深めたという感じだろうか。その辺は想像するしかないだろう。
「それで2人は付き合い始めた。でもあんまり公にはしたくなったんだって。私は隠すような事でもないと思うけど。上園さんてね、すごく繊細な人だったらしいの。普段はあまり感情を表に出さない心の中では泣いたり笑ったり。それは吉行さんにも言える事だと思うけど」
「わかる気がするよ。深い川ほど流れは穏やかって言うからな。ごめん、変な口挟んだ。続けて」
「うん。それでそこから話は飛ぶけどね。あの事件があったでしょ?その日から吉行さん、食事も喉を通らないくらい落ち込んじゃったんだって。しかもそれを誰にも相談できないって事がどれほど辛い事か私には想像も出来ない」
「俺にも出来ない。家族は吉行が上園と付き合ってたって知ってたのか?」
「知らなかったんだって。部活の仲間だって事くらいしか。それでそれにしては余りにも落ち込み方が激し過ぎるって思って問い質したらしくて。そこで初めて打ち明けたんだって。家族も最初はどうしたらいいかわからなかったみたいで。とにかく心療内科に行くように勧めたの。そこで鬱病だって診断されたの」
「普段からあんまり人と関わらない奴だったからな。俺も含めて周りの奴ら誰も気付かなかったわけか。なんだか情けないな」
そこで2人とも一呼吸置いた。
「それでそこから吉行が比奈子に殺意を抱くまでの過程がわからない」
「たぶん本人にもわからなかったんじゃないかな。ただ何かを―誰かを憎んでいないと自分を苦しめ続けるしかなかった」
荒太はそこで深沢先生の言葉を思い出した。比奈子を亡くして憔悴しきっていた頃の話だ。
「人間にとって一番幸せな事はね、賀川君。自分を好きでいられる事だよ。君が蓮井君の支えになれなかったと自分を責めているとしたら、それは人間にとって一番不幸な事だよ」
今の俺は自分が好きだろうか。なんだか不思議な気持ちが込み上げてきて涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
「それで2月の終わりご頃、ちょうど今頃よね。吉行さんが近くの公園に呼び出されたの。お姉ちゃん、外出する気力なんてなかったと思うけど『どうしても用がある』って言われれば断れない性格だったからね。そこで―後ろから首を絞められて殺されたの」
なんかの本で読んだ事があるぞ。確か後ろから上手い具合に―本当に疎覚えだ―締めると首吊りと同じ状態になるって。
「それで手頃なきの枝に吊るしたんだって。これが事件の真相」
最後はサラリとまとめた。サラリとし過ぎててリアクションに困った。
「でも―」荒太は思った事を口にした。
「それがどうしたって言うんだよ。今更、比奈子は殺されたんだって聞かされて何がどう変わるんだよ」荒太は若干の怒り口調で言った。
「そもそも吉行さんがなんでこんな事を4年も経ってから私に打ち明けたのか、それはわからない。警察に言おうかとも思ったけど負の連鎖をこれ以上、広げたくなかった。それでお姉ちゃんが生き返るわけでもないし。でも私一人じゃ抱えきれないから荒ちゃんには話しときたかったの」
「吉行に口止めはされなかったのか?」
「ううん、されたよ」
荒太は拍子抜けした気がした。
「でも私、思うの。ほら、私、今年17になってお姉ちゃんの年に追いついちゃったでしょ?だからもう全部吹っ切っちゃおうって!」
口で言って簡単に吹っ切れるなら荒太もとっくにしてる。でも幼馴染と実の妹とでは勝手が違うのだろう。
「それとね、荒ちゃんに帰ってきてもらった理由、もう一つあるの」
そう言うと玲奈ちゃんは立ち上がって壁に飾ってあった一枚の絵を手に取った。荒太もさっきから気になっていた物だ。
「それって確か比奈子が生前、最後に描いたっていう確か、えー、タイトルは―」
「『春の足音』ずっとここに飾ってあったんだけどね。これ、荒ちゃんに受け取って欲しいの」
それは寒い冬に耐えながら春の訪れを今か今かと待ち焦がれる、そんな時期の桜の木を描いた絵だった。
「え、なんでまた?大切な形見だろ?」
「うん、そうなんだけどね。私、これがあるといつまでもお姉ちゃんから卒業できない気がするの。それにお姉ちゃんも荒ちゃんの傍に飾ってもらったほうが喜ぶと思うんだ。お姉ちゃん、たぶん荒ちゃんが思ってる以上に荒ちゃんの事、大好きだったんだよ。お姉ちゃん―」
玲奈ちゃんの目から涙があふれた。数秒の後、それは号泣に変わった。荒太も思わずもらい泣きの涙が出た。
「無理に―無理に吹っ切ろうなんて思わなくていいんだ。逆にいつまでも覚えててあげよう。それで比奈子のぶんも俺達は精一杯生きるんだ。そのほうがいい。それが一番お互いのためにも―」
そう言ってそっと抱きしめた。そうやって2人でしばらく泣いた。