序章
序章
「もう3年になるんだな」
「そうですね」
北海道雪白村。自分の生まれ育った土地に戻ってきたのに頭に浮かぶのは一つ、あの日死んだ一人の友人ーいや、そう思っているのは自分だけだろうか。あいつから見れば自分はー。
「どうだ。もう気持ちの整理はついた頃か?」
恩師である深沢利治とは駅で待ち合わせる約束だった。お互いに几帳面な性格だから再会は約束の時間の30分以上前になった。
「そうですね。完全に吹っ切れたと言えば嘘になりますが・・・」
「あれは誰の責任でもない。しかしさすがに早く来過ぎたな。バスが来るまで1時間以上あるぞ」
じゃあ、約束通り来ても30分以上待つ事になってたじゃないか。そう思ったが口には出さなかった。
ここ雪白駅からバスで20分ほど行った場所にある墓地。そこが俺達の目指す最初の場所だった。俺、賀川荒太にとって一番大切な女性と彼女の命を奪った男ーいや、そう思っているのは自分だけだろう。そうに違いないーの墓参りから済ませておこうというのが深沢先生の提案だった。
「時間が止まってるみたいですね。この村は。ファミレスもコンビニもないなんて東京じゃ考えられない」荒太はそう言って苦笑した。
「卒業して東京に行ってどうだい?都会での暮らしは?」
「刺激があっていいですよ。もともと夢持って上京したんですから。ちょっと寒いですね。駅の中入りませんか?少しはマシでしょう」
「それもそうだな。ああ、そういえば今日、北条君も来るぞ。君には言ってなかったけどな」
「えっ?本当ですか?代表して俺と先生の2人で行くって聞いてましたけど」
北条敦也は同じ弓道部のエースだった男である。ちなみに自分は部長で深沢先生は週に1度だけ練習を見に来てくれるコーチのような存在だった。
「私もそのつもりだったんだがね。あまりぞろぞろ行くのもどうかと思うからな。まあ、1秒でも早く君に会いたかったんじゃないかな。絆ってのは遠くはなれても簡単に壊れたりしないもんだよ。君らは親友だったからな。おっ、噂をすればだよ」
先生の指差した方を見ると確かにそれらしき人物が近付いてきていた。一応、黒系統の服装だがかしこまった様子ではない。それは荒太も同じ事だが。
「うおー、敦也ー、久しぶりー」
「イエーイ」
なぜかハイタッチから始まる2人。
「てか、お前、すげー髪だな。さすがに東京行ってバンドやってるだけの事はあるな」
敦也の言う通り荒太は髪を真っ金金通り越して銀髪に染めている。そして東京でバンドやってプロを目指してる。
「でも、それ以外は変わってないな。いやあ、懐かしい」
「お互い様だろう」そう言って笑ったあとで今、気が付いたかのように「あっ、先生もお久しぶりです」
「うん、本当に君は何も変わってないみたいだな」先生は目を細めてそう言った。
「ところで2人ともいつからここにいるんですか?俺も20分前は早過ぎたかと思ったのに」
「10分以上前からいる」
「でもバスが来るまではまだ50分以上あるらしいぞ」
「えっ、じゃあ約束通りに来ても30分以上待つ事になってたじゃないですか」こいつは口に出した!
「君の遅刻を計算に入れてるんだよ。いつもは時間にルーズなくせになんで今日に限って」
「それはやっぱり荒太に1秒でも早く会いにーって雪降ってきましたねタクシーで行きませんか?50分も待ってたら荒太が凍死しますよ。北海道の寒さからはかけ離れた場所から来たんですから」東京だって冬は寒いのだが一応の優しさは示してくれた。昔からそういう奴だった。若干、恩着せがましい所も変わってない。
「まあ、そうだね。先生、タクシーで行きましょう」そう言うと先生も頷いた。見た目は若く見えるが先生ももう60過ぎだ。
「それにしても卒業してから3年、蓮井さんが死んでから4年になるのか。ちょうど今頃、2月頃だったからな」敦也がそう言うと3人の間にしばしの沈黙が流れた。
後悔の念が強い分、荒太にとっての青春は苦い思い出になってしまっている。でも忘れてはいけない。覚えていなければいけないのだ。
「あの頃の比奈子の支えに自分はなれてなかったんだなって、そう思うと墓参りする気にはなれなかった。あいつに合わす顔がないって」
「多分、そう思ってんのお前だけじゃねえぞ。ほら、タクシー来たぞ。あれ乗ってこ」
粉雪が辺りにちらつく中、俺達は蓮井比奈子と彼女が「殺した」男の眠る墓地へ向かった。