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キントリ

推し活に励んでいたら、いつの間にか異世界で人外の推しに飼われていました

作者: 翠蓮
掲載日:2026/09/22

クソゲーと話題のゲームをやってみた。

確かにクソだった。

攻略対象たちは、どんなヤンデレぶりを見せてくれるのかと思ったら、揃いも揃って監禁してくる束縛野郎だった。


そんなクソゲーだが、私は一つのルートを繰り返しやった。

そのキャラが気に入ったからじゃない。

そいつが最後に召喚した悪魔が、どストライクだったのだ。


『監☆禁☆愛 〜小鳥は愛の鎖に囚われる〜』略してキントリ。

攻略対象の一人であるミハエルが黒魔術に手を出し、最後に召喚した悪魔。

枯れ木のように曲がりくねった角、全身ほぼ黒で貧弱なコウモリのような細い羽根。

そして何より、黒黒とした顔の中央に開いた大きな一つ目。

元々人外、異形好きの私には不意打ちの出会いだった。


登場はそのスチル1枚のみ。

セリフはない。当然声もない。

ただ禍々しくそこにいるだけ。

だがオタクはその程度でくじけないのだ。

自作で絵を描き、グッズも作った。

SNSの相互には、「異形好きの〇〇さんの推し」として、一部で認知も上がった。

今夜も推しをガリガリ描いているところだった。

そのはずなのに。


見知らぬ場所に座っていた。

さっきまでタブレットで描いていた姿勢のまま、目の前にあった机が消えて、前のめりに倒そうになるのを慌てて支えた。


「捕まえたか」

低い声が聞こえて振り向いて、私は固まった。

鉄の棒の向こうからこちらを見ているのは、大きな一つの眼。

鼻はなく、大きな目の下に普通サイズの口。

「あ、悪魔…!」

それは恐怖ではなく歓喜の声。

「ああ、その目だ。その眼差し、やはりお前だったのか」

単眼の悪魔は納得したように、その大きな目をわずかに細めた。

「え…でもなんで…?」

推しが立体になっている。

こんな声なんだ…イケボすぎん?!

いやでもどういうこと?

私の頭の中は混乱しまくっていた。


わけがわからない。

しかし、現実では絶対に会うことのなかった異形の推しが目の前にいる。

「誰かのコスプレ…とかじゃないよね?」

「こすぷれとはなんだ。我は我だ」

確かに肩幅の割に異様に薄い腹部、細長い腕、コスプレできそうな厚みがない。

「じゃあ本当に本物?推しが目の前に…やだもうありがとうございます無事死にました」

「何をわけの分からないことを」

多分私は今混乱している。かなり混乱している。でも嬉しい。嬉しくないわけないだろう。推しが立体になって目の前にいるんだぞ、それもなんなのこのイケボ、声優さん誰だよそっちも推すぞ。


しばらく見つめ合った後、私は自分が鉄の棒を握りしめていることに気がついた。

キョロキョロと周りを見渡すと、ぐるりと鉄の棒に囲まれ、天井は黒くふさがれている。

「檻?」

首を傾げた。

「やっと理解したか。そうだ、お前を捕らえるための檻だ」

「わたしをとらえる」

オウム返しに答えてみたが意味がわからない。

「お前だろう、ずっと異空間越しに我を見ていたのは」

「えっと、ゲーム画面でずっと見てはいました」

そう、ゲーム画面。唯一の公式からの供給。

「いつからか、どこからかわからない強い視線を感じていた。悪魔である我がすぐわからぬほどのところから」

悪魔様は檻に一歩近づき、私を見下ろした。

「えーっと、それがなぜ今ここに」

我ながら間抜けな声だと思う。

「突き止め引きずり込んだからだ。我の知らぬところから見られるのは不愉快だったからな」

それで、と悪魔様は膝をついた。

「ああっそんな仕草もカッコいい…」

「奇妙な人間だな。お前の名は?なぜ我を見ていた」

「みのりです!あなたが推しだからですっ!!」

食い気味に答える。

あ、ちょっと引いてる。目が大きくなった。

「推しとはなんだ」

「大好きで尊くて応援してるものです」

目を細めた。これはどういう感情なんだろう。

「悪魔を大好き、とはな。何か目的があるのか」

「え、推しはもう存在してるだけでありがとうなので!こちらから何かを望むなんてそんな滅相もない!!」

鉄棒を握りしめる手にも力がはいる。

本来私は推しに認知されたくないタイプのオタクだが、目の前で直接声をかけられて、もうなんだか愛を語るのが止まらなくなっていた。

「悪魔様は最推しで、生きる糧で、私の活力なので!」


一方の悪魔は、正直戸惑っていた。

何万年生きてきて、初めて出会うタイプの人間だった。

悪魔は最近、妙な出来事が続いていた。

同じ男に何度も呼び出されるのだ。

使われる生贄もいつも同じ女。

ループしているのかとも思ったが、悪魔の時間は進んでいる。

人間側で無数に同じ場面が生まれ、それに巻き込まれているのではないか、と推測した。

なぜなら何度も繰り返し意識もあるのに、自分の動きは毎回同じだからである。

まるで決められた役を演じさせられているかのような。

当然不快だった。

だがある時から、時折強く「自分を」見る視線を感じた。

視線の主を突き止めるためにあらゆる術を講じた、その結果が今である。


悪魔は人間の姿を借りて恋愛もどきをしたこともある。

そんなとき、相手の人間の女は愛とやらを向けてきたが、同時にそれは執着だの嫉妬だの要求だのといったどろどろした感情であった。

こんなに一方的な好意を向けられたのは初めてだった。

本音が漏れる術を軽くかけたのに、出てくるのは愛、好意、崇拝、歓喜などばかり。

「我が名はマルバリウスだ」

気がつけば名乗っていた。

捕まえて目的を聞き出したら、さっさと処分するつもりだったのに。

あまりに奇妙なので、しばらくこの檻の中に置いて、観察してみようと気が変わった。



さて、あれから数日(多分)たちました。

多分なのは、窓の外から見える空がずっと赤黒いからです。

マルバリウス様が言うには、魔界の空はずっとこんな色らしいです。

あと不思議なのは、お腹が空かないし排泄もしなくても平気なこと。

楽だからいいけど。

正直、食事にはあまり興味もなくて、とりあえずカロリーが摂取できればいいや程度だから、お腹が空かないというのは快適だった。

眠気だけはなぜか来るので、この檻の中で毛布にくるまって寝たりしていた。


「ああっ!描くものが欲しいっ!」

思わず呻いていた。

だってこんなに推しが供給されているのに、それを書き留めるすべがないなんて。

すると、目の前に紙とペンが現れた。

「こんなモノが欲しいのか。何を書くつもりだ」

同じ部屋の中で、椅子に座り長細い足を組んでいる今日もカッコいいマルバリウス様が尋ねてきた。

「もちろんマルバリウス様を描きます!」

私は喜び勇んでマルバリウス様を描き連ねた。

想像でしかなかった横顔、後ろ姿、色んな表情が見れたのだ、これを描かずしていられようか。

描き散らかした1枚がふわりと浮いて、檻の隙間からゆっくり飛んでいった。

ふわふわ自分の元まで飛んできた紙を、マルバリウス様が手にして眺めた。

お、推しに、ファンアートを見られている…!

「みのりは画家だったのか?」

「いえいえ!ただの趣味です」

「ただの趣味でこれほどのものを描くのか」

「そりゃもう生きる糧ですからね!!」

ドヤ顔の私を見て、マルバリウス様は少し微妙な表情をした…気がした。



推し活が生きる糧なのは、大げさでもなんでなく本当のことだった。

いわゆる毒親育ちで、しょっちゅう怒鳴られたり叩かれたりしていた私は、母がヒスり始めると、心を切り離して別のことを考える癖がついていた。

お前が産まれたせいで、とか、お前なんか産まなければよかったとか、繰り返し浴びせられた。

そんなときに頭の中では、好きな漫画やアニメのシーンを繰り返し思い浮かべるのだ。

そのうちに怒り疲れた母が、座り込んだり寝室に行ったりしたところで、私はその場から離れる。

それが毎回の流れだった。

学校を卒業して就職したのを機に、逃げるように実家を出て一人暮らしを始めた。

その頃にオタ活も始めた。

それまでは物を壊されるのなんて日常茶飯時だったから、好きな物は頭の中にしか置いておけなかったのだ。

殺風景だった部屋に、好きなものが増えてきて、なんだかそれは、私は生きてていいんだという気持ちになれた。

推しのことを考えているときは、本当に嫌なことをみんな忘れられた。

その中でも一等好きなのがマルバリウス様だった。


私がここに来てから初めて、雨が降っていた。

いつもより薄暗い部屋と湿気。

私は雨の日は調子が悪くなる。

そんな体調で眠ったせいか、久しぶりに夢に母が出てきた。

いつものように罵られ、私が集めたグッズを壊していくのだ。

やめて

奪わないで

泣きながら一生懸命止めているところで目が覚めた。

少し泣いていた。

檻越しの目の前に、マルバリウス様がしゃがんで私を見ていた。



魔界では珍しい雨が降った日だった。

みのりが元気がない様子だった。

いつもキラキラと犬のように私を見てくるのに、今日はぼんやりと横になっている。

「……めて」

かすかな寝言が聞こえた。

「やめて…お母さん…」

か細いうめき声。

涙が目尻から伝って流れた。

その瞬間、猛烈な不快感に襲われた。

悪魔にも慄かなかった娘が泣いている。

そっと手を伸ばし涙にふれた。

みのりが目を覚まし、ぼんやりと私を見た。

「俺以外のモノがお前を泣かせるのは不愉快だ」

そうだ。みのりの怒りも憎しみも悲しみも絶望も、強い感情は全て私のものだ。

勝手に他のものなど思い出せないように、記憶も消してしまおうか。



マルバリウス様が、目尻に触れた。

「俺以外のモノがお前を泣かせるのは不愉快だ」

そう言って目を細めた。

よくわからないが、何かとても機嫌が悪いのは伝わった。

私は無意識に、檻の隙間から差し込まれていたその指先をそっと握った。

意外にひんやりと、そしてなめらかな手ざわりだった。

ああ、すごい…今私推しにふれてる…

……ん?

「あああああ!ごめんなさい!勝手にさわってしまって!」

意識がはっきりしてきて、自分がやってることを自覚して、飛び上がってペコペコと頭を下げた。

「かまわぬ。ペットの檻に手を入れたら絡んできた、それだけのことだ」

マルバリウス様は立ち上がると、そのまま部屋を出て行った。

窓を見ると雨はもう止んでいた。


それから数日たったくらい、初めて檻の外に出されることになった。

檻の中も立ち上がれる高さはあったが、改めて部屋の中を歩くと、通常の人間用より建物や家具の作りが大きいのが分かる。

マルバリウス様も身長が3メートル位ありそうだった。

部屋の外に出ると、マルバリウス様以外の生き物に初めて遭遇した。

目玉にコウモリ羽が生えたような生き物が、パタパタと飛び回っている。

「かわいい!」

私は声を上げてしまった。

「アレらは使用人だ。あんなモノがかわいいのか」

かわいいと言われた目玉は、まぶたをニンマリとさせた。

「うわ〜かわいいかわいい!」

はしゃぐ私に、マルバリウス様はムッとしたようだった。

「とっとと仕事に戻れ」

冷たい声で言い放つと、目玉は慌てて飛び去った。


普段は檻の中で過ごし、たまに外に出る。

まさにペットのような生活だった。

ある日はまた夢中で絵を描いていると、不意に

「みのり」

マルバリウス様に呼ばれた。

「俺がいるのに、絵を描く方に夢中か」

檻のすぐ横にマルバリウス様がしゃがんでいた。

「推しがいるのに何たる失態!」

差し出された手を取ってほおずりする。

これもまた、飼い主とペットの交流のよう。

私はこの生活に満足していた。



しかし、私がこの檻の中で暮らすようになってから、どのくらい経ったのだろうか。

最近、なんだかやたら眠い。

寝てる時間が明らかに増えている。

うとうとしながら頭にふれるものを感じて目を開けると、マルバリウス様がいた。


「みのり。お前を元の世界に帰そう」

眠気も吹き飛んで私は目を見開いた。

「どうして?!なにか不愉快なことをしましたか?それとも飽きましたか…?」

突然の言葉に泣きそうになる。

というか、もうすでに涙が滲んできている。


マルバリウス様は顔を横に振った。

「そうではない。このままここにいれば、お前は死ぬ」

そう言って軽く指先を鳴らすと、空間にぼんやりと何かが映し出された。


何本ものチューブや機械を繋がれ、人工呼吸器をつけてベッドに横たわる私の姿があった。

「お前は今、元の世界では仮死状態になっている。ここにいるのは精神体だ」

ああ、だから食事もいらなかったのか。

「このままここにいれば、魂と肉体の繋がりが切れて、お前は完全に死ぬ」

その言葉を聞きながら、私は空間の向こうの眠る自分を見つめ続けた。

不意に、そのベッド横に見覚えのある人の姿が出てきた。

「お母さん…」

『ああ、みのり、目を覚ますってお母さん信じてるからね』

そう言いながら母はそっと寝ている私の手を取る。

ああ、違う、あれはパフォーマンスだ。

いい母アピールをしてるんだ。

きっと近くに看護師さんがいるに違いない。

スゥっと血の気が引く感覚がした。


「嫌です、戻りません」

キッパリ拒絶した。

病室の映像から、マルバリウス様へ目を向ける。

「このまま死んでもいい。死ぬ瞬間までマルバリウス様のおそばにいたいです。マルバリウス様は悪魔なんでしょう?私の願いを叶えてください」

グシャッと、病室の映像が消えた。


ハッハッハッ!

空気がビリビリと振動した。

それが笑い声だと気づいたのは、一瞬間を置いてから。

「そうだ。我は悪魔だ。奪ってしまえばいいのだ」

私とマルバリウス様を隔てていた檻が消えた。

私を立たせ、マルバリウス様は膝をついたまま抱きしめた。


「堕ちてこい、みのり。我の眷属となれ」


それはなんと甘美な誘惑。

私はマルバリウス様にしがみついた。

「眷属にしてください、マルバリウス様」


身体の中に不思議な感覚が溢れた。

嵐のように巡る何か。

それはやがて背中に集まり、身体が割れていくような感覚。

そして。


ぱさ


「……………」

「……?」

マルバリウス様の様子がおかしい。

私は自分の背中を振り返り…。

「ああっ?!」

背中から生えた黒い羽根…なのだが、それはまるでひよこのような、小さくてふわふわなものだった。


ハッハッハッ!

再びマルバリウス様が爆笑する。

「お前はどこまでも俺を驚かせる」

「なにこれひよこ悪魔ってこと?!」

非常に遺憾である!!

だけど、マルバリウス様は笑ってるから、まぁいいのかな。


そして私は元の世界と人間の身体を捨て、マルバリウス様の眷属としてこの魔界で生きる。

ペットのつもりが、いつの間にか花嫁になっていたのは先の話。




    謔ェ鬲斐Ν繝シ繝医?隕夐?END





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