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可愛げがないと捨てられた最強護衛令嬢ですが、私を拾ったのは殺すことしか知らない殺し屋でした

作者: 中身無男
掲載日:2026/06/23

「リーゼ。お前との婚約を破棄する」


王太子の声が、謁見の間に響いた。


頭を下げる。


「どうぞ」


「……は?」


「泣かないのか」


「なんで」


隣で令嬢が眉をひそめた。


ふわふわの髪の、守ってあげたくなる系の女。


「殿下、この方、可愛げがありませんわね」


「だろう」


王太子が鼻で笑う。


「お前は女らしくない。隣にいても、守られてる気がしないんだよ」


守られてる気がしない、ねえ。


──今まで何回、死にかけたと思ってんの。


胸の徽章に、指をかける。


王家とわたしを繋ぐ、首輪。


引きちぎった。


ぶちっ、と鎖が千切れる。


「婚約破棄、ありがたく」


床に転がった徽章を、踏んづけた。


「これで自由だ」


王太子が、ぽかんとしてる。


令嬢も固まってる。


気づいてないんだろうな。


玉座の上で、王だけが真っ青になってた。


この鎖が千切れた意味を、知ってるのは王ひとり。


知らねえよ、もう。


背を向けて、歩き出した。


謁見の間は、昼下がりの光で満ちてた。


この日の夜のことは、まだ誰も知らない。


◇◇◇


わたしは孤児だった。


名も故郷も知らないまま、王家に拾われた。


理由はひとつ。


強かったから。


七つで、大人の傭兵を三人のした。


十で、城の鉄扉を蹴破った。


十二で、わたしを試そうとした近衛隊長を、片手で投げた。


王家はわたしに剣を持たせ、王太子のそばに置いた。


婚約者、という名前で。


本当は、首輪だ。


番犬を繋ぐ、首輪。


◇◇◇


その夜、男が来た。


婚約破棄の、その日の夜。


月もない、真っ暗な夜だった。


わたしは、まだ城の部屋にいた。


もう出ていけばいいのに、長年の癖で、つい残ってた。


窓が音もなく開いて、影が滑り込んでくる。


刃の匂い。


血の匂い。


何人も殺してきた手の匂いだ。


影は、奥へ向かおうとした。


王太子の寝所のある方へ。


体が勝手に動いた。


前に立ちはだかる。


癖だ。


もう、守らなくていいのに。


◇◇◇


「邪魔をするか」


低い声。


頭ひとつ分、でかい。


歳は一回り上くらい。


暗い目をしてた。


人を殺すことしか知らない、目。


刃が走る。


受ける。


火花。


──速い。


──重い。


わたしより、強い。


初めてだった、そう思ったの。


何度も打ち合う。


捌いて、いなして、押し返す。


拳を叩き込む。


肋骨を狙う。


膝を砕きにいく。


殺さない範囲で、全力。


それでも男は倒れない。


笑いやがった。


「お前、殺す気がないな」


手が、止まった。


「ぜんぶ急所を外してる。なんでだ」


図星を、突かれた。


◇◇◇


「何をしている」


後ろで声がした。


王太子が、扉の陰から喚いてる。


「リーゼ、守れ! お前の役目だろう!」


「婚約者でなくなっても、拾われた恩を忘れたか!」


──恩。


その一言で、すっと醒めた。


そうだ。


わたしはもう、こいつの婚約者じゃない。


首輪は、昼間ぶち千切った。


誰にも命じられてない。


誰にも、縛られてない。


なのに、なんで立ってんだ、わたし。


剣を、下ろした。


◇◇◇


男が、片眉を上げた。


「悪いけど」


刀を鞘に納める。


「わたし、もう仕事辞めたんで」


「リーゼ! 何してる、守れ!」


無視した。


「契約外なんで」


王太子が、絶句した。


捨てた女が、自分を守らない。


その意味が、まだわかってない顔だ。


ざまあみろ。


◇◇◇


男が、刃を引いた。


殺気が、すっと消える。


「妙な女だ」


窓枠に足をかけて、こっちを見る。


「うちに来るか」


暗い目が、ちょっとだけ緩んだ。


「働きたきゃ働け。寝たけりゃ寝てろ。戦いたくなきゃ、戦わなくていい」


「……」


「鎖も首輪もない。お前を飼わない国だ」


飼わない。


その言葉が、刺さった。


生まれて初めて、自分で口を開いた。


誰にも命じられず。


誰にも、縛られず。


「いく」


◇◇◇


男の名は、ガルレイド。


殺し屋だった。


ただ、その夜の仕事は暗殺じゃなかった。


窓から出た。


ガルレイドも、続く。


衛兵の声が、後ろで遠ざかる。


二人とも、足音は立てない。


国境を越えるまで、黙って走った。


足を止めて、ようやくガルレイドが口を開く。


「盗みだ」


「奥の宝物庫から、頼まれた物を抜いてきた。お前が止めたのは、ただの通り道だ」


「殺しに来たんじゃ、なかったと」


「俺は依頼しかやらん。あの王太子に用はない」


ふうん、と思った。


そのときは、それだけだった。


◇◇◇


ガルレイドの国は、北の辺境にあった。


国っていうより、流れ者の寄り合いだ。


身分も過去も、誰も聞かない。


腕一本で、飯を食う土地。


わたしたちは、二人で仕事を受けるようになった。


護衛。


用心棒。


厄介事の片づけ。


これが、笑うくらい噛み合った。


◇◇◇


賊が十人で囲んできたときは、わたしが全部やった。


一人を投げて、二人を巻き込む。


殴る。


蹴る。


腕を極めて、地面に縫いつける。


岩を持ち上げて、退路を塞ぐ。


終わったとき、立ってたのはわたしだけだった。


ガルレイドは、剣を抜きもせず見てた。


倒れた賊を、ひとつずつ見て回る。


「……誰も死んでないな」


「殺す必要、なかったので」


ガルレイドは、何か言いかけて、やめた。


「お前、いらないだろ、俺」


「いりますよ。荷物持ち」


「殺すぞ」


そんな軽口を、叩けるようになってた。


ただ、あのとき言いかけたことを、ガルレイドはまだ呑み込んでた。


◇◇◇


知らない暮らしを、覚えていった。


朝、誰も守らずに起きること。


飯を、ちゃんと味わうこと。


戦いのあとで、笑うこと。


ガルレイドは無口で、でも一緒にいて楽だった。


わたしを、化け物だと思ってない。


便利な盾だとも、思ってない。


ただ、リーゼ、と名前で呼ぶ。


それだけのことが、妙に効いた。


◇◇◇


ある日の、仕事帰り。


「お前、いつも手を抜くな」


ずっと呑み込んでたものを、ついに吐き出した感じだった。


「抜いてない」


「殺さないだろ。さっきの賊も、気絶させて終わりだ」


「……殺す必要、ないし」


「次はお前の背中を狙ってくるぞ」


返さなかった。


「お前なら、瞬きの間に殺せる。なんで前に出ない」


足が、止まった。


触れられたくない場所だった。


「……うるさいな」


それだけ言って、先に歩いた。


ガルレイドは、追ってこなかった。


帰り道が、やけに長かった。


◇◇◇


数日後。


ガルレイドが、一人で仕事に出た。


いつもなら、二人で受ける仕事だ。


なのに、誘われなかった。


わたしも、声をかけなかった。


行ってこい、の一言が、出なかった。


背中を、見送っただけ。


◇◇◇


ガルレイドは、その夜、帰らなかった。


翌朝も。


翌々朝も。


嫌な予感がした。


ガルレイドが受けた仕事を、調べた。


依頼の出どころを、たどった。


たどって──ぞっとした。


糸は、南に伸びてた。


わたしの、元いた国。


王家。


罠だ。


最強の盾を奪った殺し屋を、王家は許してない。


ガルレイドを餌にすれば、わたしが来る。


そう読んでた。


◇◇◇


読みどおりだよ。


行ってやる。


何度でも。


わたしは、北の風を背に、南へ走った。


◇◇◇


ガルレイドが囚われてる場所は、すぐ知れた。


王家の、古い砦。


昔、わたしが暗殺者を何人も潰した、あの砦だ。


兵が、ぎっしり固めてた。


刺客。


罠。


刃。


ぜんぶ、わたしを殺すため。


「邪魔」


門を、蹴破った。


◇◇◇


待たない。


こっちから、突っ込む。


一人目の懐に飛び込んで、地面に叩きつける。


二人目を掴んで、三人目に投げつけた。


立ちはだかる剣を、素手でへし折る。


逃げる射手を、追って、捻じ伏せた。


矢が来るより早く、間合いを潰す。


罠が落ちるより早く、その下を駆け抜ける。


立ち止まらない。


向かってくるのを待ったりしない。


わたしが、抉じ開ける。


倒しても、誰も死なせない。


薙ぎ倒して、薙ぎ倒して、奥へ。


ガルレイドのところまで、一直線。


◇◇◇


一番奥に、ガルレイドがいた。


鎖で、壁に繋がれてる。


傷だらけだ。


でも、生きてた。


隣に、男が立ってる。


「やあ、リーゼ」


王太子だった。


前より、やつれてる。


毎晩、刺客に怯える暮らしのせいか。


わたしが、いなくなってからの。


「来ると思ってたよ。お前は犬みたいに忠実だからな」


「リーゼ」


ガルレイドが、かすれた声を出す。


「来るな、っつっても……来ちまったか」


答えない。


ただ、王太子を見た。


◇◇◇


「動くな」


王太子が、ガルレイドの喉に刃を当てた。


「一歩でも動けば、こいつの喉を裂く」


足を、止める。


「跪け。両手を、頭の後ろに」


声が、上ずってる。


「戻ってこい。もう一度、私を守れ。そうすれば、こいつは生かしてやる」


刃が、ガルレイドの首に血を滲ませた。


「お前は人を殺せない。知ってるぞ。お前に、私は止められない」


勝ち誇った顔。


「さあ選べ。この男を見殺しにするか、それとも──」


◇◇◇


最後まで、聞かなかった。


気づいたら、踏み込んでた。


考えるより、早く。


守りの間合いじゃない。


獲りにいく間合いだ。


王太子が、刃を振り上げる。


その一瞬より、わたしが速い。


拳が、刃を握った手を、骨ごと打ち砕いた。


刃が、宙を舞う。


王太子が、悲鳴をあげて転がった。


拳は、止まらない。


その喉元、寸前で──止めた。


◇◇◇


自分の手を、見た。


震えてた。


ずっと、人を殺せなかった。


昔、目の前で、大事なものを奪われた。


命が消えるのを、ただ見てるしかなかった。


あの痛みを、誰かに味わわせるのが、怖い。


なのに今、その一線を越えた。


ガルレイドのために。


殺す気で踏み込んで──選んで、止めた。


私は殺さない選択を自分でした。


◇◇◇


「……そういうことか」


ガルレイドが、呟いた。


壁に繋がれたまま、こっちを見てる。


わたしが、なんで殺せなかったか。


何を、抱えてたか。


今、わかったって顔だ。


鎖を、引きちぎった。


素手で。


ぶちっ、と。


あの徽章と、同じ音がした。


「……俺は、殺すことしか知らなかった」


ガルレイドが、ぽつりと言った。


「お前は、逆だな」


「……うるさい」


でも、その通りだった。


「立てる?」


「……ああ」


「なら歩いて。荷物持ち」


ガルレイドが、ちょっと笑った。


◇◇◇


転がった王太子が、わたしを見上げてる。


砕けた手を抱えて、震えてた。


「なぜ……お前は、殺せないはず……」


「ええ」


見下ろす。


「殺しませんよ。あんたも」


顔が、歪んだ。


「でも覚えとけ。わたし、殺せるようになった」


「……っ」


「殺さないのは、こっちが選んでるだけだ」


背を向けた。


「あんたを守るやつは、もういない。せいぜい、気張って生きな」


◇◇◇


あとのことは、すぐ広まった。


王太子が、他国の人間を罠にかけて捕らえた。


──わたしが砦から殴り込んで、奪い返した、ガルレイドのことだ。


それが、表に出た。


王家の悪事が一つ暴かれれば、芋づる式に、ほかの罪も掘り返される。


そうして、ひとつ、出てきた。


わたしの、出自のこと。


わたしは、孤児じゃなかった。


北の、戦士の一族の生き残り。


その武勇を恐れた王家に、滅ぼされた一族の。


王家は、滅ぼした一族の最後の子を拾って、出自を隠して、王太子の盾にしてた。


帰る場所を奪っといて。


帰る場所を、教えず。


拾ってやった恩で、縛って。


婚約者って首輪を、つけてた。


あの日。


わたしが徽章をぶち千切ったとき、王だけが青ざめた理由が、これだ。


知ってたから。


知ってて、隠してたから。


王家は、最強の盾を失った。


そのうえ、隠してた罪まで、全部バレた。


恩人なんかじゃない。


奪った子を、飼ってただけ。


それが、白日の下に晒された。


◇◇◇


北の辺境まで、王家の使者が来た。


「リーゼ様。どうかお戻りを。守護契約を、もう一度──」


最後まで聞かずに、一歩、踏み込んだ。


使者が、ひっ、と喉を鳴らす。


「あんたら、わたしの故郷を潰したよな」


「……っ」


拳を、軽く鳴らした。


「もう一回その口で『戻れ』って言ってみ。今度は、加減しないけど」


使者は、真っ青になって、逃げ帰った。


◇◇◇


王太子の噂は、北にも、たまに流れてくる。


夜も眠れず、人を怖がって、部屋から出ないらしい。


守る盾を、自分で捨てたんだから。


当然だ。


◇◇◇


空を見上げた。


北の空は、高くて、青い。


「いいのか」


隣で、ガルレイドが言った。


「あんな大層な使者、追い返して」


「いい」


即答した。


「帰る場所なら、もうここだし」


「だろうな」


ガルレイドが、ちょっと笑った。


めったに笑わない男の、珍しい顔。


◇◇◇


それから、また二人で仕事をするようになった。


前と、ちょっと違う。


前に出られる。


殺す覚悟もある。


そのうえで、やっぱり殺さない。


「できない」からじゃなく、「しない」って決めてるから。


怖くて止まってた女は、もういない。


「リーゼ。お前、強くなったな」


「もともと強い」


「言うと思った」


笑った。


二人で、並んで歩く。


わたしはもう、誰のものでもない。


飼われない。


自分の足で、立ってる。


北の風が、自由の匂いがした。


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