5
西暦2303年。
旧ロシア北西教育特区――。
かつては「ちょっと敷地の広い普通の私立校」に過ぎなかった聖イリヤ未来総合学院は、今や世界中の富裕層が視察に来る異常施設へと変貌していた。
原因は明確である。
全部レイだった。
まず。
宇宙船寮。
男子寮なのに外観が完全に巨大宇宙戦艦。
しかも内部では無意味に警告ランプが点滅している。
「緊急発進ごっこ」が可能。
各部屋に意味もなくレバーとボタンが大量設置。
押すと、
『艦長!敵襲です!』
とか流れる。
教育的価値は不明。
だが男児人気は爆発した。
次。
恐竜部屋。
部屋ごとにテーマ恐竜が違う。
ティラノ部屋。
トリケラトプス部屋。
モササウルス水槽部屋。
なぜか床がたまに揺れる。
夜中に恐竜の鳴き声も流れる。
保護者から苦情が来た。
子供たちは大喜びした。
海賊船部屋。
これは完全にレイの趣味だった。
大砲型ベッド。
ロープ。
隠し酒場。
意味もなく宝箱。
意味もなく財宝マップ。
意味もなくドクロ。
しかも一部の部屋は本当に隠し通路がある。
結果。
男子生徒たちが全然寝なくなった。
教師たちは泣いた。
さらに。
ブリヤート式騎馬弓術。
これがなぜか超富裕層に刺さった。
理由は簡単である。
「他にないから」。
超高級教育というのは、最終的に“変なもの”が強い。
一般学校では絶対にできない体験。
馬。
草原。
弓。
民族文化。
巨大肉鍋。
富豪たちは大興奮した。
「素晴らしい!」
「うちの息子に必要だ!」
「現代社会には欠けている野性!」
「あと何か知らんがカッコいい!」
教育評論家たちは困惑した。
だが人気は止まらない。
秘密基地エリアも狂っていた。
地下迷路。
隠し部屋。
偽の壁。
謎の暗号。
生徒たちは授業をサボって探検しまくった。
学園側は頭を抱えた。
だが。
親たちはむしろ喜んだ。
「うちの子が毎日学校行きたがるんです!」
「初めてです!」
「普通の名門校ではあんなに暗かったのに!」
「今は“今日は海賊会議あるから早く行く!”とか言ってます!」
学園長は遠い目をした。
そして極めつけ。
意味もなく巨大鍋。
これが何故か一番人気だった。
超巨大な草原料理ホール。
数百人規模で肉とスープを食う。
騎馬弓術の後に食う。
最高だった。
富豪たちは感動した。
「これぞ教育!」
「何がです?」
「分からんが良い!」
もはや雰囲気である。
結果。
学園人気は爆発。
世界中の富裕層から問い合わせ殺到。
入学待機リスト数万人。
寄付金も天井知らず。
そして。
学園長室。
「学園長!」
「今度は何ですか……」
「うちも投資したい!」
「“極地サバイバル棟”を作りましょう!」
「“中世騎士エリア”は!?」
「“貴族舞踏会ホール”を!」
「“宇宙生物館”も!」
「“ドラゴンっぽい巨大生物作れませんか!?”」
学園長は死んだ目をしていた。
止まらない。
誰も止まらない。
富裕層たちまで童心を思い出して暴走し始めたのである。
一方その頃。
諸悪の根源であるレイは。
「のだぁ♡」
ベビーカー軍団を引き連れていた。
愛人たち。
赤ん坊たち。
護衛。
乳母。
使用人。
総勢五十人以上。
完全に遠足である。
レイは上機嫌だった。
「ほれ見ろなのだぁ♡」
赤ん坊を抱き上げる。
「ここが恐竜部屋なのだぁ♡」
赤ん坊はぽけーっとしていた。
理解していない。
当然である。
まだ数ヶ月である。
だがレイは本気だった。
「将来ここで遊ぶのだぁ♡」
愛人たちは笑っていた。
「社長ったら♡」
「まだ赤ちゃんですわよぉ♡」
「うむっ♡だから今のうちに準備なのだぁ♡」
レイは恐竜模型を撫でた。
「人生にはなぁ」
珍しく真面目っぽい顔になる。
「無駄が必要なのだぁ」
秘書が小声で言った。
「社長の場合、九割無駄です」
「黙るのだぁ♡」
レイは歩き回った。
宇宙船寮。
秘密基地。
草原エリア。
全部楽しそうに見学する。
いや。
完全に遊んでいた。
ブランコに乗り。
秘密通路を通り。
海賊船エリアで大砲ごっこ。
騎馬場で意味もなくポーズ。
もはや“見学”ではない。
完全にレイ本人の巨大テーマパークである。
しかも。
その横で。
不動産価格はさらに上がっていた。
高級住宅街。
富裕層ホテル。
関連商業施設。
教育産業。
観光。
全部が爆伸び。
レイ・グループは笑いが止まらない。
そして。
校庭。
レイは突然立ち止まった。
「のだぁ♡」
学園長が嫌な予感を覚えた。
「……社長?」
「校庭にも“投資”したいのだぁ♡」
「嫌な予感しかしません」
レイは両手を広げた。
「巨大空中アスレチック!」
「……」
「移動式秘密砦!」
「……」
「地下トロッコ!」
「……」
「あと意味もなく巨大滑り台!」
「またですか」
「子供は巨大滑り台が好きなのだぁ!!」
「社長が好きなだけですよね?」
「大好きなのだぁ♡」
即答だった。
愛人たちは笑い転げた。
赤ん坊は寝ていた。
学園長だけが胃を押さえていた。
だが。
数秒後。
レイはニヤリと笑った。
「予算は無限なのだぁ♡」
学園長は静かに天を仰いだ。
終わった。
また何か増える。




