10 狂い始める学園長
西暦2306年。
聖イリヤ未来総合学院。
もう誰も「普通の学校」だとは思っていなかった。
教育都市。
富豪特区。
超高級寄宿エンターテインメント施設。
呼び名は色々ある。
だが。
最近、地元民の間では別の呼称が定着し始めていた。
――“あの狂った学校”。
原因は単純。
学園長アレクセイ・グロモフが完全に感覚を壊し始めたのである。
元々。
彼は現実主義者だった。
金勘定が得意。
維持費計算が得意。
利益率を重視。
「格」や「伝統」より、運営効率を優先するタイプ。
だが。
問題は。
周囲にいるのがレイたちだったことだ。
毎日。
数百億。
数千億。
「これ作れ」
「あれ増やせ」
「子供はこういうの好き」
そんな会話ばかり。
しかも。
全部金になる。
最悪だった。
人間は慣れる。
どんな狂気にも。
そして今。
学園長室。
設計図が机いっぱいに広がっていた。
秘書が静かに言う。
「……本当にやるんですか?」
学園長は真顔だった。
「当然だ」
「ですが」
「需要がある」
「需要って……」
設計図。
そこに描かれていたのは。
“お菓子の城型女子寮”。
完全に狂っていた。
巨大ケーキ風外観。
マカロン型ラウンジ。
チョコレート噴水。
キャンディ通路。
意味もなくクッキー型窓。
しかも。
無駄に本格的。
「学園長」
秘書が恐る恐る聞いた。
「教育施設ですよね?」
学園長は少し考えた。
「……そうだな」
「間がありましたよね今」
学園長は腕を組んだ。
「しかし」
窓の外を見る。
建設中のピラミッド寮。
宇宙船寮。
遠くの騎馬場。
もはや正常なラインが分からない。
「今さら“普通”に戻れると思うか?」
秘書は黙った。
無理だった。
完全に無理だった。
しかも。
保護者アンケートが最悪だった。
『お菓子テーマ棟はまだですか?』
『娘がプリンセス寮に飽きています』
『もっと夢のある施設を』
『甘味文化研究は重要』
意味不明である。
だが。
寄付額が凄い。
学園長は学んでしまった。
“狂った施設ほど金になる”。
これを。
結果。
彼は躊躇しなくなった。
「それに」
学園長は設計図を見ながら言った。
「ロシアは寒い」
「はい」
「だから甘い建物は心理的満足度が高い」
「本当ですか?」
「知らん」
完全にノリだった。
さらに。
別の計画も進行していた。
学園専用スキー場。
これも狂っていた。
ただし。
こっちはまだ理性があった。
ロシア地方圏。
雪が多い。
土地が広い。
維持費比較的安い。
つまり。
普通に採算が取れる。
問題は。
途中から学園長が暴走したことだった。
「普通のスキー場では弱い」
「はい?」
「差別化が必要だ」
嫌な予感しかしない。
そして数日後。
新計画書。
『秘密基地型スキー要塞』
秘書は頭を抱えた。
「……要塞?」
「子供は秘密基地が好きだ」
「またですか」
「滑走中に隠し通路へ入れるようにする」
「危険です」
「あと氷の洞窟」
「危険です」
「あと雪上トロッコ」
「危険です」
「あと意味もなく巨大マンモス像」
「何なんですかそれ」
学園長は真顔だった。
「ロシア感」
完全にレイに汚染されていた。
しかも。
周囲が止めない。
なぜなら。
寄付が来る。
計画発表翌日。
中東王族。
「素晴らしい」
北欧財閥。
「氷文化は重要」
アジア新興富豪。
「うちも専用ロッジ欲しい」
全部金になる。
終わっていた。
一方。
教師陣は遠い目をしていた。
職員会議。
「……最近、この学校おかしくないですか」
沈黙。
ベテラン教師が言う。
「昔は普通の学校だったんだ」
「今は」
「宇宙船寮」
「……」
「ピラミッド」
「……」
「巨大鍋」
「……」
「次はお菓子の城」
沈黙。
若手教師が小声で言った。
「でも給料は凄いですよね」
皆黙った。
それはそうだった。
給料は本当に良い。
設備も良い。
研究費も出る。
暖房も強い。
食堂も豪華。
辞める理由がない。
そして。
工事は始まった。
巨大ケーキ寮。
建設中なのに既に観光名所。
地元民たちは笑っていた。
「今度はケーキか」
「次何来ると思う?」
「寿司城」
「ありそうで嫌だな」
建設業者たちも慣れていた。
「窓もっとチョコ感出して」
「了解」
「生クリーム感足りない」
「了解」
何を作っているのか誰も分からない。
だが。
仕事は増える。
給料も良い。
そして。
夜。
学園長は一人で設計図を見ていた。
巨大スキー場。
秘密洞窟。
氷要塞。
お菓子寮。
普通なら正気を疑う。
だが。
今の彼には。
全部“合理的投資”に見えていた。
そこへ秘書。
「学園長」
「なんだ」
「保護者アンケートです」
学園長は受け取る。
そこには。
『次はドラゴン城を希望』
『火山テーマ寮を』
『宇宙エレベーター風展望台を』
『子供が泣いて欲しがっています』
学園長は静かに椅子にもたれた。
数秒後。
ボソッと呟く。
「……火山テーマ、案外いけるな」
完全に終わっていた。




