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プロローグ【港町ポルト】後編

「プロローグ後編です。エルの“あの約束”の結末へ――」


 俺はあの約束を思い出していた。

 

 二人の約束、それは鬼かくれんぼが始まる少し前に遡る――――


 いつも遊んでいる八人のグループ。今日も八時頃から集まり、〝鬼かくれんぼ〟の鬼を決めていた。

「ルールはどうするよ?」

「いつも通りでいいんじゃない?」

 

「ってことは、隠れるのも逃げるのもありでタッチしたら終わりだな」


「時間はどうするよ?エルー、今何時だ?」

「もうすぐ八時半だな……〝祭り〟もあるし九時まででいいんじゃないか?」

 

「オッケー、ならここの鐘が鳴るまでだな!」

「負けた奴はここで待つってことで」

 

 「じゃーいくぞ!じゃーんけーんほい!」

 

 あいこを何度か繰り返し、鬼はミーナに決まった。

 走ることが得意じゃないミーナは項垂れ、その肩は小さく震えている。

 

『……これは勝負にならない気がするな』

 そう思った俺は、ミーナにある約束を持ち掛けた。

 

「ミーナ、もし九時までに全員捕まえられたら、〝あのケーキ屋〟で好きなの奢ってやるよ」

『三十分ぐらいだし余裕だろう。軽く手を抜けば接戦にもなるだろうしな。それに負けるわけもないし口約束ぐらい安い物ってね』

 

 俺はそんな軽い気持ちでいっぱいだった。ご褒美で釣って、ミーナのやる気を出させる作戦――――それだけだ。

 

「……本当?」

 

「本当に本当?」

 食い気味に聞き返してくるミーナに違和感はあったがやる気は出たようだ。

 

「ああ、約束してやるよ」

 

 振り返りミーナの顔も見ずに約束してしまった。今になって思えば、あの時背中がブルっと震えた気がする。

 

 違和感に振り返ると、先ほどまで項垂れていたミーナは溢れんばかりの欲望にまみれた笑顔を浮かべていた。俺はいつも通り変な妄想してるぐらいに思っていたが。

 いまさらながらに思うと、他の奴はその目に怯えているようだったな。


 ――――そして鬼かくれんぼは始まった。

 

 始まるや否や、最初の数分で一人の少女の叫び声が遠くの方で響く。

「きゃあぁぁ――!」

 

 三人で逃げていたエルの耳にもそれは届き、「もう捕まったのかよ」と俺もつい声に漏らして笑った。だがケラケラ笑いながら二人を見るも反応は鈍い。むしろ、何かに怯えているような雰囲気を感じ取ったのか握るこぶしに汗が滲んだ。

 

 ほどなくして一人……また一人と次々に叫び声が響いた。

「うそでしょ!」

「マジか!」

 一緒に逃げていた二人も角を曲がるたびに姿を消し、叫び声だけが耳へと届く。そして追いついてくることはなかった。

 

「もう五人も捕まったのか?」

 叫び声を聞いていた俺は不思議な焦りが見え始めていた。

 

 始まって十分程が過ぎたころ――――。

「うわ――――!」六人目の叫び声が響き渡った。

 そこで俺は、残されたのが自分一人であることを察した。


 

「……マジかよ。まだ十分ぐらいしか経ってないんじゃないか?」

 返ってこない返事が路地へと消えた。一人になった焦りが加速し体を包んだ。

 自分だけがとり残された消失感、未だかつて無いほどの不安が俺を駆り立てた。


 ブルッと背中が震えた俺は気持ちを切り替える。

「よし!来るならこい!逃げ切ってやる!」

 

 自分を鼓舞するよう握る拳に力が入り声に出した。後ろからチリチリと感じていた違和感のをすぐ知ることになるとは思ってもいなかった。


 決意も新たに気持ちを切り替えた俺に、囁くように呟いた言葉が届いた。

 

「エル君で最後だねー……」

「どこにいるのかなー……」

 

 さっきよりも背筋がゾクリと震えた。

 

 ー-おかしい、感じたことのないものを感じていた。すぐ後ろから囁くような声が聞こえ恐怖にかられ俺は、確認もせずに駆けだしていた。

 

 角を曲がると足がもつれ、不思議な体制になりよろけた。するとすぐ背後からー-ドンッ!壁を叩く音が聞こえた。

 

「あぁ、残念……惜しかったなー……」

「……次は捕まえるからねー」

 心臓が跳ね、振り返る間もなく走った、全速力で。よく知る道を駆け抜けた。

 迷路のような作りをしている裏路地。だが、実際には先々でどこかしらに繋がっている。

 そして、逃げる俺の前にどこからかミーナが先回りして現れたのだ。

 

 休むべく息を殺し壁に背をつけ耳をすませる。聞こえるのは、自分の荒い呼吸と胸の鼓動だけ。


 コツ、コツ、コツ……


 

 すぐ近くの路地から別の音が耳へと届く。ゆっくりと、しかし確実に近づいてくる足音。ゾワリと肌が粟立った。

「エルくーん、どこにいるのかなー……?」

「逃げてもいいよ、でもすぐに捕まえるからね……」

 

 十分間の激走、息も絶え絶えに肩で息をするほど走った。

 それを嘲笑うように先回りしては囁くように語りかけてくる。休んでいるそばから、時には少し早めに飛び出して驚かせるように姿を現すミーナに俺は追い込まれていく。

 逃げ道が絞られていた俺は、ミーナの手のひらで踊っていたようだ。この場所に逃げ込むように仕向け、そして、ここでとどめを刺すために――――。

 

 

 ――――そして時は過ぎ、ミーナのやる気を出させることに成功した。だが自身の思いとは反対の結末を迎えたのだった。


 


 鼻歌を歌いながら上機嫌な少女は歌いながらクルクル回っている。

「フンフフ~ン♩フンフフ~ン♬今日のおやつは~な~にっかなっ♫」

 目を閉じ思い浮かべた様々なお菓子に、ミーナの表情は欲望で溢れ出た笑顔に満ちていた。


 嬉しそうに笑顔を浮かべたミーナ。

 クリーム色のロングシャツに赤土を明るくしたワンピース、茶色い編み上げブーツ。今日の戦の名残か所々汚れている。

 丸みのある輪郭、赤い瞳、栗色のセミロングの髪をピンクのシュシュで束ねている。

 

「――濃厚なカスタードクリームのたっぷり詰まったパリパリのクッキーシュークリーム♡」

「卵と牛乳の奇跡の出会い――キャラメルのほのかな苦みがアクセント、バニラの香りが鼻をくすぐるプリン♡」

「焦がしバターとアーモンドの香ばしいフィナンシェもコロンとしたフォルムが可愛いマドレーヌも捨てがたい――――」

「でもでも、フワフワのシフォンケーキも――――」

 

「プリンにシュークリームに……あぁ、もう!全部食べたいっ!」

 

 両手を握りまるで祈るような所作に、あふれんばかりの欲望にまみれた笑顔で思い描いた菓子を次々に呟くミーナ。欲望のままに想像した少女の、そのにやけた口元には光るものが少し垂れていた。

 

 欲望に忠実に、欲望のままに呟くミーナ。

 

「一つって約束だろ!」

「そんなに食べたら、本当に丸くなるからな!」

 

 俺は嫌味交じりに返した。


「エ~ル~く~ん!女の子に言っちゃいけないセリフだよ!」

 頬を膨らませプンプンと怒るミーナは続ける。

「それに、走り回ってお腹すいちゃったんだもん」

 そう話す通りふらつく仕草をみせその空腹を訴えてきた。

 

「じゃあまた〝あそこ〟に行くのか?」

「そうだよ!あそこのお菓子が大!大!大好きなんだもん」

 興奮するミーナに「ハハハハッ……」と俺は苦笑いを浮かべた。

『昨日、一昨日もその前の日も行ったんだけどな』


 「それよりごめんね。――背中汚しちゃって」

 白い七分丈のシャツを黒いズボンにサスペンダーで止めていた背中は、石畳の模様が背中に映っていた。

「あらら。まあ、上着を逃げてるときに置いてきたからそれ着ればいいさ」

『赤茶色の革靴が濃い赤茶色になってる方が気になるしな。ちょっと湿った靴の中が違和感しかない……むしろ気持ち悪い』


「フフッ、ありがとうエル君♪」

「何がだよ?」


「なんでもないよ♪」


『マジで何がだよ?』

 そんな他愛無い話をしている内に裏路地も終わりに差し掛かった。風に乗って流れてくるのは潮の香りと、大通りのガヤガヤとした喧騒。祭りの始まりを知らせる軽快な音楽。


 眩しいばかりの光が裏路地に差し込んできている。俺はミーナと歩みを進めた。



 

 ここが、港町【ポルト】――この物語の舞台だ。


 

 ここまで読んでいただきありがとうございます!


 ミーナ、ちょっと強すぎませんかね……?

 エルが勝てる未来が見えませんでした(笑)


 このあとから本編に入り、祝願祭のにぎやかな一日が始まります。

 ここから少しずつ物語も動いていくので、よければ続きも読んでいただけたら嬉しいです!

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