3話
「あははっ!やばい、懐かしすぎる!てかさ、この姿勢で座るの……なんか配信してるって感じするんだよね!」
みさきは胸元をぽんっと叩く。
その仕草にはしんみりした影はなく、むしろ二年分のテンションが弾けているようだった。
「ほらほら、見て! この髪! この揺れ! この質感! どうよ!?
うわっ、久々すぎて逆にテンション上がるんだけど!」
みさきは首をぶんぶん振り、画面横のヘアスタイル選択パネルをぱたぱた開く。
サイドテール、ポニーテール、セミロング、外ハネボブ、ロングウェーブ、ゆる三つ編み……。
次々に切り替えては「え、これ可愛すぎない?」「あ、この揺れ好き!」「七味、見て見て! 今日の私、仕上がってない?」と、子どものように楽しげな声を弾ませながら確認していく。
髪型をひと通り試し終えると、今度は画面へそっと顔を寄せ、いたずらっぽく口角を上げた。
「ちょ、ちょっと角度変えると……あっ、この映りいい! あーこれ! これこれ! この角度好きだったんだよね~!」
ぱちぱちと瞬きをして、今度は頬の横でピースサイン。
さらにウィンクまで繰り出す。
「見た!? 今の! まだできるんだけど!? 二年ぶりとは!? 七味、言いなさい! 『いけてるよ』って!」
>>(いけてる!!)
>>(むしろ強化されてる)
>>(完全復活だな)
「でさ、背景も見て! この部屋! レイアウト全然変わってない! 棚の位置も照明の色も……うわ……“帰ってきた感”すご……!」
椅子の上でソワソワと揺れながら、背景を指差しつつ笑う。
「ほら、この影の落ち方とかね、カメラとの距離感! あーーこれ! これが私のホームなんだよね~~!!」
「なんかさ……あぁ、戻ってきたんだなぁ、って感じ?」
>>(おかえり!)
>>(おかえり!)
>>(おかえり!)
みさきはぱぁっと笑い、勢いよく手を振りながらチャットを追う。
「さて、復帰後初配信ってことで、何やってほしいかツイッターで募集したけどさ……」
一拍置いて、眉をひそめる。
「なんで初配信“振り返り放送”なの!??」
>>(七味の総意です)
>>(羞恥に溺れてほしい)
>>(伝説回をもう一度)
「わかってる。わかってるよ~~。誰かが悪ノリして、それに全員乗っかったんでしょ?」
みさきは額に手を当て、ため息をつく。
「みんな、わたしが羞恥に悶えるさまを見たいってことなんだよね?」
「あー、ほんとふざけんなよなぁ~~。あははは」
「普通はさ、“なんで卒業したの?”とか“卒業した後何してたの?”とか聞きたいはずでしょ?」
>>(それは後で聞く)
>>(まずは儀式)
>>(それはそれ)
「七味さぁ、急に辛くなるのなんでなんだよ!」
>>(七味だから)
>>(当たり前)
>>(唐辛子は辛いに決まってる)
「……まぁ、決まった以上やるけどさ。復帰一発目でこれって……戻ってきたの後悔しそう。あはははっ」
◆ ◆ ◆
初配信の動画が始まる。
画面がふっと暗転し、当時の配信部屋を映す粗い照明の光がぼやけて広がる。
背景には、今より少し乱れた棚と、光を吸い込むような夜色の壁紙。
マイクに触れる音が小さくノイズとして混じり、今よりも拙い息遣いがそのまま残っている。
まだ荒削りだったアバターがぽん、と現れる。
表情も固め。それでも精一杯背伸びしようとしていた初々しさが、画面越しにまっすぐ伝わってきた。
『みなさん、はじめまして。私は星屑みさきっていいま…』
ブチッ――
言葉が最後まで流れきる前に、動画が不意に止まり、画面の動きがぴたりと固まった。
「ちょ、ちょっと待って……誰だこいつ!?」
>>(お前だ)
>>(お前だ!)
>>(お前だ!!)
「うそ……だろ……」
目を大きく見開いたまま、みさきの瞳は細く縮んでいき、頬が引きつる。
まるで白目をむいているかのような“絶望の顔”が画面いっぱいに広がった。
コメント欄では七味が完全に愉悦モードへ突入していた。
>>(その顔を待ってた)
>>(いい表情だ)
>>(草草草)
「こんなのもう拷問だよ!!」
椅子の背にもたれ、両手をばたばたさせながら叫ぶみさき。
それでも再生バーは無情に進み、過去の自分が容赦なく喋り続ける。
『“星屑”って英語だと“スターダスト”なんだって!なんだかおしゃれだね』
>>[急にキラキラネームw]
>>[厨二病が疼く]
>>[つまりスペースデブリってことか]
『え、スペースデブリ?何ですかそれ何?』
>>[ぶつかると危ないやつ]
>>[流れ星の元]
>>[宇宙ゴミだよ]
『宇宙ゴミ?……ごみって~(笑)』
>>[ごみは草]
>>[草草草]
>>[はい!俺のことです!]
『じゃぁ、ファンネームは宇宙ゴミでいいですか?(笑)』
>>[はい、ゴミです]
>>[名誉宇宙ごみです]
>>[このゴミって罵倒されたい]
ブチッ――
再び動画が不意に止まり、画面の動きがぴたりと固まった。
「おい……おまえら……キモイぞ」
みさきは椅子にふんぞり返り、片眉をつり上げながら画面を射抜くように圧をかける。
「ひどい黒歴史を掘り起こしちまった……」
その瞬間、いつも暴れ回っていたコメント欄が一拍置いたように静まり、流れがみるみる遅くなる。
「なぁ……ここらで手打ちにしないか?」
>>(駄目)
>>(ダメ)
>>(駄目に決まってるだろ)
コメント欄は元の速さを取り戻し圧を跳ね返す。
「くっそwww」
渋々再開ボタンが押され、動画が動き出す。
『あはは、ごみはあんまりだよぉ……ゴミ……五味……
そうだ、七味にしよう。私、辛いもの好きだし!』
>>[七味ww]
>>[唐辛子担当いただきました]
>>[赤いものどうぞ]
『あ、スパチャありがとうございます……って、ちょ、ちょっと!?なんでこんなに!?』
>>[画面が赤い]
>>[祭りだー]
>>[この流れなら言える、俺も辛党]
『赤いの多くない!?これ、辛いやつ!?え、あ、黄色も!?からし!?えっ、緑はわさび!?』
>>[カラフルだなー]
>>[賑やかだなー]
>>[今日の祭り会場はここですか?]
『え、ちょ、ちょっとまって……やめ……やめろぉぉぉwww』
動画が終わり、映像がフェードアウトする。
苦悶の余韻を少しだけ残したまま、みさきは肩で荒い息を整えつつ、かすれた声を絞り出した。
「はぁ、はぁ……ようやく終わった……」
「そうだったな。このときに七味って名前になったんだったな」
>>(懐かしい)
>>(最高の黒歴史です)
>>(宇宙ゴミでもよかった)
「……でも、なんかいいね。こうやってみんなと笑いながら昔を振り返るの。二年前の私が、ちゃんとここにいるみたいでさ」
チャットは色とりどりに揺れ続ける。
>>(おかえり)
>>(ずっと待ってた)
>>(戻ってきてくれてありがとう)
みさきはゆっくり頷いた。
「七味のみんな。ほんとうにありがとう。また、ここから始めようね」
「じゃあ……今日はこのへんで。次回も、ちゃんと来いよ?」
ファンを射抜くような決め顔のままウィンクをひらめかせると、そのきらめきが余韻となって視界に残る中、配信画面はゆっくりとフェードアウトしていった。
◆ ◆ ◆
俺は配信が終わったあとも、PCの前からしばらく動けなかった。
――本当に、帰ってきたんだ。
推しが帰ってきた。
望んでも得られないと諦めていた願いが、突如として叶った。
無上の幸福に満たされ、今、世界でもっとも幸福なのは自分だと信じて疑わなかった。
そしてようやく実感した。
あの日々は終わっていなかったし、失われてもいなかった。
願い続けていた時間も、待ち続けていた日々も、すべてはこの瞬間へつながっていたのだと。
――帰ってきてくれて、ありがとう。




