結局どっちなの
飛来した巨大な岩石は、ヴィルの放った裏拳の一撃で跳ね返され、その身を砕かれながら飛散する。
ええ、ええええ~……。いま、岩石を素手で……? あれたぶん、いまのわたしでも無理だ……。
驚いていたのもつかの間、彼は両腕を大胸筋の前でクロスしながら悠然とわたしに背中を向けた――直後、今度は頭部大の岩石をいくつも受けて、すさまじい衝撃を散らした。
礫が四方八方に飛び散る。押された背中が後退し、わたしにぶつかる直前でとまった。
いま、守ってくれた……?
そんな思考をかき消すように、陽気な少女の声が響く。
「あっははははっ、やるじゃぁん! あたしの不意打ちをあっさり止めるなんて! 最初のでっかいのは作り出すのに時間かかったってのにさァ!」
その声でようやく気づく。騎士も魔術師も民ですらも逃げ去ったこの処刑場に、人影がひとり立っていたことに。血のように真っ赤なローブをまとっている少女だ。赤ずきんちゃんみたいでかわいい。
「やっぱあんたタイプだわ~! 魔法使いヴィル・ヴァストゥール!」
へ? ヴィルが魔法使い?
少女は右手の人差し指と中指をそろえてこちらに向ける。
ヴィルが顔をしかめて両手を下ろした。肘から伝った血液が指先から地面に落ちる。
「七賢か」
「そんなひとくくりじゃなくってさァ、ねえ、いい加減覚えてよォ? 圧壊のレニアちゃんってさァ!!」
ゴゴと大地が鳴動した。
砂塵が舞い上がった直後、わたしとヴィルの周囲の地面から一斉に壁が生えた。土の壁だ。ううん、違う。石でできた重々しい壁。
「え……」
影に呑まれ、見上げたときにはもう遅い。
それらは空を遮るようにドーム状に繋がり、闇の中のわたしたちを押し潰べく一気に縮んだ。全身が堅い岩石に包み込まれるように拉げていく。
本当に一瞬の出来事。何かを考える暇さえもなかった。
う……あ……っ。
「ねえッ、虫じゃないだからさァ!? 簡単に潰れてがっかりさせないでよねぇッ!!」
「心配ご無用。――粉ッ!!」
轟音と衝撃。全身の圧迫から唐突に解放されたわたしは、ヴィルを見上げる。拳を突き出した格好のヴィルを。
へ……?
信じられない。彼の拳があっさりと岩の壁を突き破り、岩石のドームそのものを粉砕していた。
レニアはにっこにこで拍手なんかしている。
「おー、やっぱその程度の質量じゃダメなんだァ? さっすがは魔法使いィ!」
「勘違いをしているようだが、俺の力は魔法などではない」
「はぁん? じゃ何だってのさ?」
今度はヴィルが拳を引き絞る。
そうして真っ白な歯を見せ、爽やかにニカッと笑った。
「筋肉だッ!!」
一瞬の空白があった。
しばらくして、レニアが額を押さえて笑い出す。
「あっは、ウケる! んなわけないじゃん!」
「ならば身をもって知るといい。筋肉が生み出す筋力のパワーを」
同じこと言ってる……。
メリ、と音を立てて引き絞られていたヴィルの腕が瞬時に肥大化した。
うわ、ちょ、キモ――!
「ぬぅん!」
暴風を引き裂く勢いで突き出されたヴィルの拳が、レニアの真っ赤なローブを貫く。
しかしそこに手応えはない。
「無駄だよッ! 連盟の目は誤魔化せない! あんたのそれは魔法さ!」
レニアはローブを脱ぎ捨てながら身を翻してそれを避け、今度はすさまじい速度で回り込みながら上段蹴りを繰り出した。しかも、自分の足をいつの間にか岩石で覆っている。
速――!
その蹴りをヴィルは片手で払いのける。今度はあっさりと。
重量も、鋭さも、すべてを撥ね除けて。
レニアの笑みが初めて引き攣った。
「ねえ知ってるゥ!? ちょっと鍛えただけの人間に、岩石は割れないんだよォ!?」
助けてもらっといてなんだけど、正直わたしもそう思う。ゴリラでも無理だ。
パァンとまとった岩石の弾け飛ぶ音がして、レニアが体勢を崩した。その彼女の全身を、大きなヴィルの影が呑み込む。すでに拳を握りしめて。
「……うわ、ちょ!」
「ちょっとではない。――俺はッ、いっぱいッ、鍛えたからッ!」
そういう問題だろうか。
すさまじい勢いで斜め上方から振り下ろされた拳は、しかしレニアにぶつかる前にせり上がった地面に阻まれた。
けれども、貫く。その筋肉は、拳は、大地ですらも粉砕して。
「おおおおおっ!」
ただ、一瞬。
拳が大地に阻まれたわずかな間に、レニアは身を反らせ、両手で大地につきながらバック転で距離を取っていた。拳に掠められながらも。
レニアの表情が歪む。
なぜなら彼女が両足を地面につけたときにはもうすでにヴィルは距離を詰め、拳を再び振りかぶっていたから。
「これがパワーだ」
レニアの目が見開かれる。けれどその直後、ヴィルは見えない壁に鼻面からぶつかったかのように跳ね返され、わたしの位置まで押し戻されてきた。
「むうッ」
鼻血が垂れている。
距離の開いたレニアが振り返って叫んだ。
「あーもー! ロノのバカ! 手ぇ出すなっつったじゃん!」
ロノ? 他にも仲間がいたの!?
不自然な烈風がびゅおと吹いた。砂塵を巻き上げる旋風の中に、少年の姿がある。
いつの間に……っ!?
「……だ、だって、僕が助けなきゃ、お、お姉ちゃん、死んでたと思う……」
「アホバカトンマ! あんくらい自力で避けられるって――あー! あいつらァ……!」
そんな会話を遠くに聞きながら、わたしはすでにヴィルの小脇に抱え上げられて、ものすごい勢いで走りながら処刑場から連れ出されていた。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
次話は日が変わる頃に投稿予定です。




