助けないとは言っていない
わたしは――膝を震わせながらその場に腰を落とし、へたり込んだ。
ひどい状況。
大地は裂けてめくれ上がり、遠巻きに眺めていた人々でさえ、少しでもわたしから距離を取ろうとして逃げ惑っている。騎士も魔術師も、処刑場を取り囲むようにして観ていた民もだ。
これじゃ本物の魔女だ……。
跳ね回る胸を手で押さえ、肩で荒い息をしながら、わたしは目の前で悠然と立つ男の人に震える声で尋ねた。
「あ、あの!」
「なんだ?」
ごくり、と喉が鳴る。
「そ、その人は、まだ、生きてる……?」
「ああ。生きてる」
安堵のあまり、わたしはゆっくりと息を吐いた。
「……よかったぁ……」
「ふむ?」
次に目の前に立つ男性を見上げる。
大きい。短く刈り上げられた髪、背丈はわたしより頭三つ分ほど高く、分厚い胸板で組まれた腕は丸太のように太くゴツゴツとしている。他の人のように武器は持っていない。
けれども、とんでもない筋肉だ。若干引くくらい。
そのせいか近くに立っていられるだけでも熱いと感じる。気温が彼によって引き上げられているかのように。
あと半裸ぁ……みたいな服装ぉ~……。
その筋肉が迫ってくる。どんどん近づいてくる。
若干引いてしまうわたしの前で膝を折り、彼は眉根を寄せた訝しげな目でわたしの顔をのぞき込んできた。
近い近い近いってば!
そうして言うのだ。とんでもないことを。
「おまえ、誰だ? ルナステラではないな?」
「わかるの!?」
「やはりそうか。あの魔女め、今度は何のつもりだ」
口ぶりから、ルナステラに対しては敵意を抱いている人だ。けれどその反面、わたしがそうではないと見破ってくれた唯一の人ということになる。
もしかしたら、味方になってもらえるかも。でも半裸は嫌かも。でも仕方ないかも。
「あ、あの! どうしてわかったの? わたしがルナステラじゃないってこと!」
「似ているが、微かにニオイが違う」
見破ったわけではなかった。犬のように嗅いだだけらしい。
やめてよね! ヘンタイ!
わたしは身を縮めて尋ねる。
「わたし、臭ってます……?」
「俺の鍛え抜かれたこの鼻根筋ならば、人を嗅ぎ分けるなど造作もない」
あ、大丈夫なやつだこれ。この人が特殊なだけだ。よかった。
男性は気絶している魔術師を指さす。
「それ以前に、ルナステラならば躊躇わん。さらに言えば、見たところこの刑場にはひとりの死者も出ていない。もしもおまえがルナステラだったならば、騎士団も魔術師団も等しく全滅していただろう」
「全滅?」
「皆殺しだ。魔女狩りを命じた者、執行者、関わった者、揶揄した者、石を投げた者、貴賤を問わずすべて等しく灰燼と帰す。場合によっては国をも滅ぼすことさえある」
わたしはキャロンダイトが読み上げた罪状を思い出す。
あれってすべて本当だったんだ。めちゃくちゃな重罪人。何度極刑にしても足りないくらいの。
そんな人に似てしまっている。あるいはその人の肉体に入ってしまった。この世界でのわたしの立場は、ある意味では前世以上に過酷なのかもしれない。
「待って。魔女狩り関係者だけ?」
「ああ」
「それはルナステラが魔女だから、仲間を解放して回っているということ?」
「そこまでは知らんよ。だが、彼女に仲間はいない。救ったはずの魔女や魔法使いらも行方をくらます。本当に救われているのかさえ不明だ」
うう……。それじゃ弁護のしようもない。わたしの場合は弁解か。
わたしは目の前の筋肉をもう一度見上げた。
じゃあ、この人は……?
「あの……」
「ヴィル・ヴァストゥール」
「助けてください、ヴァストゥールさん」
「ヴィルでいい」
「ヴィル、ここにいる人たちはみんな、わたしのことをルナステラだと思い込んでいるんです。どうかみなさんの前で、その誤解を解いてくれませんか」
ヴァストゥールさんが両腕を広げて肩をすくめた。
いちいち筋肉がムキムキしている。怖い。
「無理だな」
「そんな……っ」
「誰も信じない。なにせ、俺も不思議と追われる身でなあ」
「ええ~……」
この人もお尋ね者だったの? じゃあもう絶望だよ!
「そんなわけで、俺の言葉などには誰も耳を傾けてはくれんだろうよ」
そのとき、彼の背後から轟と風を切る音が響いた。
とっさに視線を向けると、とんでもない大きさの岩石が――それこそ小さな家くらいはある岩石が、わたしたちへと向かって飛んできていた。目の前の大男にばかり集中していたから、気づくのが遅れたの。
わたしは息を呑む。
「~~っ!?」
「誤解は解けんが、だがまあ――」
そもそも勢いよく飛来するあの質量の岩石を、いまのわたしの力で防ぐことができるのかさえわからない。それにもう考える時間さえない。やるしかない。
覚悟を決めて両手を前に出す。
「助けないとは言っていない」
そう言って彼は振り返ることさえせず、背後から飛来してきた巨大な岩石へと右腕一本、裏拳を叩きつけた。
「ぬんっ!!」
直後、岩石は、轟音や衝撃とともにまるで出来の悪い悪夢のように木っ端みじんに破裂しながら、跳ね返されていた。
嘘ぉ~……。
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