筋肉が現れた
誰も彼もが怯えた目でわたしを見ていた。
一歩近づけば波が引くように、ざぁと隊自体が後退する。遙か後方ではわたしから遠い位置にいる人たちから、踵を返して逃げていくのが見えていた。
「これが魔女の力……?」
健康で、自分の足で歩けるだけでよかったんだけどな。でも、この力がなければもう殺されていたと思えば、あってよかったのかもしれない。いやでも、あったから殺されかけたわけで。
う~ん。まあいいか。
腰砕けの騎士がひとり逃げ遅れ、震えながら頭を抱えて丸まった。
「こ、来ないで……! 頼む、助けてくれ……!」
「傷つけるつもりはないよ」
「う、うう、嘘だ! だ、だっておまえは、私たちを憎んでいるだろう!?」
まあ、そりゃあ……だって、目覚めてすぐ火あぶりにされかけたんだし、いまでも当たり前に腹は立っているけれど……。
でも、憎んでいるというのは少し齟齬がある気がする。
「どうしてそう思うの?」
「わ、我々がおまえの同胞を幾人も――……」
「魔女狩りのこと?」
「う……」
表情から察するに、後ろめたいのか。
それにしても、わたしの他にも魔女が殺されてるんだ。それはそうか。魔女狩りなんて言葉がある時点で。
わたしたちのいた世界でも、未だ一部で根強く残っている風習みたいだけれど、それでもここが文明とは無縁の世界なのだとわかる。あるいはベクトルの違う文明で栄えた世界か。
いずれにしても、ここはやっぱりわたしの知る世界ではないのだろう。
「い、異端の魔女など、か、狩られて当然だ!」
「どうして? その魔女に何かされたの?」
それでも。
少なくともわたしは先ほども、殺しだけはしないように気を払ったつもりだ。日本人だもの。
「そ、それは……。だが歴史が物語っている。魔女や魔法使いは、かつて人類の敵だった魔人の末裔なのだから。……そ、そうだ! 滅ぼさなければ滅ぼされる! だから我らは魔女を狩る……しかないんだぁ……」
よくわからないけれど、魔人の末裔。魔女と人間は、そういう関係だったのね。
けれど彼は根本的に勘違いをしている。わたしはルナステラ・アストラルベインなる魔女ではないし、魔女を仲間だと思ったこともない。そもそもそんなのが本当に存在していることさえ今日まで知らなかったくらいだ。
かといって、魔女であるというだけで狩ろうとするこの人たちを仲間と呼ぶのはもっと嫌だ。
わたしはただ自分の足で歩いて、自分の舌で味わって、世界の端で静かに暮らせたら、もうそれだけでよかったのに。
「……」
ざわ、ざわ、と。胸がざわつく。
苛立ちや焦燥、怒り。到底自分のものとは思えないほどの負の感情が少しずつ湧き上がり、急速に渦巻いていく。
たぶんこの感情は自分のものだけではない。この肉体の持ち主であるルナステラ・アストラルベインのものも多分に混ざっている。でなきゃ感情の増幅に説明がつかない。
苛烈に燃え盛る感情が、冷静だったわたしを押し流していく。
「……」
気づけば無意識に手を伸ばしていた。
つばの大きな帽子の上へと。わたしを見て怯え、腰を抜かし、涙をためて懇願する魔術師の頭部へと。
「やめ……て……くれぇ……」
わたしたちはただ平穏を望んだ。当たり前のことを望んだ。
でも。
――こイつらガ、ソノ邪魔ヲ、スルノナラ。
わたしは本物の魔女のように嗤っていた。口角を高く高く引き上げて嗤っていた。
だめ。だめ。だめだ。また何かに自分が持って行かれる。殺してしまう。殺せ。
目を堅くつむる。
とまれ、とまれ、とまれとまれ殺セとまれとまれ殺セッ!!
「――ッ」
とまってぇぇぇ――ッ!
けれどその願い虚しく、わたしの手は目の前で腰を抜かしたまま後ずさる魔術師へと叩き下ろされる。ただの掌ではない。絶大な破壊力を生み出す魔女の掌を。
「~~っ」
「あ……」
目を閉じた。これから自分が引き起こす凄惨な光景から目を背けるために。
叩き下ろされた掌が大地を割るような音を轟かせ、世界が上下に揺れる。礫と化した地面が炸裂し、そこら中を吹き飛ばすのがわかった。
ああ、ああ……。これじゃもう……跡形も……。
わたしは恐る恐る、瞼をあげる。
けれども、そこには――。
「いま、躊躇ったか?」
低い声。とても。カラダの奥にまで響くような。
クレーターのようにへこんだ大地の中、件の魔術師を庇うように、わたしの掌を自らの掌で組み合わせるように受け止めていた大柄な男性が、いぶかしげな表情で立っていた。
「とても。ああ、いつになく。いつになくだ。ひどい顔をしているな」
その足下では魔術師が、どうにか人間のカタチを保ったまま倒れ伏しているのが見えた。
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