やりすぎたわ~
数百からなる騎士隊の背後には、鎧ではなく濃いブルーの長いコートのようなものに身を包み、針のような細い剣を持った数十名の人たちがいた。いずれも同じ色をしたつばの大きな帽子を被っている。
いつの間にか彼らの中央にキャロンダイトが逃げ込んでいるのが見えた。別に殺す気はなかったけれど、それでもしぶとい。それがどこかおかしい。まるで醜い虫のよう。
わたしは笑いながら彼らに近づいていく。
裸足で、つま先から、軽やかに、しなやかに。鼻歌でも歌うように。
「こ、殺せ! あ、あ、あの魔女を殺せ、魔術師隊!」
まだ結構離れているというのに、その全員がわたしへと剣の切っ先を向けた。
「……魔術師? ああ、さっき火とか氷とか飛ばしてくれた人たちか」
魔女狩りをするのに、魔術師を有している。
変なの。線引きは何?
彼らはわたしが物語で知るような、杖を持ったおじいちゃん魔術師とは異なる風貌をしている。
そう思った直後、細い剣の切っ先あたりの空間に、円形の何かが浮かび上がる。それは時計のようにゆっくりと回転していた。色は赤と青と黄色、他にも様々だ。色がなく輝いているものもあるし、くすんでいるものもある。
気のせいだろうか。また誰かの声が、少し。楽しげに。囁くように。
――思い描け。信じろ。それらはすべて実現する。
何か来る。肌がひりついた。
――わたしたちは魔女なのだから。
彼らに視線を取られていたら、突然――本当に突然、わたしの左頬に微かな熱を感じた。反射的に視線を左に向けると、マッチほどの小さな火があった。そう確認した直後にはそれは大炎柱と化して、空間ごとわたしを丸呑みする。
「――!」
轟と炎が足下から噴き上がった。まるで噴火口に立っていたかのようにだ。
だけど、それだけ。さっきと同じ。火はわたしを灼かない。
炎に巻かれながらなのに、自然と笑みがこぼれた。狂乱。両腕を広げて笑う。
「あはっ、あははははは、キレイな色!」
なんでだろう。不思議と愉しくなってきた。気分が高揚する。カラダの魔女の感情だろうか。
わたしは炎の中から真っ赤に染まった光景を見て笑っていた。
そんなわたしを見てなのだろう。騎士たちが這々の体で逃げ出した。武器を捨て、鎧を捨て、我先にと全速力で走っていく。
「ば、バケモノ……」
失礼な。
炎は一瞬だけで、あっという間に空間に散った。わたしには火傷ひとつない。無傷。ほんの少し暖かかっただけ。
ふいに影が落ちた。
「へえ?」
いくつもの氷塊が頭上にあった。氷山とまでは言わないけれど、どれもこれも重量的には人間ひとりを押しつぶすに十分な質量だ。それらが雨のように降ってくる。
質量を頭で受けるのはさすがに不安だ。
わたしはステップを踏んで降ってくる氷塊の軌道からふわりと逃れる。少し前まで動かせなかったはずのカラダが軽い。風に乗っているみたいに。
すぐそばで轟音を響かせ、氷塊がその身を砕かれながら地面を穿った。ものすごい衝撃だ。大地が悲鳴を上げている。
地面で砕けた氷の粒がキラキラと空間に舞い上がり、今度はそれを伝うように雷が雷鳴を伴いながら迸る。
「――っ!?」
バシっと音がしてカラダを雷が走った。
避けられる速さじゃなかった。でも何の衝撃も感じない。ちょっとピリっとしたくらいだ。
びっっっくりした~。
雷は何度放たれようともわたしの服や体表を這うだけで消えていく。せいぜいが、静電気でわたしの髪を逆立てた程度だ。
構わず歩き、魔術師団の方へと近づいていく。
「わっ!?」
突然影から這い出た闇が力場ごとわたしを絡め取った。ほとんど同時に頭上から光が降り注ぐ。光は闇ごとわたしを消し飛ばすつもりだったのだろうけれど、正直眩しいだけで何の影響もない。スポットライトを浴びてるみたい。
「何これ? 不思議……」
そんな感想しか浮かばない。
腕をたった一振りしただけで、光も闇も消し飛んだ。
「バ、バカな……。なぜ魔術が効かない!?」
そんなことを聞かれてもわかんない。わたしも知りたいくらいだ。
魔術師隊の誰もが驚愕の表情を浮かべている。
実のところ、一番驚いているのは自分自身なのだが。けれど驚き以上に胸が躍る。
「お、おい! 話が違うだろ!」
「七賢に無力化されてアストラルベインはもう魔法を使えないのではなかったのか!?」
七賢? 封じる?
そもそもこの身体強化って魔法なのだろうか。
何にしても。
彼らはわたしの敵ではない。それがわかった。いつでも逃げられるし、倒そうと思えば簡単に倒せる。色々不思議な現象を見せてもらえたからか、いつの間にか怒りも収まっていた。わたしも騎士にひどいことをしてしまったし。
だから近づく。無警戒に、無遠慮に。散歩でもしているかのように。
「あの」
魔術師隊の数名が諦観の表情でへたり込んだ。
「く、来るな! 来ないで……くれぇ……」
「……わ、我々の手には負えません! キャロンダイト聖上陛……下……? へ? い、いらっしゃらないぞ!?」
ほんとだ。また逃げたのかしら。ほんと、虫けらみたいな人。あいつだけは殴ればよかった。
わたしは涼しげな笑みを浮かべて彼らに近づいていく。彼らは腰を抜かしたまま、少しでもわたしから遠ざかろうとして後ずさる。
「こ、殺さないで……」
大の大人にこんな怯えた表情をされては、さっきまで抱いていた怒りも苛立ちもどこへやら。むしろ罪悪感が出てきた。
だからなるべく恐れさせないように両手を挙げて、伺うように尋ねた。
一歩、近づいて。
「殺さないよ。ただその代わりに、いろいろと聞きたいことがあるんだけど」
「ひぃ……、お、俺には家族がいるんだ……見逃してくれ……」
わたしが近づくたびに、彼らは後ずさっていく。
困った。誰も会話に応じてはくれそうにない。




