全部壊すね
ヴィルがゆっくりと息を吐き、膝を軽く曲げた。脱力した両手を前に出し、半身となって構える。
呼応するようにナラクもまた膝を曲げ、剣を下段に構えた。
ふたりの呼吸が同時に止まる――瞬間、わたしはヴィルの前に出た。
だめだ。彼を戦わせちゃ。ほんとに死んじゃう。
「待って」
出鼻をくじかれたように、ナラクがつんのめる。たぶん、後ろのヴィルも。
「わたしにやらせて。ヴィルは下がってて」
「む……」
ヴィルの足下の血だまりはすごい量だ。たぶん限界。
それはナラクにも気づかれている。
わたしは肉体を自力で治せるけど、ヴィルにはできない。いくらヴィルでもこの怪我では勝てない。
「俺としちゃそいつぁ願ったり叶ったりだが、いいのかい? 二対一でも構わんぜ?」
また平気で嘘をついている。ナラクは嫌なおじさんだ。大嫌い。
「うん。やっとルナステラのカラダの使い方がわかってきて、だんだんおもしろくなってきたところだし。――ヴィルもいいよね?」
「ふむ」
ヴィルが曲げていた足を伸ばして腕組みをした。そのまま壁際まで後退し、背中をあてる。
「死にそうになる前に救いを求めろ。ルナステラの先ほどのような有様は二度と見たくはない。やつを手にかけていいのは俺だけだ」
その言葉でわかった。
ああ、そうか。やっぱりそうなんだ。
この人、無自覚かもしれないけれどルナステラに惹かれていたんだ。だからわたしのことも無条件に助けてくれる。ルナではなくルナステラを。
ここにはわたしを含めて嘘つきしかいない。
「うん、わかった。ごめんね」
「何がだ?」
流した血はヴィルよりもわたしの方が遙かに多いけれど、わたしは自分の肉体を血液に変異させることができる。脂肪が減ったし、思いつきで髪の毛を含む体毛も変異させた。ダイエットもムダ毛処理も簡単。おかげで腰下まであった長くてキレイな銀髪は、いまは腰あたりまでの長さになっている。
それでも多重に歪んでいた視界は通常のものに戻せた。
「何かを思いついたのか?」
「うん。ちょっとね」
でも自身を魔法使いであると知らないヴィルには、この回復方法は使えない。魔法使いと信じて一度でも使ってしまえば、ヴィルは無敵の筋肉を失ってしまう。そんなふうにはさせたくない。彼の太陽のような笑顔を陰らせるようなまねはしたくない。
あーあ、ヴィルはわたしのことなんて見ていないのに。
あーあ、むかつくなあ。せっかく自由になったのに、色々とうまくいかないや。
なんだかまた胸の裡の声が笑っている気がした。
「さて、と」
わたしは両手の指を組み合わせて、全身をぐぐっと伸ばす。
そうしてナラクの方へと向き直った。
「ナラク、あなたにも最初に謝っておくね。わたしこのケンカの全部をぶっ壊しちゃうから」
「あぁ? 散々待たせて何を抜かしやがる。ま、準備完了ってぇなら遠慮なく――!」
ナラクが地を蹴った瞬間に、わたしは指を鳴らす。火花が炎柱、ううん、炎の壁となって前進するナラクを包み込んだ。
けれどもナラクは当然のように炎の中を平然と駆け抜けてくる。
「でけえ火なら灼けるとでも思ったか!?」
彼が炎の壁を突き破ったとき、わたしは遙か上空。焼け焦げた天井からぶら下がるシャンデリアにいた。
「ううん、ただの目くらましだもん。眩しかったでしょ」
「――っ」
天井に両手をあてて嗤う。嘲笑する。
変質。あるいは巻き戻し。わたしが触れた位置から石造りの天井が瓦解し始めた。見上げていたナラクの表情が初めて引き攣った。
「おい……。おい、おい……」
目を見開いて、片頬にだけ皮肉な笑みを浮かべて。
「……あぁ、くそ……。……そうきやがるかよ、魔女め……」
「言ったじゃん。全部壊すってさあ! きゃははははははっ!!」
聖城中央。謁見の間そのものが倒壊する。謁見の間だけではない。その上方に位置する居館や塔までもが、質量となって謁見の間に降り注ぐ。
わたしは平気。多少の瓦礫が頭を打っても。魔女だし、肉体強化も肉体修復もお手の物だから。平時から常に強化状態にあるヴィルは言うまでもなく。
「ぐ……!」
でもナラクは――……。
降り注ぐ瓦礫を剣で二度三度と斬って脱出を図ろうとしていたナラクの全身が、降り注ぐ瓦礫によって打たれ、徐々に埋もれていく。
視線がこちらに向けられた。
「……あ~あ~、だめだこりゃ。魔王の成長速度を見誤っちまったか」
それを見ながらわたしは自らの肉体をヴィルのように強化して、すべての質量が降ってくる前に中庭へと脱出した。
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今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。
※明日で最終話となります。
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