み~んなオモチャ
割れて燃えさかる炎の中に落ちた鉄枷に、キャロンダイトの表情が激変した。
「馬鹿な!? 連盟から借り受けた稀少な対魔金属だぞ……!?」
――うううぅぅぅぅぅッ!!
喉の奥から獣のうなり声のようなものが漏れた。自由を取り戻した右手で、今度は左手の鉄枷をつかむ。強く、強く、怒りにまかせて。
そうして引きちぎった。強引に。金属の枷を。
けれど、わかる。これは筋力じゃない。そんなこと、わたしにはできないのだから。たぶん、この魔女ルナステラ・アストラルベインにもだ。
枷をつかむ指の裡側――血管に流れる血液に乗って、よくわからないエネルギーのようなものが発生している。それらがわたしの肉体を蝕み、変質させ、強化していると感じられる。
「く、忌々しい魔女め! 炎に油をぶちまけろ! 急げ!」
「ハッ!」
騎士が小さな樽を炎の中へと投げ込む。木製の樽はあっという間に燃え上がり、中の油を炎で広げて火勢を一気に猛らせた。
わたしの足下で揺らぎ、黒煙を上げていただけの火は、いまやわたしの頭頂部までをも飲み込むほどの炎柱となって噴き上がった。
……!
――だからどうした?
胸の裡側で誰かがそんな風に鼻で笑った気がした。
次の瞬間、わたしは両手で胴体の鉄枷を引き裂き、両足で残りの拘束を蹴り破った。全身が炎の中へと落ちていく――けれども、ああ、けれども。
胸の裡の誰かは嗤っていた。けたたましく、悪辣に、炎の中で嗤っていた。
着地する。業火と化した炎の中に。裸足で。音もなくふわりと。上昇気流で髪とスカートがふわふわ浮いている。
「……不思議……」
わたしは炎に灼かれない。たとえ全身を呑まれようとも、炎すら恐れてわたしを避ける。違う、まるで従うように。
火の中で自身の掌を眺めた。
前のカラダほどではないけれど、細い腕。指先まですらりと伸びた綺麗な手。なのにすさまじい力が漲っている。燃え盛る薪を右腕でなぎ払うと、それらは砕けながら吹っ飛んで騎士たちの足下に転がった。小さな悲鳴が巻き起こる。
キャロンダイトが半狂乱になったように叫んだ。
「き、騎士隊、魔女を殺せ! 絶対にここから逃がすな!」
――逃げる? このわたしが?
胸の中の誰かがまた嗤った。わたしか、わたしではない誰か。
額を抑えて上体を反らし、空を仰ぎながら狂ったように大笑いだ。怒りなんて消し飛ぶくらいに。
だってもう、おかしくて、おかしくて。笑っちゃう。無力な人間の分際で。
「あは、あっははははっ」
その異様な光景に、騎士らが色めき立った。
「第二騎士小隊、行くぞ! 魔術師隊は援護を!」
「おおおお――!」
「殺せ!」
十名ほどの騎士が槍を構え、こちらへと突撃する。
いくつもの鋭い穂先が突き出される。けれどもわたしは避けることもせず、長い銀色の髪に一度だけ手ぐしを入れて薄笑いを浮かべた。
「な――っ!?」
穂先はすべて、わたしの服の布でぴたりと止まっていた。ただの白い服が、まるで鎧であるかのように。騎士たちがどれだけ進もうとしても、足で地を掻くだけ。薄い布を貫くことはおろか、わたしの皮膚をわずかにへこませることさえできない。
「騎士隊、下がれ!」
わたしの知る銃声とは少し違う、妙な銃声が幾重にも重なって鳴り響いた。
詰め寄せ、それ以上は進めずに足を止めていた騎士たちの隙間から、炎や氷の塊が飛来してくる。けれど結果は同じ。わたしを害するものは、わたしを傷つけることさえできない。
誰かが胸の中でそうささやいた気がした。まるで優しく教えてくれるように。
そうして彼女は、無力な彼らを指さして陽気に言う。
――さあ、楽しめ!
その直後、わたしは本能のままに、苛立ちや怒りのままに、詰め寄せる騎士たちの集団へと向けて地面を蹴っていた。
ぐん、と景色が歪み、背後に流れる。
十数歩は離れていたはずの距離がわずか一歩、槍の穂先を避けて騎士の懐に潜り込んでいた。わたしに火をつけた執行者の騎士だ。
「よくも……っ!」
「な――っ!?」
「やってくれたな!」
拳の握り方さえ知らないわたしは、両手で力一杯、騎士の胸鎧を押した。胸鎧はまるでブリキでできているかのようにへこんだ――と驚いた直後、彼はとんでもない勢いで後方へと吹っ飛び、数十名の騎士たちを巻き込みながら転がり、地面に落ちて動かなくなった。
手足があり得ない方向に曲がってしまっていて、泡を吹きながら痙攣している。
誰もが言葉を失っていた。やった当の本人であるわたしでさえも。
胸の裡側に潜む彼女以外は。
――世界はおまえのおもちゃ箱だ!
眼前に広がるは倒れ伏した数十名の騎士たちと、腰を抜かし怯える、あるいは呆然と立ち尽くす数百名の騎士たちの姿だ。
風に流され砂煙が晴れていく。わたしに道を開くように騎士の集団が割れた。
わたしは額を押さえて天を仰ぎ、再びけたたましい声で彼らを嘲笑していた。




