バラバラになっても
剣筋は見えている。
ものすごく速い。薙ぎ払われたと思ったらもう逆袈裟に斬り上げられている。見えていたとしても、いつまでも完璧に躱せるもんじゃなさそう。
鼻先を掠めた切っ先に顔をしかめて後退する。その頃にはもう傷口は塞がっている。
わたしは着地と同時に絨毯に右手をつけて、数歩先にいるナラクへと振り上げた。大切なのはイメージして、それができると信じること。
「はあ!」
棘状に変化させたライムストーンの槍を、絨毯を突き破りながら放つ。
レニアのまねだ。火や雷が通用しないなら、質量や物理で叩くしかないのはもうわかってる。
「な――ッんっつう……!?」
ナラクの鳩尾を目がけて突き出された槍は、けれども瞬時に身をひねったナラクの脇腹を掠めて躱される。
いま――!
躱す先、そこにライムストーンの槍を絨毯の下から発射する。
完全に虚を突いた。なのにナラクは剣で足下を払って鉱石の槍を斬り飛ばし、構わずわたしの左胸へと切っ先を突き入れる。
ずぐり、と。自身のカラダから肉を裂く音がした。
「でたらめさだよ……ッ!!」
「……ッ」
鼓動する心臓が破れたのがわかった。
一瞬で気が遠くなり、そのままの勢いで押されて壁に背を打ち付け、磔にされた。全身が痺れるような激痛が走ったのはその直後。
「~~ッ」
命が血となって流れ出し、急速に力が抜けていく。
だらりと、両腕と両足が垂れてしまった。
「実戦経験を積まれちまう前でよかったぜ。だが、こいつで仕舞いだ。哀れな魔女よ。せめて安らかに眠りな」
でも。
もうわかってるよ。
心臓が破られた。うん。
――そ・れ・で?
顔を上げてわたしは嗤う。けたたましく嗤う。血まみれの唇で。
「きゃははははははっ!!」
「――!?」
「勝ったと思ったあ? 滑稽だよ、その顔!」
至近距離でナラクは表情を引き攣らせていた。まるでカイブツを見たかのように。
「わたしに――!」
目を見開いたナラクの胸を、わたしは口から血を吐きながらも両足を縮め、思い切り蹴り押した。
「――触るなっ!」
「ぬが……ッ!?」
吹っ飛んだナラクが背中から数回転転がって膝を立てる。
「ったく――! 何なんだ、こいつぁ! どうすりゃ殺せる!?」
わたしは再び地面に両足をつけて、口から流れた血液を真っ白な袖で拭き取った。しばらくぐじゅぐじゅと妙な鼓動を刻んでいた心臓が、徐々に通常のそれへと戻っていく。
ほら、もう痛みすらない。
「これでまだ魔王化してねえっつんだから、タチが悪ィぜ……」
わたしは意図的にニタニタと笑いながら、長い銀髪を掻いて振った。
でもこれ、実はただの虚勢だったりする。内心は冷や汗だらだら。
たぶん再生するのにも限度がある。傷はすぐに癒えるけど、流れた血の量次第では脳に血液が回らなくなる。願い、信じる、これが頭でできなくなったとき、わたしは本当に死ぬのだろう。
そう考えれば弱点は明白。頸だ。頸を落とされたり、脳を破壊されたら死ぬ。逆に言えば頭さえ守れれば、あと数回は死んでも平気。
でもナラクは戦闘のプロだ。やっと使えるようになった魔法もほとんど通用しない。質量や物理の魔法も斬ってしまう。ああ、わたしにもヴィルのような格闘能力があったなら。
「……次は頸でも落としてみるかね」
「――!」
ナラクが再び地を蹴った。
地面を滑るように疾走し、下段に剣を構える。
迷っている暇はない。絶対に頸だけは守らなければ。
わたしは両手を背後の壁につけて、切り出された石材で両肘から先を覆う。たぶんライムストーンよりはモース硬度が高いはず。そうして両腕を立て、自身の頸部を守った瞬間、振り上げられた刃はわたしの右の脇腹から内臓を引き裂いて入っていた。
ズシュっと鋭い音が鳴り響き、鋼鉄が肉体を通過する。
「あ……」
まぬけなわたしは、そのときになってようやく頸狙いがフェイクだったことに気づいた。
上半身が宙を舞い、わたしは上空から地面で崩れていく自身の下半身を冷静に見下ろす。
とにかくさっきのようにくっつけないと――そう思った瞬間にはもう、眼前にナラクの姿があった。半身を斬り飛ばすと同時に、跳躍して追ってきていたんだ。
頭のついている上半身の方を。
「悪いなァ。人間ってのは嘘をつく」
今度こそ頸部に放たれた刃を、わたしは石材で覆った両腕を立てて防ぐ――けど、防げたのはほんの一瞬。こつんと音がしたあと、わたしの両腕は斬り飛ばされていた。かろうじて頸は守られたけれど、再生することさえできないままにわたしは地面に落ちる。
再生、再生、再生! できる、できる、できる! わたしはまだやれる!
飛び散り流れ出した血で両腕と下半身を繋ぐ。けれど、距離が遠い。引き寄せに時間がかかる。それにナラクはもうわたしの頭の上に跨がり、切っ先を下にして両手を持ち上げていた。
照準は眉間だ。
「あばよ、なり損ない。次はまともな生物に生まれこい」
そうつぶやいて剣をわたしに突き下ろした瞬間。
「がぐ……!?」
飛来してきた何かの物体によって彼の全身はかっ攫われて、それを受け止めるような形となって転がっていた。
「ったく、今度ぁなんだっつんだ……!?」
人間だ。ナラクの横に転がっている。誰かがナラクに人間をぶつけたんだ。
こつ……こつ……足音が響く。
わたしは血液で自身を再生させながら、首を倒して足音の主の方に視線を向けた。
「ヴィ……ル……?」
「ああ」
安堵する。心から。
瞬間、堪えていた涙が血混じりの雫となって頬を伝った。
「……えへ……へ……ごべ……な……ざ……、……負……げちゃ……た……」
赤く滲んだ視界。
そこには全身を刻まれ、流れた血さえ灼かれて凝固したヴィルが立っていた。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。