五百年前の戦争
わたしは玉座の彼に尋ねる。
「残りの九割は？」
「そりゃあ知りたいよなあ。自分が殺されなきゃならん理由なんだから」
「あたりまえでしょ！」
ナラクはわたしを指さした。
「ルナステラだ」
「だからわたしは彼女じゃ――！」
「いや、中身の話はしてねえよ。そのカラダだ」
「このカラダ？ 中身が違っても、罪を重ねすぎたルナステラが生きていたら世間体が悪いってこと？」
そんなのわたしの知ったこっちゃない。
「全然違う」
この人の、他人の生き死にを語るにはもったいつけた話し方がやけに苛立つ。まるで世間話のようだ。
「話すのは構わねえが、ひとつ約束だ。俺たちはどちらかしかこの城を生きて出られん。こいつは決定事項だ。だからもし、ルナ。おまえさんが万に一つ俺を殺せて自由の身になれたときには、俺がこれからする話を常に念頭において生きていってくれ」
「どういうこと？」
「順を追って話すよ」
ため息をついて一拍おいてから、ナラクは話し始めた。
「いまからおよそ五百年ほど前、人類は滅亡寸前まで魔族に追い詰められていたことは知ってるな？」
ヴィルから聞いた話を思い出し、わたしはうなずく。
そこまで詳しくは聞いていなかったけれど、そんなになっていたんだ。
「確か人魔戦争って言ったっけ？ 魔法を使う魔族に対し剣や弓では抵抗できず、領域を侵されていた頃のことよね？ 魔術を編み出した賢者と呼ばれる人が現れる前の」
「ああ。俺たちのような七賢は、その男が戦後に作った制度だ。まあ、そこらへんのことはどうでもいい。当時、魔族を率いていたのが魔王と呼ばれる存在なんだが――」
また黙り込む。こちらをじっと見つめて。話すことを躊躇っているかのように見える。
わたしは焦れて不機嫌な声を出した。
「それがなに？ わたしと何の関係があるの？」
「ルナステラだ」
「……？」
「彼女こそが人類を最も追い詰めた魔王本人だ」
絶句した。
本当なら五百年も前の人物がどうのこうのと言い返したいのだけれど、ヴィルの話でもルナステラの観測記録は二百年前まで遡る。ナラクはともかく、あのヴィルが嘘をつくとは思えない。およそ三百年の差異は、おそらく公的機関と民間の調査能力の差なのだろう。
だとしたら、ルナステラが当時人類を滅亡寸前にまで追い詰めた魔王だというのもうなずける。
「あ……え……」
まだ頭の中が整理しきれていないわたしに、ナラクは容赦なく言葉を続けた。
「そしてルナ。おまえはまもなくルナステラとなる」
「え……」
「環境が人格を形成するのと同じくして、肉体が魂を形成するんだ」
「わた……わたしは……ルナは、どうなるの？」
ナラクが肩をすくめた。
「知らんよ。呑まれて消えるのか、それとも迎合するのか、混濁し合わさっていくのか。そいつは歴々のルナステラに尋ねてみなきゃわからん。ま、先代はそれにこたえてくれるような魔女ではなかったが」
冷たい汗が浮いた。
味方だと思っていた胸の裡の声が、急に恐ろしく感じられる。
「つ、つまり、肉体が魔王だからいずれ意思ごと魔王化していくってこと……よね……？」
「連盟はそう踏んでいる。実際に歴代の魂はそうなっていった」
「魂だけ世代交代……？ そんなこと……あるの……？」
「ある。実際に先代ルナステラは魔王とはすでに別人だった。連盟はすでに六名の別人各を把握している。おまえさんで七代目だ、おそらくな」
嘘でしょ……!?
胸の裡の声は沈黙したままだ。
「肉体と魂、そのどちらかが残れば、魔王は魔王としてよみがえる。連盟はいつの世も彼女の肉体破壊を目的に動いてきた組織だ。魂の方はどう消し去ればいいものか、わからんからな」
完全にわたしが融合してしまう前に殺す、そう言っているんだ。
「とはいえ、一応推測はある。彼女が拠点としていた天空城だ。あそこにはルナステラが救った魔女や魔法使いらが暮らしている。やつらが魔法でルナステラの魂を別人と融合させて若さを保っているという見方がある。真偽は不明だが」
魔法がどういうものか、わたしはまだよくわかっていない。
でも、信じた望みや願いを無制限に叶える力だというならば、不可能ではないのかもしれない。
「そっか。だから無力と知りながら罪のない魔女たちを狩っていたのね」
「ま、そういうことだな」
何か重く黒い異物が、胸の中で鎌首をもたげた。
それはかつてないほどの苛立ちと、そして人間に対する大きな失望だった。
気持ち悪……。
「ナラクさん。あなたはどうやってルナステラを捕らえたの？ さっきの口ぶりだと、ルナステラはあなたよりずっと強かったんだよね？ 魔王なんだから」
「世代交代のときを狙う。魂が弱れば肉体も弱る。これは連盟の研究成果だ。新たな魂を迎え入れる寸前と直後にだけ、無敵の魔王が弱体化する。おそらく五百年前の戦争でも、人間族はそうやって魔王を偶然討てたのだろうよ。運良くな」
連盟に魔女狩りを取りやめるように嘆願したところで、最初から無駄だったんだ。
「ルナステラがなぜ星引きの魔女と呼ばれているかを知っているか？ 彼女――魔王は五百年前、人間族をひとつの領地に追い詰め、長い刻をかけて星を喚んでいたんだ。頭上に落とすためにな。その痕跡として、いまも天体は狂ったままだ。彼女の魂が衰えていなければ、人間はもう滅んでいただろうよ」
ヴィルの言った通り、もう潰すしか選択肢なんてなかったんだ。
よくわかったよ。
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