星引きの魔女
そう、バケモノ。例えばあのワイバーン並みか、あるいはそれ以上の。
薄ら寒い。剣から目を離すなと本能が囁く。
でもまあ、わたしはここに戦いにきたわけではないから。あくまでもお願いにきただけ。そのために誰も殺さずにきてあげたのだから。
その……ために……?
そうだっけ……?
額を押さえて頭を振る。
何か変だ。ルナステラの影響かもしれない。
人殺し、だめ。
深呼吸。
一拍を置いて両手を挙げる。降参ポーズ。そうして交渉を持ちかけるために口を開いたとき、キャロンダイトが先に言葉を発した。
「ふ、ふははははっ! 私を殺しに戻ってきたか、醜悪な魔女め! だが、私とてそう易々と殺られはせんぞ!」
そうして隣に立つ剣士……か何かわからない人を指さして叫ぶ。
「この者に見覚えがあろう!」
「……? あ、はじめまして。えっと、わたし、ルナと申します」
いまさらながらかな~と思いながらも挨拶をすると、その人は一瞬眉根を寄せたあと、視線を背けてぶっと噴き出した。肩を震わせて笑っている。
「く、くく……! ふ、はははは!」
「ルナステラに似てるって言われるんですけど、別人です……よ?」
何かおかしなことを言っただろうか。よくわかんないけど愛想笑いしとこ。
ニタァ……。
なんか邪悪な感じになっちゃった!
「貴様はまだそのような世迷い言を――ッ」
キャロンダイトが何かを言いかけたとき、その男性はそれを手で制した。それだけでキャロンダイトは口をつぐむ。不満そうな顔をしているけれど。
なんとなく、ふたりの力関係が垣間見えた気がする。
でもこのラーズヴェリア神権国で最も権力を持つ人間は、おそらく聖王であるアルマイド・キャロンダイトであることは間違いない。
だとしたら、この人は。
「こりゃあご丁寧にどうも。俺は討魔連盟のナラク。……先日、魔女ルナステラを捉えた者だ」
連盟……! それもルナステラを捉えた魔術師……!?
「七賢ですよね?」
「そうだよ。まあ、ちょいと特殊なんだが」
ナラクは少し顎をあげて、睨めつけるようにわたしを見ている。彼の視線が這った箇所に、鳥肌が立っていく。
何かをされている。それがわかるのに迂闊に動けない。
やがてナラクは自身の顎に手をやると、無精髭を撫でながらつぶやいた。
「ん~。なるほど、なるほど。そういうことか」
そうして剣を抜くでもなく、キャロンダイトに向き直って適当に言い捨てる。それも、追い払うように手をひらひらさせながら。
「聖王さんよ。ちっと席を外してくんねーか」
「何を言う。私はこの国の王。魔女の死を見届ける義務がある。いかに連盟といえど、一国の王に退席を命じることなどと、思い上がりも甚だしいぞ、貴様」
ふー……とナラクがため息をついた。
瞬間、骨まで冷えた。もはや鳥肌などというものではなく、悲鳴を上げかけた。カラダが硬直して動かなくなった。
氷の魔法――ではない。ああ、うん。わかる。カラダの記憶だ。
これ、とんでもない濃度の殺気なんだ。
「キャロンダイト聖王サマよ。これは命令じゃあない。お願いってやつだ。庶民のお願いを聞いてやるのも王の務めだろ。頼むから俺を煩わせるなよ。……あんたにも覚えがあるだろ。それまで大切だったものが、ある日突然、いくらでも替えが利くものだったって気づくことが」
「ぐ……う……」
「失せろ凡人。邪魔だ」
目線を合わせているキャロンダイトの恐怖は、わたしが感じるものの比ではなかっただろうと、容易に察することができる。
彼は飛び上がるように立つと、躓いて転びそうになりながら謁見の間から出ていった。あいかわらず虫けらみたいな男だ。
正直追いかけたいけれど……怖くて目が離せない。気づくと足が震えていた。
「ふー……」
ナラクは何の躊躇いもなく玉座に腰を下ろして足を組んだ。
「やっぱ玉座ってのは座り心地がいいね。ああ、権力的な話じゃあないよ。そういうのにゃ興味がない。あくまでも椅子の話だ。なんてったって腰が楽だし、肘おきも悪くない。ごちゃごちゃ趣味悪く装飾されちまってることを除けばな。……手触りだけが悪い」
「あ、あの……、わたし――」
手を上げて言葉を止められた。
「ルナステラではなくルナなんだろ。理解した。信じよう」
「え?」
信じるって言った? もしかして話がわかる人なの?
彼は肘おきに置いた腕に顎を乗せて、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
「だとするなら、やはりルナステラは相当弱体化していたか。星引きの魔女に俺の剣ごときが通用したわけだ」
「えっと……? あの、わたしがルナステラじゃないって信じてくれるの?」
ナラクが顔を上げた。
「ああ。そう言っただろ?」
わあ、こんなにあっさり。これでもう自由の身かしら。
「だが――ふぅ……言わんとすることはわかるが、おまえを見逃すことはできん」
「それはあなたが魔女を狩る七賢で、わたしが魔女だから?」
「ん~」
腕組みをして考え込み、絞り出すようにこう言った。
「まー理由の一割くらいはな」
一割……?
「要するにだ。んなこたぁ、どうでもいいんだ」
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