魔女になった少女
一瞬。ほんの一瞬たりとも、頑強に閉ざされた扉はわたしを阻めなかった。
蝶番がちぎれて扉は曲がり、直後に足裏をぶつけて蹴破る。
「はいどーん! あはははは! わたしつっよ! 超健康体じゃん! ね?」
その後ろで必死で扉を閉ざしていた騎士五名を巻き込んで吹っ飛ばして。
騎士五名を下敷きにした大きな鉄扉を踏みしめて、わたしは堂々と歩いて入城した。
わたしを追っていた騎士たちが、その光景に絶望の表情を浮かべる。
「なぁんか楽しくなってきちゃった」
そう言いながら振り返ると、彼らは追う足を止める。おびえが見える。慣れてきたな、こういう光景にも。だから嗤う。ニタリと。
魔女のように。魔女らしく。
そうして声を潜め、彼らを指さし、静かに囁く。
「うふふ、逃げていいよぉ。わたしは、あなたたちを追わない。殺されかけたけど、それでも追わないでいてあげる」
ひとりが武器を足下に置いて踵を返した。
「こ、こんなバケモノとやってられるか……」
けれど別の騎士が彼の鎧をつかんで引き留める。
「待て! 我々には女神エ・レがついている! エ・レの加護を信じろ!」
「エ・レが俺たちに何をしてくれたんだ!?」
「愚か者め! 俺たちの祖先はエ・レの加護により人魔大戦を生き延びたのだ! だからこそ、いまここに貴様がいて、この国がある!」
彼はその言葉を鼻で笑った。
「殺されたやつには信仰はなかったとでも?」
「……!」
つかまれた手を振り払い、臆した騎士は走り去っていった。それに倣い、ひとり、またひとりと武器を捨てて離脱していく。魔術師も同様にだ。
ひとり残った騎士も切っ先は震え、呼吸が荒い。
「お、俺は、ひ、ひとりでも戦うぞ!」
ため息が出る。
ほとんど無意識に、わたしはこうつぶやいていた。
「へえ? 人間ってこんなにも愚かになれるんだ……」
そうして片手をあげる。
瞬間、彼は武器を捨てて中庭へと脱兎のごとく逃げ出した。
本当に、愚かだ。その上、哀れで、卑しい。未熟で、自惚れていて、強欲。
踵を返し、わたしは城内を歩き出す。
時折わたしを見て逃げ出す人はいたけれど、もう襲いかかってくる人はいなかった。たまにいたけれど、本気で殺せると思ってはいないみたい。
加減をして剣を振り下ろし、躱されたところで小声で許しを乞う。立場を守るために戦ったという事実がほしいだけなのだろうと、すぐにわかった。
「……た、頼む、見逃してくれ……。……命令されてやっただけなんだ……」
くだらない。くだらない。つまらない。つまらない。
寄って集って力のない魔女を狩ることしかできない人たち。
あ~あ、さっきまではあんなにも楽しかったのに。
「か、金なら、いくらでも……。に、二度と魔女には手を出さない……」
泣きそうな顔で情けない愛想笑いをしている。殺される覚悟がないなら、殺すために存在する騎士なんてもの、やめてしまえばいいのに。
何の感情も湧かない。もういいや。殺してしまうか。
手を伸ばすと、彼が息を呑んだ。
「ひ……」
でも。
唐突に脳裏にヴィルの顔が浮かび、わたしはため息をついてその手を止めた。
「邪魔」
蹴った。
顎を蹴り上げると、その騎士は大きく吹っ飛んで頭から落ち、ひっくり返って気絶した。これで彼の望み通りだろう。せいぜい胸を張って「自分は勇敢に魔女と戦った」とでも吹聴して生きるといい。
もっともそれは、わたしが去った後もこの国があればの話だ。
自分の長い銀色の髪を乱暴にひと掻きして、わたしは再び歩き出す。
やがて進むほどに人の気配は消えていった。薄闇で揺れるランプの火だけが歓迎してくれるみたい。
謁見の間らしき扉に辿り着くまで、そう時間はかからなかった。聖城は広かったけれど、それは権力を象徴するかのように、ど真ん中にあったから。外から見れば大きな大きな鐘の吊されていた建物だ。
巨大な女神像の前に玉座があり、そこには青ざめたキャロンダイトが腰掛けていた。祈るように手を組んでね。隣にはたった一名。伸び放題の黒髪と無精髭の中年男性がいる。
「……」
体型は痩せぎすで、すらりと背が高い。王を守る騎士なのだろうか。腰には剣を佩いている。けれど、側近にしては服装は簡素で、薄汚れた白のシャツと、何の変哲もないパンツ姿だった。
ただ垂れ下がる前髪の隙間から覗く眼光は、とてつもなく鋭い。
ざわ、ざわと、肌が粟立った。
わかった。たぶん、この人、バケモノだ。
楽しんでいただけましたなら、ブクマや評価、ご意見、ご感想などをいただけると幸いです。
今後、作品を作っていく上での糧や参考にしたいと思っております。




