淑女のノック
槍の穂先を躱して柄をつかみ、奪い取ってでたらめに振り回す。
騎士の魔術師もどんどん吹っ飛んで、柄が折れて曲がってしまったところで騎士たちへと向けて投げ捨てる。目くらまし代わりに大地を踏み抜いてレニアのように地面を持ち上げ、揺れる足下に気を取られた敵へと体当たりをする。
なのに――。
刑場とは違う。誰も諦めてはくれない。心が折れない。怯えながらも勇敢にかかってくる。キリがない。
「殺せッ!!」
「おおおおお!」
横に薙ぎ払われた剣を後退して紙一重で躱し、すぐさま踏み込んで拳を突き出す。ゴッと腕に衝撃が走り、騎士が他の騎士たちを巻き込んで吹っ飛ぶ。
すぐさまわたしの全身を炎が包み込んだ。むろん、そんなものは効かない。
わたしは片手で炎を払って、突き出された槍を躱しながら突進し、胸鎧の縁をつかんで魔術師隊の方へと投げ飛ばした。
「ぐ……っ!」
巻き込まれて潰された魔術師は気絶したみたいだけれど、その騎士は膝を立てる。
「まだだ……! ――諦めるな! やはり魔女は弱体化しているぞ!」
「そうだ、以前のルナステラはこの程度ではなかった! いま仕留めねば、また手に負えなくなる! 力を取り戻す前に全員でかかれ!」
「うおおおおおっ!!」
刃が迫る。
ここからひとりで逃げるのは簡単だ。でもヴィルを救いにはいけない。
焦燥感に駆られる。苛立ちが募る。
――いっそ皆殺しにしてしまうか。
こちらも簡単だ。心の箍を外すだけでいい。処刑台の枷を引きちぎったように鎧の鋼鉄を引き裂き、中の肉を貫けばいい。それだけだ。
ざわりと、全身の毛が逆立った。まるでそこから殺気が噴き出したかのようにだ。
そんなわたしを見て、押し寄せる騎士たちの一部、わずか数名が息を呑んで立ち止まった。
「ひ……」
違う。違う。
頭を振る。
仮にヴィルが敵の手に落ちていたとしても、この国をわたしが先に押さえてしまえば処刑は行われない。なら、わたしのすべきことは救いに戻ることじゃない。進むことだ。
よし! 決めた!
このままヴィルのところまでこの人たちを引き連れて行くくらいなら。
わたしは煌びやかな明かりの灯った聖城を見上げた。
空が白み始めている。夜明けが近い。時間が経つほどに状況は悪化する。
だから、ここから先は考えない。迷わない。彼を助けられるのはわたしだけだ。
「どけ……!」
押し寄せる騎士たちへと目を向けた。
一蹴りで数十歩分を低く跳んで足から滑り込み、彼らの中央を突っ切る。足甲に守られた何本もの足を足裏で蹴って撥ね除け、勢いが止まると同時に走り出した。方角は、彼らが形成した陣形の、最も分厚い方へとだ。
雨のように剣が降ってくる。
「来たぞ! 殺せ!」
「仕留めろ!」
わたしは右へ左へステップを踏んで躱し、ときには剣を奪って受け止め、投げつけて蹴り倒す。何度か服や頬を掠めたけれど、足は止めない。
胸鎧の胸ぐらをつかんで騎士を振り回して叩きつけ、踏み潰しながら走る。格闘技なんて習ったこともないから、我ながらめちゃくちゃだ。
「おい、騎士隊! 邪魔だ、下がれ! 魔術が撃てん!」
「クソ、なんだこいつ……!」
「と、突然動きが!」
それでも荒事にも慣れてきたせいか、昨日よりは幾分冷静だ。
「速すぎる!」
「と、通すな!」
我ながら今日は騎士たちの動きがよく見えていると思う。
走り込み滑って剣を躱し、突き出された槍の穂先を低く跳躍して避け、首を狙って薙ぎ払われた刃を飛び込み前転で躱し、逆さになったところで足を広げて蹴り飛ばす。
前へ、とにかく前へ。
「だ、だめだ、止められん!」
「誰か魔女を止めろ……! 城に入られてしまう……!」
カラダが思い通りに動く……!
高揚する……!
あは……っ。
跳ね上がり、大地に足をつけたわたしへと氷の弾丸が飛来した。眼球の動きだけでそれを捉え、走りながら頭を低くする。
通過――と同時にガンと金属音が響いて、わたしを挟んで魔術師と反対側に立っていた騎士が吹っ飛んだ。
ありゃ……。
その仲間の騎士が、魔術師隊に叫ぶ。
「やめろ、魔術を使うな! 同士討ちになってる!」
「ならばそこを退くがいい!」
「貴様ら騎士が不甲斐ないから、我らが手助けをしているのだろうが、蛮族がッ!!」
「なんだとッ!? 我らを侮辱するのか!?」
ええ~、勝手に喧嘩始めちゃった……。雑魚同士、仲良くしたらいいのに……。
追いすがる騎士を振り切って、わたしは眼前の扉を見据えながら走る。けれど、徐々に閉ざされていく。間に合わない。数歩を残し、城内へと続く大きな扉は閉ざされた。
――だからどうした?
何度目だろう。彼女が嘲りながらそう囁くのは。
わかってるよ、ルナステラ。
「こ~んばんは~」
わたしは走る勢いを乗せて拳を握りしめ、引き絞る。歯を食いしばって。
そうして分厚く重い扉へと、限界まで振り絞った力で叩きつけていた。
……淑女だからね。
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