魔女は嗤う
わたしは中庭に着地する。ひとりで。
戻らなくちゃ、ヴィルが。
そう考えて尖塔の方を振り返った瞬間――!
城中の明かりが灯った。その眩しさに手をかざす。
「なんで……!?」
侵入することを最初から知っていたみたいに。いや、知っていた。知っていたから、空で迎撃されたんだ。イオニールさんじゃないだろう。たぶん、ルナステラならそうするからだ。あるいはそういう過去があったか。
物陰から人影が飛び出してきた。
「~~っ!?」
それは真っ赤なローブを着込んだ少女で、そして一瞬たりとも止まることなく――!
「死ねよ、おまえ!」
大地を掬い上げるように右腕で掻いた。
直後、彼女の足下からめくれ上がった大地が大量の土砂となってわたしに襲いかかる。
レニアだ――!
「薄汚い魔女の分際で、あたしのヴィルに色目使ってんじゃねえッ!」
嘘でしょ!? そんな男子の取り合いをする女子校生のような理由で殺されるの!? 誤解だし!!
家屋一軒を覆うほどの土砂が津波のように頭上で崩れた。
「――ッ」
尖塔の壁があるから下がっても逃げ切れない。横に回避するには幅が広すぎる。
避けられない……!
「うあ……っ」
だからわたしは両腕を顔の前でクロスして、耐える――のではなく、自分から大質量の大津波の方へと地を蹴った。
「この――!」
土砂と全身がぶつかり合う――!
衝撃が全身を貫き、骨まで染みた。重く、そして不自然に堅い。突進した足は完全に止まり、押し切られそうになっている。いまにも潰されそうで、わたしは歯を食いしばる。
彼女の声が聞こえたのは、そのときだ。半笑いで。
――この程度の児戯に手こずるのか?
カチンときた。これまで何度呼びかけても黙っていたくせに。
ふがいなさに対する苛立ちと、ヴィルを救わなければという焦り。それらが怒りとなって八つ当たりのように胸の裡へと向けられる。
「うるさい! いまそれどころじゃないんだから、ちょっと黙っててッ!!」
でも、そう。
潰されている場合ではない。できるかできないかではない。やるんだ。これまで何度ヴィルに救われてきたか。いまやれなければ彼を助けに行くことさえできない。
だから、わたしは、やる――!
胸の裡の声が声を上げて嗤った。嘲笑か。いや、違う。爆笑だ。
他人事だと思ってえぇ……!
彼女は何かを言いかけた気もするけれど、そのときにはもうわたしは大声を上げながら。
「わああああああああ!」
足で地面を掻き、限界まで身を細くして、両腕ではなく頭から土砂の中へと自ら跳躍していた。ズガガと音が鳴り響き、全身が土に包まれ――けれどもそれは一瞬のことで、わたしは土砂の裏側まで飛び出していた。
土や石を伴いながら。舌なめずりをして。
「なぁんだ、案外チョロいじゃん!」
「な――っ!?」
眼下ではレニアがわたしを見上げて驚愕している。
いい気味。
わたしは嗤う。本物の魔女のように悪辣に。
だっておもしろいんだもん。その顔。嗜虐心を掻き立てられちゃう。
「あはっ、もう一発いっとけバカ女!」
降下しながらの平手――!
渾身の力を込めて放つ。
「冗談ッ」
土砂津波でぼろぼろになった大地が迫り上がり、わたしとレニアの間に何重にも分厚い壁を形成する。けれどもわたしの平手はそれらを卵の殻のように簡単に割って、割って、割って。当たり前のように割って。
「ひ――っ」
驚愕から怯えに変化したレニアの表情さえも、岩が覆う。
けれど、それがどうしたの?
わたしの平手は頬を守る岩ごと、治療されたばかりの彼女の左頬を再び撲っていた。
「げぺッ!?」
ドパンとすさまじい音が鳴り響き、首がねじれた。
レニアの全身が岩の破片とともに、小さな人形のように吹っ飛んでいく。頭から大地に落ちて跳ね上がり、再び叩きつけられて転がり、再び白目を剥いて気絶した。
「ふー……」
若干やり過ぎた気もするけれど、たぶん大丈夫だ。
彼女が地面に落ちる瞬間、大地がスプリングでも仕込んでいたかのように不自然に撓むのが見えた。昨日もこれで助かったのだろう。
レニアの口から泡が湧いてきている。
ああ、でも。
ん~。何だろう。
わたし、高揚してる……!
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