えっぐいプロポーション
――!
髪色が銀色になっている。腕も枯れた細枝のようだった病人のものではなく、白く、でも健康的にすらりと伸びているし、身長を確かめようとして足下をのぞき込んでも、上下を鉄枷で抑え付けられた大きな胸が邪魔をして足先が見えない。
……えっっぐいプロポーションだ。ちょっと嬉しいけど、いまはそれどころじゃない。
自分じゃない。星野月菜じゃなくなっている。
どうして? 物語のように死んで転生した? だとしたら、このカラダの幼少期の記憶は? そもそもこれは夢? 本当に現実?
疑問が浮かんでは何一つ解消されることなく消えていく。
頭の中がパニックだ。
もしかしたら、この肉体の本来の持ち主こそが神父の言う魔女ルナステラ・アストラルベインなのだろうか。けれどわたしには魔女として生きた記憶なんて一切ない。
別人であることを主張して誤解を解こうにも、これでは信じてもらえるわけがない。
「魔女の罪状をよこせ」
神父がそう命じながら、記録係の修道士へと手を伸ばした。
「はっ」
修道士はすぐさま懐から巻物のように丸めた紙を取り出して伸ばし、神父の両手に掛けるように置く。横に長い紙だ。とても。行数など計り知れないほどに。
途端にわたしへの嘲笑が息を潜めた。
処刑場に静寂が満ちる。
それを待っていたのか、居住まいを正した神父は再び朗々と声を張った。
「耳ある者は聞け! これよりラーズヴェリア神権国神聖帝アルマイド・キャロンダイトが、魔女ルナステラ・アストラルベインの罪状を述べる!」
神父風の男性――キャロンダイトが渡された紙に視線を落として、ありもしないわたしの罪状を読み上げ始めた。
大逆罪に王族の……殺害。傷害に遺棄、建造物侵入に損壊、魔女刑執行妨害に強盗窃盗恐喝犯人隠匿名誉毀損侮辱暴行公然わいせ――公然わいせつぅ!? 何したの、この魔女!?
キャロンダイトは言葉を途中で切って、首を左右に振った。
「もうよい。口にするも悍ましい。もはや十分であろう。そもそもが魔女であるというだけで、連盟法では死罪。――いや、駆除の対象だ」
わざわざ言い直し、騎士たちの笑いを誘う。こいつ、嫌い。
そうして彼は、突然その言葉を吐く。
「刑を執行しろ」
世界が沸いた。騎士たちから歓喜の声が響く。ううん、騎士たちだけじゃない。
今になって気づいた。数百もの騎士たちがいる処刑場の向こう側。木の柵に隔てられたところには、さらに多くの人々が詰め寄せている。
彼らが一斉に声を上げたんだ。
刑場の木製の柵を両手でつかんで、揺らしてだ。
――魔女を殺せ!
――異端を排除しろ!
――早く殺して! 生きていたら安心して眠れない!
悪意が渦巻いている。
だめだ。このままじゃ。殺される。まさか中世の魔女狩りに巻き込まれてしまうなんて。
わたしは必死で叫んだ。自分の名を。
けれどもわたしの声は憎悪に塗りつぶされ、この国の民には届かない。
――殺せ、殺せ、殺せ!
――魔女を殺せ!
――殺せ、殺せ、殺せ!
松明を持った騎士がやってきて、何の躊躇もなくわたしの下に組まれていた薪に火をつけた。
わたしは必死で身をよじり、逃れようとする。けれど金属の枷が外れない。柱のような太さの磔台も壊せない。
裸足の足裏に熱を感じる。焦りで涙と汗が顔中から滲んだ。
コン、と音がして視線を向けると、投げられた石が転がっていた。
――その魔女を殺せ!
――悪辣な魔女を灼いて浄化して!
――凶悪な魔女を灰にしろ!
次々と石が飛来する。
怖い。渦巻く悪意が。殺される。わたしにそんな感情をぶつけないで。
やがて煙が上がってきた。
咳き込み、目に染みて、涙が止まらなくなった。足に熱が這い上がる。黒煙はもはや顔にまで達し、息を止めては咳き込み、煙を吸うことを余儀なくされる。
苦しい。苦しい。苦しい。胸が痛い。なんでわたしがこんな目に。
わたしばかりが……。
――穢れた血の魔女め!
――人の世から去れ!
――醜い死に顔を曝せ!
飛来してきた石のひとつが、こめかみを掠めた。
鋭い痛みが走った。それが起点となる。感情の。怒りの。
どうして、わたしばかり。
「……っ」
かろうじて開いた目で見る世界は赤黒く染まっていた。それが割れた額から流れた血なのか炎の色なのかはわからない。悪意の歓声が重なって聞こえる。
炎と憎悪。怒りが蓄積されていく。
嫌だ。さっき死んだところなのに、またすぐに死ぬなんて。それもこんなに訳のわからない状況で。冗談じゃない。
ああ、腹が立つ。腹が立つ。腹が立つ。
――殺せ、殺せ、殺せ!
――異端の魔女を殺せ!
――殺せ、殺せ、殺せ!
病魔に勝てずに無力を噛みしめ死んでいった日のように。
――そうだ、怒れ。
魔女。本当にこの肉体が魔女であるのなら。
魔法! 使えるんでしょ!!
「う、ううぅぅぅッ!!」
心臓がぐにゃりと脈打った。
途端に足下の火をも凌駕する熱が、全身からあふれ出す。銀色の長い髪も、身に覚えのないスカートも、すべてが上昇気流に乗って舞い上がった。
瞬間――!
バキンと音がして、右手を拘束していた鉄枷が割れた。
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