ただ走るだけ
処刑場から飛び出したわたしたちは聖都へと足を踏み入れる。もっとこう、壁とかに囲まれてるのかなって思っていたけれど、そんなものはなかった。
徐々に建造物が見えだして、いつの間にかそれが密集していくだけ。カリゴールと同じ。でも、聖都の方がずっとキレイで先進的な形状をした建造物ばかり。
ちゃんとした窓があって、三角屋根で、石材や木材は塗装されている。区画も整理されていて道はまっすぐに伸び、走る地面も石畳で舗装済みだ。
それさえ街道のものよりずっとキレイ。きっちりと同じ形状に切り出された石が同じ間隔で敷き詰められていて、セメントのようなもので固定もされている。街灯だって一定間隔で置かれているくらいだ。
そもそも街道は石畳が途切れて土を固めただけになっていたところもあったし、街灯の間隔があまりに広すぎてほとんど真っ暗なところもあった。
ここにはちゃんと、人々の暮らしがある。
わたしは走りながらつぶやく。
「カリゴールとは全然違う国に来たみたい」
「故郷に似てるのか?」
「う~ん、どうかな」
時代も国も違う。
でも、本質的には。
「ここもあと何百年かしたらそうなると思う」
ヴィルは首を傾げている。
まあそうよね。想像もできないと思う。空に届くほどのビルや、夜の闇程度では消えない明かりや人の声、我が物顔で走ったり空を飛んだりする金属の塊なんて。
思い出すと懐かしいな。最期の方はほとんど病院のベッドだったから。
「そうか。それを見届けられるとはうらやましい限りだ」
「へ?」
「言っただろう。ルナステラは戦後から存在している。年齢を重ねることなくだ。おまえはこの世界の行く末を、ずっと見届けることができるだろう。魔法使いではない俺にはできない芸当だ」
ピンとこない。でも、そっか。
ルナステラが不老や不死だった場合、ヴィルは先に寿命で死んじゃうんだ。
……あまり考えたくないや、そんな先の話。
わたしは頭を振る。
「ルナステラって戦中から生きてたのかな?」
「さてな。それを尋ねようにも本人がもういない。もっとも、かつての彼女ならば尋ねたところでこたえてはくれんだろうが。曰く、知りたくばわたしを屈服させてみろ、だ」
「え~? かっこヨ」
まあ、敵同士じゃね。
街灯ではない、ぼんやりとした明かりに、ヴィルがわたしの手を取り、そのまま路地裏へと駆け込んだ。
「どうしたの?」
「巡回騎士だ。見つかれば面倒だから、屋根を行く」
「屋根?」
ヴィルがわたしをひょいと抱え上げて地面を蹴った。ふわり、と浮遊感がしたと思ったら、わたしたちは音もなく家屋の三角屋根の上にいた。
たくましい腕の中から下ろされる。
「飛び移るぞ」
「あ、はい」
筋肉ダルマの巨体であるにも関わらず、ヴィルは足音をほとんど立てずに走り出した。屋根の端まできて跳躍、別の家屋の屋根へと着地する。鳴った音はほんのわずかな軋み音くらい。
「よ~し」
わたしも。
トトトトと、走る音が鳴ってしまった。とても小さいけれど。
なんでぇ?
家屋の屋根に飛び移ることに不安はない。そりゃあ、街道であれだけ速く走れてあれだけ長く跳べたのだから、これくらい。
ヴィルの隣に降り立つ。
それを確認してからヴィルは再び走り出した。わたしはそれを追う。
今度はもう足を止めず、夜気を全身に浴びながら屋根から屋根に飛び移り、月の方へ。見回せば前も右も左も建物だらけ。聖都ってこんなに広かったんだ。
「あは……っ」
気ン持ちいい!
長い銀髪が靡く。わたしは両手を広げて夜風を浴び、空中でカラダをフィギュアスケーターのようにスカートを舞い上げながら回転、着地する。
楽しい~!
足は止めない。ヴィルのたくましい背中を追いかける。
ふいに彼が肩越しに振り返った。呆れたような笑みでだ。
「おまえはいつも楽しそうだな」
「う……っ」
「だってこんなふうに想像通りにカラダが動くだなんて。世界のすべてが気持ちいいんだもん」
もちろん目的は忘れていないよ。
「ルナステラは違ったの? 魔法でなんでもできたんでしょ、彼女?」
「やつはいつも不満げな顔をしていたよ。俺はそれが気に入らなかった。だから――」
言葉が途切れて、しばらく。ヴィルが続きを語ることはなかった。
ただ無言で走り続けるのみで。でも、そのときのヴィルの顔も少し不満げに見えた。
「そうなんだ」
わたしの足音が聞こえてしまったのだろう。地面を行く巡回騎士が不思議そうにランプを持ち上げたけれど、あさっての方向を照らしていた。
静かな夜を飛ぶようにふたつの影が駆ける。
月を背負って聳え立つ聖城まで、あと少し――。
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