急成長する魔女
イオニールさんの自宅廃墟からは、深夜のうちに旅立った。
わたしたちは元来た道を走りながら戻っていた。ただし、今回はヴィルに背負われていない。せっかく走れる足があるのだから、思いっきり走ってみたかったの。
適当なお店で買った、薄っぺらな安い靴で。
「夜明け前に間に合う?」
「おまえ次第だ。それともまた背負うか? 俺は構わんぞ。よき筋トレになる」
「ちょっと自分で走ってみたい感じ」
「そうか」
草原を行くヴィルの足は速い。彼はどんどん走っていく。心肺機能も異常だ。一瞬たりとも速度を緩めない。足下でぺたんこになっていく地面と雑草たちがかわいそう。
わたしなんかがついていける速度域じゃない。本来なら。
でも。
「――っ」
つま先で強く地面を蹴る。
ぐんと全身が前に跳ねる。視界の端、景色が歪んで見えるほどに。風を受けた髪やスカートの裾を置いて、わたしはとんでもない距離を駆ける。
カラダが軽い。でも、それだけじゃない。
走り出した当初こそ、わたしはヴィルに何度も置いて行かれ、そのたびに彼は立ち止まって足踏みをしながらわたしを待ってくれていた。
でも、なんとなくわかってきた。魔法の使い方だ。
七賢レニアに平手を叩き込んだときも、騎士数十名を吹っ飛ばしたときも、わたしはほとんど無意識だった。普通に叩いただけ、普通に押しただけ。怒りながら。その結果があれだ。おそらく力の源泉は「そうしたかった」という願いから。
願うだけなんだ。胸の裡の声がそう囁いたように、願って、自分を信じて、そして行動をするだけ。ただそれだけで、魔女は魔法を使える。
「ルナ?」
「……」
だから、もっと速く、もっと速く。地面を一度蹴るだけで数メートル、数十メートル。そう願い、できると信じる。それだけで、あっという間に風圧で息ができないくらいの速度域に。
できた……!
さっき体内で何かが爆ぜたのがわかった。これが魔法なのだと理解した。
速度が上がり、ついにヴィルに並ぶ。
「ほう、一晩で筋肉を成長させたか。やるではないか」
「違うんだけど~……」
「だが、まだまだ俺も負けんぞ。うなれ、俺のヒラメ筋!」
わたしに並ばれたヴィルがさらに速度を上げた。
大地が爆ぜた。わたしが一歩踏む間に、ヴィルはその数倍を踏む。ヴィルの歩幅も伸びた。ぐんと、彼の速度が上がる。視界は大きな背中。
「はっや……!」
むー。負けたくない。
だからわたしは願う。もっともっとと。自分の想像力の及ぶ限りに。
魔力が全身を駆け巡っていくのがわかる。わたしの願いを燃料にして、体内で爆発する。
うわっ、とんでもない速さで前に進んでいるのに、後ろに引っ張られる感覚――!
彼の大きな背中が迫ってくる。少し振り返ったヴィルが、ニヤリと笑った。
「街道へ入るぞ! 深夜とはいえ旅人はいる! 慣れん速度でぶつからんように気をつけろ!」
「う、うん!」
もうわけのわからないスピードだ。草原から街道の魔導街灯が見えたと思った直後には石畳をすでに踏んでいたし、遠くに旅人が見えた後に瞬きをした次の瞬間には、もう眼前にいる。
「わ……!?」
蹴り足の方向を瞬時に変えて、掠めるように追い抜いた。草原に飛び出したわたしは、よろけながらもすぐさま街道へと軌道を戻す。
旅人さんは追い越されたことに気づかなかったらしい。自身の左右で突如吹き荒れた暴風に、キョロキョロと視線をやっただけ。あとはもう置き去り。
すごい、すごい……!
「どうだ、自分の肉体で走る感覚は!」
「さいっっっこー!」
わたしたちは別の旅人を躱して突風のように疾走する。
今度は馬車、大型だ。街道の端から端まで届くほどの客車を引いている。夜間バスみたいなものかしら。
「はっはーっ、跳び越えろ!」
「うん!」
客車の背部が迫り、わたしは地面を蹴った。
耳元で風が轟々と鳴っていた。空気が壁のように堅い。けれどもわたしたちはそれを全身で突き破り、客車を越えて御者を越え、馬車を引く二頭の馬の前に着地し、続けて疾走する。
着地の瞬間、馬が驚いて一瞬暴れたけれど、御者さんが慌てて制御したのが見えた。その頃にはもう、わたしたちは遙か遠く。
あーもー! 楽しーっ!
その後も、馬車はおろか走る馬さえ追い抜いて、わたしたちは街道を駆けた。
「聖都が見えてきたぞ」
「もう!?」
夜明けまでだいぶ余裕がある。
昨日は半日近くかかった道のりが、今日はその十分の一程度だ。だいぶ速い。反面、これに追いついてきた七賢レニアの異常さがよくわかる。
もう聖都にはいないといいけれど……。
「ヴィル、ちょっと寄っていい?」
「どこへだ? まだ余裕はあるが、キャロンダイトの所在次第では時間がなくなる」
「大丈夫、すぐに終わるよ」
わたしは街道から少し外れた場所にある、魔女狩りの処刑場を指さす。
終わりと始まりの場所。柵を跳び越えずに、わざと体当たりで破壊してから跳躍し、火刑台に狙いを定めて両足を曲げる。
罪のない人や魔女というだけで他人を殺すようなこんな場所――!
「――絶対にない方がいいに決まってるんだから!」
そのままの勢いでわたしは十字架を失った処刑台を木っ端みじんに踏み抜きながら着地した。薪を置く台だけは石造りだったから壊れなかったけれど――と思った直後。
真っ二つに割られた台座がわたしの左右に転がった。突き出された拳には傷ひとつない。なんか謎の煙が出ているけれど。
もしかして摩擦熱?
ヴィルは事も無げに言う。
「これでいいか?」
「サイッコー!」
お礼を言いたいのに、なぜだか引き攣った苦笑しか出なかった。
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