無駄肉紳士
イオニールさんが歩き出したとき、わたしは不意に思い出す。
「そうだ。あの、イオニールさんは連盟の拠点がどこにあるか知っていませんか?」
それは意外な質問だったらしい。
立ち止まったイオニールさんが振り返り、一瞬目を丸くしたあと、首を左右に振った。
「いや? 世界規模での極秘事項らしいからね」
「それを知っている人に心当たりはありませんか?」
「そうだねえ。出資者で一国の王であるキャロンダイトなら知っているんじゃないかな」
だったらちょうどいいかもしれない。
「ありがとう」
「……その質問の理由は追求しない方がよさそうだ」
「あっ」
慌てて両手で口を覆う。その様子にイオニールさんが少し笑った。苦笑だ。
そっか。しまった。
ヴィルなんて、うつむきながら肩を震わせて笑っている。
こういうことは聞いちゃだめなんだ。ましてやルナステラのカラダなのだから、余計に。
「聞かなかったことにぃ~……」
「はいはい。じゃ、おやすみ。ふたりとも」
そう言い残して、今度こそイオニールさんは去って行った。
ヴィルが立ち上がり、わたしを促す。
「寝室はこっちだ」
「うん」
廊下に出て、ひび割れた壁の廊下を歩く。
補修だらけだ。でもなんだか温かい気がする。ぬくもりがある、みたいな。掃除も行き届いているし、案外住み心地もよさそう。
そんなことを考えていると、ヴィルがふいに振り返った。
「ルナ」
「ん?」
わたしは彼を見上げる。
「いつにするんだ?」
「何のこと?」
「聖都に殴り込むのだろう」
バレてた。
でも違う。お願いしに行くだけ。わたしの誤解を晴らして手配を取り消してもらって、カリゴールへの支援の見直しをしてもらって、連盟拠点への行き方を教えてもらうだけ。
無理なことくらいはわかってる。でも現状この三つの難問にこたえられる立場にいるのはキャロンダイトだけ。
だから、今回ばかりは強引にでも首を縦にふってもらう。頭と胸ぐらをつかんで縦に押し潰すように。
「うん。殴りに行く。なるべく早い方がいいな。いますぐ出発とか」
「さすがに一晩は休んだ方がいい。眠らねば筋肉もつかんぞ」
それはどうでもいい。それよりもヴィルにそこまで手伝わせてしまっていいものだろうか。取り返しのつかない状態になる気がする。
でも、ヴィルがいないとわたしにはこの世界のことは何もわからない。
散々迷って、わたしはうなるようにして切り出した。
「えっと、ヴィルも付き合ってくれると嬉しい……んだけど、うまくいかなかった場合はまた新しい罪を負うことになると思うから、ここで待っててくれてもいいよ」
ヴィルがにんまり笑った。
「つまらんことを言うな。どうせ俺も捕まれば死罪の身だ。立場的にはルナステラと何も変わらん」
そっか。この人も魔法使いの嫌疑がかけられた罪人なんだった。
かわいそうに。ヴィルはわたしと違って、本当に裁かれるべき犯罪なんて一度も犯してはいないでしょうに。
……たぶん……知らんけど……う~ん、やっぱり何かやってそう……。
「それにな、七賢もまだ滞在中かもしれんぞ。その場合、単身では逃げ切ることも難しいだろう」
「う……」
だよね~。
普通の騎士や魔術師なら自力でどうとでもできそうだけど、七賢はな~……。
「何にしても、いますぐはやめておけ。到着する頃には朝になる。殴り込むなら人の少ない夜がいい。それに、おまえのカラダにはせっかく集めた疲労が蓄積されている」
「せっかく? 変な言い方……」
「変ではないぞ。先ほども少し言ったが、疲労は一晩休むことで、筋肉へと変化させることができるのだ」
彼が右腕を曲げて上腕二頭筋を隆起させ、ニカッと笑った。
「俺もおまえも、今日より明日の方が強くなる! いいか、これがパワーだッ!!」
「筋トレしたら前向きになれるって本当だったんだ……」
「そうだ! 人生はパワーだ!」
なんてことなの!? 皮肉が通じない……!
まあ、その前向きさにはだいぶ助けられている気もするけれど。
だからわたしも細っこくてすらりと長い両腕を折って叫んだ。
「ぱわー?」
「おお、いいぞぉ! ルナも調子が出てきたではないか! はっはっはっ、パワーだ!」
「おー! ぱわ~!」
そんなことをしながら、わたしたちは客室へと到着する。
中にはベッドがひとつだけ。病人用のシングルに比べてかなり大きく、これをひとりで使ってもいいだなんて、なんて贅沢なのだろう……!
とか考えていたのに。
「え~?」
「む?」
当然のように一緒に入室してきて、一緒のベッドに入ってきたヴィルの隣で、わたしは膝を抱えて丸くなって眠らされた。
シングルより狭いぃぃ~……。無駄肉めぇ……。
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