ひゃっはー、あの支援物資を奪い取れェ
それは補修と増築を繰り返してできた、継ぎ接ぎだらけの建物だった。それでもカリゴールで見てきたどの建造物よりも大きくて立派だ。カリゴールの大半の建物はバラックか、もしくは四角く建てた簡素な家屋なのだけれど、ここだけは違った。
灯台くらいの大きさの塔には円錐状の屋根が乗り、そこに併設されるように切り出された石の家屋が建てられている。まるで小さなお城だ。煤けた壁は層によって変色していて、時代の経過とともに継ぎ足されて造られた建物であることがわかる。
わたしは隣に立つヴィルを見上げて尋ねた。
「ヴィルのお友だちって、ここに住んでるの?」
「ああ」
お城モドキには多くの四角い建物が連なっていて、そのうちいくつかは屋根がまだないし、壁さえ風化して崩れているところもある。想像以上に古いのかもしれない。崩れた壁の縁は風化し、丸みを帯びてしまっている。
新旧入り交じったチグハグさがすごい。アスレチックみたいでおもしろ~い。
「元は太古の遺跡だったらしい。やつはそれを修復して住んでいる変人だ」
「へえ、そうなんだ」
ひどい言われようだなあ。盗賊団のお頭か。どんな人だろ。
怖いし不安だけれど、ルナステラのカラダなら問題ないよね。普通の人なら盗賊でも騎士でもひとひねりにできそうだし。
でもヴィルのお友だちかあ。ヴィルみたいなのだったら歯が立たないなあ。
そんなことを考えていると、ヴィルが大きく野太い声で叫んだ。
「おい、イオニール! いるかっ?」
イオニールさんっていうんだ。
盗賊イオニール。う~、ドキドキしてきた。
けれども、聞こえてきた声は――。
「ヴィルかい?」
「ああ」
男性にしてはとてもか細く、繊細で、優しげなものだった。
木製の扉が蝶番を軋ませながら開かれる。
そこにいたのは、とても綺麗な顔立ちをした細めの青年だった。服装は白い無地のシャツに、すっきりとしたパンツ姿だ。髪は濃いめの藍色で、瞳は空のような青。
ヴィルとイオニールさんが笑顔で握手を交わす。手の大きさがキャッチャーミットと紅葉饅頭くらい違う。
「久しぶりだな。元気だったか?」
「ああ、もちろんさ」
笑顔がステキ。うわー、うわー、アイドルみたい。
え? この人、支援物資を奪っちゃうような悪人なの? これで?
「それで、今日はどうしたんだい? キミがここを尋ねてきてくれるなんて珍しいな。――おや、そちらの女性はどなただい? 恋人でも連れてきてくれたのかな?」
恋人!?
わたしは慌てて首を振った。
「ち、違いますーっ!」
「そうなのか。残念だ。ヴィルももういい年なのだから、ついに身を固める決意をしたものとばかり思ったのだけれど。勘違いをしてすまないね、お嬢さん。僕のせいで気まずくならないことを願うよ」
「そ、れは、大丈夫だけどー……」
どうやらイオニールさんはルナステラの顔を知らないようだ。そりゃそうよね。直接見た人でもなければ、この世界には写真や映像のようなものはなさそうだし。ルナステラの肉体に入ってしまったわたしにとっては、むしろその方が好都合なのだけど。
なのにヴィルったら。
「そうか、イオニールは見るのは初めてだったか。彼女がルナステラ・アストラルベインだ」
言っちゃうんだもんなあ。あっさり。バ~カじゃないの。
穏やかあったイオニールさんが、大きく目を見開いた。
ほらあ、もう。
でも、わたしの予想通りにはならなくて。
「そうか。キミが件の魔女か。――僕はラーラ・イオニールだ」
名字だったんだ。名前カワイイ。
「イオニール、簡潔に言うぞ。彼女のカラダは確かにルナステラのものだが、魂だけが別人になっていた。あの魔女め、俺の筋肉に恐れをなして魂だけで逃げたに違いない。そのようなことより、飯を食わせてくれ」
前後の文脈がむちゃくちゃだ! そんな説明で納得してもらえるの!? あと、ご飯はもうこの際どうでもよくない!?
「僕はキミをなんと呼べばいい?」
「あ、えっと、ルナでお願いします」
「ルナステラだから?」
「違くて……わたしの元の名前がそうなの」
本当は少し違っているけれど、でも、ほとんど同じ意味だから。
「よろしく、ルナ」
「……ヴィルの言うことを信じてくれるの?」
イオニールが眉根を寄せてから苦笑を浮かべた。
「信じるも何も。逆に聞くけど、ヴィルがそんなくだらない嘘をつけるような男だと思う?」
あーあー、うん、確かにそうかも。嘘をつくくらいなら正面突破しそう。
脳筋だから。たぶん。
「ね?」
「かも?」
わたしたちは同時に噴き出した。
ヴィルだけは憮然としているけれど。
「よろしくお願いします。イオニールさん」
「うん。まあ入って。固いパンや薄いスープでよければ食べていくといい。どっちもろくなものじゃないけどね」
優しい物言いだ。
笑顔もヴィルとは別の意味で安心できる。なんかお母さんみたい。
「ありがとうございます!」
たとえ支援物資を強奪している悪人だとしても。
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