山賊はトモダチ
ラーズヴェリア神権国特別自治区カリゴール。
統一感がなく見窄らしい建物が並んでいる。ううん、それらはまだマシ。大半は材木と石で作られたバラックだ。壁すらないものも多い。環境は劣悪、緩い風に乗って饐えた臭いが漂い、道行く人々はボロを纏っただけの痩せぎすで、目だけがギラギラと異様に輝いていた。
彼らの視線はよそ者のわたしたちへと集まっている。なんとも言えない視線だ。
「……ちょうだい」
幼い声に言われ、わたしは振り返る。
そこには小さな男の子がいた。わたしに向けて薄汚れた手を差し出している。けれども、わたしには何もない。だって死刑囚なのだから。ルナステラが奪えるものを持っていたとしても、とっくに騎士たちに奪われてしまっているだろう。
「ごめんね。何も持ってないのよ。――ヴィルは?」
「……」
ヴィルは無言でわたしの背中を押して歩かせた。
「ヴィル?」
「構うな」
「え、でも……」
「関わるな。何も聞くな。何も見るな」
振り返りながら歩くわたしのあとをしばらくついてきていた男の子だったけれど、ようやく諦めたらしい。痩せ細った足をとめて戻っていった。
その後も似たようなことが何度か起こったけれど、ヴィルの態度は頑なだった。
少し歩き、人気のない場所まで来る。
「いいか、ああいう手合いには何も渡すな」
「どうして?」
本当に困っているように見えた。体型や服も、軽い嘘なんかでできるものじゃない。
詐欺とかの類ではないように思える。
ヴィルが重いため息をつきながら首を左右に振った。
「もしあの子の背後に親や大人がいないのであれば、何かを渡せばあの子は殺される恐れがある」
「え……」
「たとえパンのひとつでも、大人に奪われるのさ」
「そんな……。あ、だったら、こっそり渡すのはどうかな」
「キリがない。今日与えて明日はどうする。子供の人数もだ。どの子を救いどの子を見捨てる。全員を救えんならば、誰も救うな」
ヴィルは嘘をつかない、と思う。
だとしたら、このカリゴール自治区にはあんな子たちがいっぱいいるんだ……。
「偉い人たちは助けないの? 自治区って言っても自分の国なんだよね?」
わたしを殺そうとしたキャロンダイト聖上陛下とか。ここの人たちは魔女や魔法使いじゃないんだから、政治が救ってくれるよね。
ヴィルが再び首を振った。
「ラーズヴェリア王キャロンダイトは女神エ・レの教義に従い自治区にも愛を持って支援をしていると連盟に対し宣っているが、あんなものは体のいい欺瞞に過ぎん。街を救うには到底足らんものだ。受け取れば受け取ったものが強奪に遭う程度のな」
「そんな……」
「それどころかここ何度かはキャロンダイトの輸送馬車が自治区近くで蹴撃され、支援物資を奪われてしまっている。賊の可能性もあるが、キャロンダイトは自治区の民を疑っているらしい。これが続けば支援が打ち切られる可能性もある」
最悪の悪循環だ。
うつむいたわたしの肩に、ヴィルがポンと手を乗せた。
「ま、どのみちカリゴールにはまるで足らん物資だ。争いの種になるくらいであれば、ない方がマシさ」
「でも……」
ぽつぽつと存在するバラックには、生活の跡が見える。
バラック間を紐で結んで洗濯物を干している人もいるし、石をゴミにぶつけて遊んでいる子供もいる。心なしか、さっきまでよりは少し暮らしがよくなっているように見える。
そんなわたしの思考を察したのか、ヴィルが静かにつぶやいた。
「中央へ行けば行くほど、暮らしはよくなる。外周は働けんカラダや年齢の者が多い」
「さっきみたいな子供やお年寄り?」
「ああ。他にも手足のない者や身寄りのない病人などもいる」
ますます気になってしまう。でも手を差し伸べれば受け取った者が食い物にされる。
厳しい世界だ。
「比べてここらへんまで来れば、自力で商売を始めたり出稼ぎに出ているやつらも少なくない。当然、靴や服も買えるし、まあ、味に目をつむれば飯を食うこともできるだろう」
「そういえば、ヴィルってお金は持ってるの?」
「ワイバーンの爪と鱗と眼球をいくつか持ってきた。魔物の素材には使い道が多い」
そっか。あのワイバーンの死骸の場所を教えれば、外周の人たちも多少は潤うのかな。ううん、きっとだめだ。奪い合いになってしまう。痛し痒しだ。
ヴィルはまるでこの街を知っているかのように、迷いなくどんどん歩を進めていく。
「ヴィルはここに来たことがあるの?」
「ああ。何度かな」
貴族なのに、変な人。
自称だけど。服装は貴族というより蛮族だし。
「いまはどこに向かっているの?」
「古い知り合いがいてな」
「へ~」
「キャロンダイトの輸送馬車を襲って支援物資を強奪していた賊本人だ」
そうなんだ。政府の支援物資を横取りね~。
どんな極悪人なんだろう。楽しみぃ。
「ふ~ん。……え?」
えっ!? どゆこと!?
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